第31話 食糧の街
コウヨウたち元日本人が辿り着いたこの町の名前は『ダリーシタの町』という。
この国の首都から南西の方角に位置し、さらに南と西に向かう限りこの町より大きい町は無い。
この地域では最も栄えた町だ。
「町を拓いたのち、何代もかけて脅威となる魔物を徹底的に排除した。結果平地が続く周辺は、強い魔物が消えた事で弱い魔物が増えた。その代表がホーンラビットだ。
ホーンラビットは味こそ淡泊だが、肉が食える。今も他地域からホーンラビットを捕まえて来ては定期的に放っていると聞く」
二メートルを超える体躯を誇る鬼人族のレイシュアが、視線の先のホーンラビットの姿を目で追いながら説明する。
そしてスッと姿を消すと数十メートルは離れた所にいたホーンラビットの首を一刀で切り伏せ、その両足を持って逆さに吊るしたまま戻って来る。
「ホーンラビットを狩れば肉が食える。狩れる腕が有れば飢えない。だからこの町には人が集まった。
こいつらは臆病で人を見ると逃げる。だから人の手が入っていれば農作物を襲えない。農地は広がり、町は大きくなった。
・・・・・・と、俺たちティルナノーグのリーダーが言っていた」
鬼人族の『レイシュア』 ハイエルフの『クレア』 幼女魔導師 『サトッカ・リリー』
この三人の腕は立つが、パーティ『ティルナ・ノーグ』としては別動隊という扱いになる。
他にリーダーと二人のメンバーがいて、その三人は別件で首都に残っている。
そのリーダーの出身が、このダリーシタの町だった。
その縁で三人はこの地に昇格の為の活動をしに移動して来た。
ただし成果はゼロのままで、今日に至る。
「やってみせる。次に同じことをさせる。教えるとはこれを繰り返す。それで良いのだよな?」
前日の夜に剣術を教えた時、レイシュアは教え方をコウヨウに散々駄目だしされた。
自分が出来る事は教えなくても自然に出来る、もしくは出来るようになるという考えがレイシュアから伝わって来たからだ。
「・・・・・・んー、出来れば目で追える動きで見本を見せて欲しかったけど。
ですが、そうです。基本はそれの繰り返しです。これくらいなら出来るだろう、と決めつけちゃ駄目です。何でも初歩的な事からやりましょう。
こいつは自分が教えないと何も出来ない、そう考えながら教えて下さい。
では俺がホーンラビットと戦ってみるので、上手くいったら解体して見せてくださいね」
「面倒だが心得た」
「・・・・・・俺以外に教える時には面倒だって言わないでくださいね。出来るようならさくさく次に進んで構わないでの」
『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』
これは有名な山本五十六の格言だが、コウヨウが生きていた現代日本でも出来る人間は少なかった。
それよりも昔になるともっと少ないだろう。
見て覚えろ、目で盗め、それが修行だ。なんて時代がそんなに昔でも無い。
勿論そんな修行から学べる事もある。
あるが現状のティルナ・ノーグがそのやり方でやっても先は無い。
レベル10になる事が難しい、ならば多少の需要があっただろう。
だがこの町では、腹が減ったが金が無い。そんな新人が自分が食べるためにホーンラビットだけを狩り続けていればレベル10を達成できるのが現状らしい。
そんな状況で魔物の群れに放り込まれるようなスパルタ教育を受けるような新人はまずいないだろう。
「ちなみに何かアドバイスとか有ればした方が師匠っぽいですよ」
「ふむ・・・・・・と、言われてもな。
逃げるから見つけたらすぐ殺せ、くらいしか思いつかんぞ」
これは指導者に本格的に向いていない、とコウヨウはため息を吐く。
スポーツで、有名選手が指導者として優れているとは限らない、という話と似ている。
出来ない者の気持ちが分かり、何故出来ないかその理由を見つけられる。
そして出来る方法を探し教える。最低でもその手伝いくらい出来ないと、指導者になる事は難しい。
ただし指導者になる、それだけならコネがあれば難しくない。
だが教わった者の中から成功する者が現れる可能性は極めて低く、指導者として大成もしないだろう。
「ねぇコウヨウ。逃げるホーンラビットを仕留めるには弓の方が向いているわよ。って教えるのはどう?」
「・・・・・・弓術って的に当てられるようになるまですげー時間が掛かるって聞きますけど?」
「そんなにかからないわよ。エルフなら物心ついた頃から練習するのが普通だからもっと早いわ」
クレアの言葉にコウヨウは頭が痛くなる重いがした。
まずそのエルフがどこにいるんだという問題である。少なくともありふれた存在では無く、今見える範囲には一人もいない。
こちらの世界に来てからコウヨウが会ったエルフは二人だけで、うち一人は元日本人だ。そのうち一人は目の前で今の台詞を宣った見た目だけはよいポンコツだ。
新人で、エルフ。と、なればもっと狭い門だろう。
そして弓を使ったことが無い者が、狙い通りに矢を放てるようになる。それまでの期間を考えると、弓を積極的にお勧めするのは厳しい。
「弓が最初から使える人がいたらそうしましょうか」
「魔法ならもっと早いですよ」
「・・・・・・使える人にはそれで」
結局の所サトッカ・リリーも例外では無い。
ティルナ・ノーグのメンバーは、ここにいない残りの三人も含めて全員が天才で、今に至るまで大概の事は出来た存在だ。
一番苦労するのが誰になるか考えて、コウヨウは少しだけ後悔した。
間違いなく、教わる側の自分だろう。
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