第20話 急げ


 突然見知らぬ男に声を掛けられた。

知らない人に着いて行っちゃいけません! ってこの世界の人は習わないのかね?

先ず名を名乗れよな。


「どなたですか?」


「冒険者登録に来たのだろう? 先輩の知り合いとかはいないのか?」


「人の話聞いてますか? 人と話す時はまず名前を名乗りましょうよ?」


「名前か? レイシュアだ。それで知り合いはいないのか?」


 駄目だこいつ、話が通じるようで通じていない。

さもありなん、と思うような見た目をしているから納得だが。

何しろパッと見て、この人を抱くイメージは脳筋マンだ。

大柄な身体に盛り上がった筋肉。

レオンもデカイと思ったが、こっちはそれを超えてさらにデカイ。

さらに頭に角、口には牙。顔立ちは割と端正だが、各々のパーツがそれを怖く見せている。

一言で言えば鬼だ。


「レイシュアさんね。もしかして鬼人族の人ですか? ご用件は?」


「ああ、そうだ、鬼人族だ。見るのは初めてか?」


 鬼人族どこから異種族を見るのが今日初めてだ。

何しろ転生したんだぞ俺は! それも今日! というかさっきだ!!

それにしてもやはり、言葉は通じるらしい。

レオンや一緒にいた人と話せたので大体は通じるとは思っていたが、まさか鬼とも会話出来るとはね。


 となると問題は文字だろう。

レオンたちの羊皮紙を見せてもらったが何を書いてあるのかさっぱり分からなかった。

勿論こっちの五人、タカノや道明寺さんのも見たが読めなかった。当然自分のもさっぱりだ。

同じ文面のような所があったので察する事は出来るけど。

性別とか人種とか、共通する項目は必ずあるはずだし。

 最も全員分を並べて見比べる事は時間は無かった。

 とりあえず暫定だが、文字は覚える必要が有りそうだ。

もしかして日本語もどこかで使われているかも知れないけど。

どちらにしろ登録用紙らしい羊皮紙に使われているんだから、その文字が公用語だろう。もしくはそれに近い使用頻度の高い言語だ。

 覚えた方が良い。

これも師匠なり、先生なりを探そうと思った理由の一つだ。

独学よりも教わったほうが遥かに早い。


 ところでこの方、ご用件の方を完全にスルーなんだけど?

と思って不満げに顔を見上げると、その頭がパコーンと音が鳴りそうなくらい華麗に叩かれた。

後ろから走って来た何かに。


「ちょっとレイ、なにやってるの? あなた顔が怖いんだから急に話しかけると相手が可哀想だからやめなさい、っていつも言ってるでしょ」


「ふっ、それがな。逸材を見つけたかも知れぬ。この男、怖がるどころか全く物怖じしない」


 どうやら怖がるのが正解だったらしい。とは言ってもなぁ。

鬼とはいえ会話が通じるのに怖がる意味も無い。

むしろ鬼人族は選べたら選択肢に入れた可能性のある種族だった。選べなかったけど。

多分買えたとしても百万円じゃ足りない高級種族なんだろう。

 そんな高級品が向こうから話しかけて来てくれたのに、怯えて会話も出来ないなんて勿体無いお化けが出るじゃないか。

 そして新しく現れたもう一人もきっと高級品だ。お値段は推定八十万円也。

エロフだ。じゃなかったエルフだ。それも多分高い方の奴。

判定基準は顔。すげー美人でやんの。さすが異世界、こうゆうのでいいんだよ、こうゆうので。


 〝幸運〟スキルさん。

昔の知り合いなんて要らないから、新しい出会いをプリーズ。


「あらっ、なかなかふてぶてしい子ね。あなたを見て怯えないなんてなかなかレアじゃない」


「それに見ろこの服を。布だがよく縫い込まれている。肘や膝などがしっかり補強されている。

駆け出しは金がない、だからといって何もしないでは駄目だ。考えて、出来る範囲でやれる工夫する。そういう姿勢が大切だ」


「本当ね、布一枚の差で死ぬこともある。それが良く分かってるのね」


 なんて俺を放って散々褒められているが、別に俺が工夫して作った服でも何でもない。

市販品の作業服なんです。

確かに補強が多めで布が厚めのモノを選んだけどさ。手放しで褒められるとなんかむず痒いな、おい。言わないけど。

 とはいえ作業服を褒められるのはちょっと嬉しい。

抽冬なんてすごく嫌な目で見てたしな。

何も言わなかったが他の三人もおそらく同等か、それ以上に生活をしている筈。

少なくとも、良くは思ってないだろう。悪く思ってるかまでは分からんが。


「で、ご用件はなんでしょうか?」


「ちょっとレイ、声を掛けておいて何も言ってないの?」


「いや、最初に言ったぞ? あとお前、名前はなんだ?」


「いやいや、先に用件を聞いてからですよ。でなければ名前なんて言えません」


 別に名前くらい言っても良いんだが、話の内容次第じゃ名前を知られると面倒くさい事になる。

最初に言った? あれは用件じゃねぇ。

ちゃんと話せや。


「全くレイは言葉足らずなんだから。ごめんなさいね、えーっと、名前を言いたくないみたいだから仮に少年、と呼ぶわね。

先に確認しておくと、少年は冒険者登録に来た新人なのよね?」


「ですね。新人を選んで声を掛けているんですか?」


「ええ、勿論誰でもって訳じゃなくてある程度選んでいるわよ?

わたしたちも冒険者なの。『ティルナ・ノーグ』という名前でパーティを組んでいて、此処にはいないけどあと四人いるわ。『冒険者ランク』はC。この町では多少有名なんだけど・・・・・・」


「すいません、田舎から出て今日この町に着いたのでその辺の事情はさっぱりなんです」


 自分で有名なんだけどって言われてもね。知らないもんは知らん。

この町どころか、この世界に今日初めて来たし。


「クレア、遠回しに言っても仕方がない。ハッキリ言おう。

おい、お前。俺の弟子になれ」


「あぁそういやそこが取っ掛かりでしたね。えーっとレイシュアさん? の見た目のインパクトが強すぎてすっかり忘れてました」


「あなた、本当にふてぶてしいわね」


「まだ弟子になった訳じゃないですしね。この程度の軽口で怒るような相手ならゴメンですよ」


「うむ、少し生意気なくらいでちょうど良い。で、どうだ?」


「嫌とはいいませんけど、即答は出来ませんね。まだ冒険者登録すらしてませんので」


 選択肢に入れても良いとは思う。

思うけど、考える時間は欲しい。

どちらにせよこの先も、一通り見てからでないと判断が出来ない。


「あらっ? まだ登録していないの? なのになんでこんな所にいるの?」


「一日に登録出来る新人の数は決まっている。今日の分を締め切られたら明日に回されるぞ」


「えっ!? ちょ、そ、それはマズいですよ。実は金が無いんです」


 羊皮紙と同じように、タカノたちと合流したときにいつの間にか持っていた革袋。それにはこの世界の通貨が入っていた。

それが町に入る時に半分取られ、残りで登録料くらいだろうと門兵が言っていた。

初期装備で持たされた金なのだから、足りないって事はないだろう。

 だが逆にピッタリな可能性が高い。

冒険者登録をしたら直ぐに仕事をしないと今日寝る場所も確保できない。それどころか飯代もねぇ。


「急いだほうが良いわよ。訓練所が解放されていて、そこで纏めて説明会を行うのだけれど、確かそこに入れる人数までくらいしか登録を受け付けてくれないのよ」


「訓練所なんてあるのか。ってそんな所に食いついてる場合じゃないな。

すいません、俺行きます。あ、俺は『アキノ』と言います。レイシュアさんと・・・・・・お名前を伺っても良いでしょうか?」


「あ、そういえば名乗ってなかったわね。『クレア』でいいわよ」


「『ティルナ・ノーグ』の『クレア』さんと『レイシュア』さんですね。教えてくれてありがとうございました。登録終わって・・・・・・落ち着いたら探しますので、また改めてということでお願いします」


「えぇ、良いから急ぎなさい」


「冒険者ギルドで待ってれば会えるしな」


 なんか先回りしてるような発言が聞こえたけど、気のせいだろう。

この後アホのダブルカップルに声を掛けて急かしたのだが、案の定抽冬に噛みつかれた。

ちゃんと説明もしたんだけどね。

もうやだ、こいつら・・・・・・

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