第16話 抽冬はホラーが苦手
「何も起きない、わね?」
道明寺さんの言葉に従って五人で魔法陣に乗った。
だが何も起きなかった。
おかしいな? 五人揃えば起動するんじゃなかったっけ?
目の前の壁に、確かにそう書いてあるのに。
「何だよ? 俺のせいだってか?」
何故かを考えつつ周囲を見渡していると、怪訝な顔でこちらを見ている抽冬と目が合った。
勢いで文句がまた、口から突いて出てしまう。
「何も言っていないだろうがっ!!」
「じゃー訝しげにこっち見んな。訳が分からないのは俺も一緒だっ!」
「ちょっと抽冬、モ、秋野にウザ絡みするのやめなって」
「カ、カノ。本当に違うんだ。もしかしたらまた何か知っているんじゃないかと思っただけで、別に絡もうとした訳じゃなかったんだって」
どーやらここの関係は相変わらずのようだ。
抽冬 → 高野 で恋の矢印が強く出ている。昔からだ。
俺が知っているのは中学三年生の時だが、当時の級友の話では小学校の時からそんな関係だったらしい。
今は悪くなってしまった俺たちの関係だが、昔は抽冬のこんな不器用な一途さは奴の良い所だと思っていた。だからなるべく奴の良いようにしてやろうと思って過ごしていた。
俺とこの2人の男子との接点は背の順だ。学生の頃はそんな基準でよく整列させられたモノだ。
抽冬、俺、スズシロくんという順で並んでいて、その縁で話すようになった。
そのスズシロくんの後ろにもう一人バスケ部のエースがいて、その四人で修学旅行の班だった。
という程度には親しい関係だった、のはもう昔の話。
関係が歪み始めたのがその修学旅行の時だ。
男子が四人、女子が四人で合計八人の班だった。確か男子は男子で、女子は女子で四人組を作らされたんだったと思う。
男子は俺以外の三人がバスケ部だった事もあって、女子バスケ部の多い班と合流した。当然それが今も一緒にいる高野・道明寺のいる班だった訳で。
最終的に男子は俺だけが、女子も一人だけがバスケ部では無いというほぼバスケ部で構成された班になった。
高校に進んだ後に聞いた話だが、高野と抽冬はその修学旅行の少し前に正式に付き合いだしたらしい。
それで浮かれたのだろうダブルのカップルが色々やってくれて、それまでは応援するスタンスだった俺も少し鼻につくようになって距離を置き始めた。
おかげで今はこういったやりとりを見ても、他所でやってくれとしか思わなくなっている。
「残念ながらこの先の事は何も分からん。というか一つ疑問なんだけど、四人は揃ってスキルを選べたの? 俺はネットカフェみたいな小さな個室に連れて行かれたんだけど」
「最初は一緒だったの。あ、最後もか」
「そうそう、でも設定時間を言われてからバラバラに送られてさ。スキルを買うときは個別だったよ。終わったらまた戻ったけどね。僕はネットカフェを使った事がないから正確には知らないけど、確かに小さな個室でだったよ」
ふむ、一緒に死んだ人がいると随分対応が違うもんだな。俺も車に四人で同乗していたんだけどね。
ただ同乗しているだけじゃ駄目で、他に理由が必要なのかも知れない。
「コウは来るまでに結構時間があったけど、ひょっとして設定時間って違ったのかな?」
スズシロくんがちょっと鋭い所を突っ込んでくる。それ、聞いちゃ駄目な質問ですぞ?
「どうなんだろう? もしかしたら死んだタイミングとか時間が俺の方が遅かった、っていう可能性もない?」
何しろ死んだ時に身に付けていた腕時計がそのままで、死ぬ前と同じく動いているのだ。
これは俺だけでなく他の四人も同じらしい。それがあって道明寺さんは四時間くらい待っていると計ったように言った。時間の流れは変わらないんだろうと予想出来る。
最も時計はこの場にいるみんなが着けていたし、動く時間も同じ流れだったが、時計の値段に大きな差があったがな。
現場仕事だった俺は
最も家にある俺のお出かけ用の時計を着けていたとしても、値段は全く張り合えないんだけどね。
作業服をバカにするだけあって、奴は大きく稼いでいるらしい。かなり良い時計をしていやがる。
くそが、死ねよ。あーもう死んだ後だったか。
「ほう、設定時間は言えない、と」
その大きく稼いでる奴が冷たい視線で言ってくる。責め時とでも思ったかな? それとも心の中で言った悪態が伝わったかね? さっきまでみたいに黙って聞いてろっての。
「いや、そんな話はしなかったからな。時間をどのくらいもらえたのか分かってない。
つーか俺の方は一人じゃなくて、神様を名乗るおばあちゃんと話しながらだったからなぁ。話ながらだったから時間とか気にしてなかった。
あ、そろそろ時間がないとか、急げとかは言われたか」
「え、おばあちゃん?」
「うん、老婆の女神様だった」
「えええええええええ!?」
「そんな驚くような事か!?」
自分もそう言われたらちょっと信じられないとは思うかもしれないけど。リアクションデカすぎないか?
声を上げたのはタカノだが、四人ともが目を見開いていた。
そう思って聞くと向こうの前に現れたのは男神様だったらしい。それも超絶美形の。
そりゃー神様だし、普通はそうだろうと思ったがその辺の話を纏めて見るとその神様に対しあまり良い対応をしなかったらしい。
抽冬が。
皆濁して言ってるが。しっかりと伝わってきた。
あららのら。
神様にまで嫉妬しちゃったかー。
嫉妬深いのよね、抽冬。
タカノは多分自称サバサバ系? みたいな感じで男子と壁を作ることなく接する感じだったんだけど、抽冬はそれが嫌なんだろうなって感じだった。
俺がタカノと話していると、奴が俺を睨んでた事だって多々あった。それが分かっているからタカノとは話したくないという気持ちがある。
だからって神様にまで嫉妬するかねぇ? ちょっと信じられない。
けれどそんなだったから、タカノとしては俺の方の神様が良かったな、的な感情があって声をあげたっぽい。
そんな事言われてもねぇ。
ちなみに今もタカノと会話するたびに横目でずっと睨まれていますが何か?
いちいちそれも文句言ったら先に進めないので言わないんですけどね。
そんな事より魔法陣ですよ魔法陣。
「あら?」
比較的のんびりしているように聞こえる道明寺さんの声に反応して魔法陣を見ていた顔を上げると、壁面に書かれていた黒い文字が端から赤く色が変わっていき、変わった所から血の様に垂れ落ちて来ていた。
「ヒッ」
どこかで高めの男の声が聞こえる。「なっなっなっ」とか言いながら抽冬が壁を指さして狼狽えだした。
何だこいつ?
見れば抽冬だけでなく、 そこにいた全員に多少の動揺はあったようで驚いた顔をしていた。なのでなるべく軽い感じで言う。
「おっ、不思議現象、来たね」
「・・・・・・あんた本当に軽いわね」
「ちっ、やっぱり何か知っているんじゃないか?」
タカノに呆れたように言われ、抽冬には勘ぐられた。
抽冬が正解だ。送られる先の神様が結構いい性格をしている、って情報を知っている。
これは教えてやらないけど。
「そりゃ魔法のある世界に送られるんだから多少の覚悟はね」
何の覚悟かは知らないけど。魔法は便利だ。言い訳にも使える。
「それくらい聞いてただろうに。お前はビビりすぎだ」
「だだだ、誰がビビったって? ちょっとだけ驚いただけだ」
ビビッてないらしい。おかしいな? そうとしか見えなかったが。
どうせタカノの前でそんな所を見せた事を誤魔化す為に俺に矛を向けたんだろうけど。
「ちょっと、駄目だって。抽冬はホラ、昔から苦手だったじゃんか。そこはあんまり弄らないであげてよ」
と思ったらタカノに袖を引っ張られて注意された。いや、また睨んでるからそうゆうことをするのこそ止めて欲しいんだけど?
だが言ってる事が分からない。昔から苦手? 知らんがな。
と思って首を傾げているとスズシロくんが「シュウはホラーが苦手だったじゃないか」と言って来た。
そんな事を言われてもね。別に映画を見に行ったりするような関係じゃなかったから知らないよ。
学校ではそれなりに接点があったけど、プライベートは全然だったし。
繰り返しになるがダブルカップルの中に混じって出掛けたい、なんて俺は思わない人間だ。
それは今だからではなく、中学三年生の時にはもうそうだった。
知ってて当たり前みたいに言われてもな。そーゆー所が嫌なんだよ。お前らの関係の、延長線上に俺がいる訳じゃない。俺は俺という別の存在なんだっての。
まったく面倒くさいな、と思いながらも余計な事を言わないように口を噤んだ。
その間にも壁に書かれた文字は血のような液体になって流れ落ちて来る。
「!! コウっ、こっちに」
「何で?」
「っ!! 何でって魔法陣に流れ込んでるだろうが、早くこっちに来い」
垂れ落ちて流れている液体は魔法陣へと注ぐように染み込んでいく。
いつの間にか俺以外は魔法陣の外へと出ていた。そこで叫んでいる。
いちいち面倒だな、俺の事は放っておけっての。
とは思うが意地を張って魔法陣の上にいる必要もない。仕方なしに四人が固まっている所とは離れた所に向かって魔法陣から出た。
その間に壁の文字はみるみるうちに欠けて減っていき、魔法陣へと液体は流れ込んで行く。
全ての液体が魔法陣へと流れ込むと、魔法陣は不思議な光を放って輝きだした。
「なるほど、こーゆーギミックか。よく分からんが魔法陣だけだと駄目なのかな?」
「そうね、壁の文字は何かの特殊な材料だったのかしら?」
輝く魔法陣をしゃがんで見ているといつの間にか四人が寄って来ていた。道明寺さんが俺の言葉を拾って言う。
独り言だったんですけどね?
「よくあるパターンだと魔力とかそんなの篭める感じですかね? 向こう行ったら自分らも使えるのかな? そう言えば魔法スキルとか取ったんですよね? もう試してみました?」
「ええ、ここじゃまだ使えなかったわ。多分魔力とかマジックポイントとかスキルポイントみたいなのも感じないから、この魔法陣で移動しないと駄目なのかしら?」
「なるほど、確かに何も感じない。後は他に条件があるか、ですかね?」
「レベルやステータス表記もないものね。『ステータスオープン』 残念、これも駄目ね」
「あららのら。残念、お約束なんですけどね」
「ウフフ、実はもっと早く試したかったんだけどゲームの事を知っている人がいないと恥ずかしいじゃない? コウくんが来てくれて良かったわ」
なんて道明寺さんと話していると他の奴は付いてこれていなかった。男二人がゲームをやらないのは聞いたが、この感じだとタカノもか。
正直ゲーム初心者に魔法スキルを使いこなせるのかは微妙なんじゃないかな。
ただ魔法を撃つだけの後衛なんて、俺は一緒にこうどうしたくないけどな。
最もゲーム知識が役に立つかは分からないし、それが罠で重大な勘違いを起こすパターンもありえる。
そこまで考えても仕方がないから何も言わず、今は置いておくけど。
俺も魔法スキルはレベル1で一つ持っている。なので変化があるなら分かる筈だが、今の所特になにも感じない。という事は此処ではまだスキルは使えないか、動いていないと考えて良いだろう。
根拠は望んで買った『幸運』のスキルが機能していない事。
機能していたらこいつらと一緒になっている筈が無い。意義は認めない。
「これ以上は考えても仕方がないわね。そろそろ行きましょうか。後は向こうで確認しながら話しましょう」
道明寺さんの言葉に他の三人が頷く。
やはり影のリーダーは彼女か。中学三年生の時もそうだった。
スズシロくんが級長だったが、道明寺さんはあえて副級長を他の女子に押しつけて、彼氏をサポートしている、ような感じで影から操っていた。
「行こう」と言ってまず鈴代春樹が一歩踏み出す。その手は後ろに伸ばされ道明寺菜桜が握る。その二人の後ろを高野が続き、それを追うように抽冬が動いた。
俺はそれを「いってらっしゃーい」と呟いて手を振って見送った。
だが魔法陣は何も機能を発動することはなく、四人が振り返る。
残念、奴らだけ送られちまえばよかったのに。
気づかれない程度に舌打ちを一つ打って、仕方なく後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます