第4話 説明と祈る俺



「ヒーッヒッヒ、それじゃ此処はお前さんには用事の無い場所じゃ。場所を変えるぞ」


「あれ? そうなんですか?」


 三途の川。

 此岸と彼岸、つまり現世とあの世を分ける場所    だった筈。

 人が生まれ変わる為に通る場所だと思っていたが。この川の向こうに行って何かをするんじゃないのか。


「ヒヒヒ、あたしゃの頼みを引き受けた以上、お前さんは生まれ変わる訳ではないんじゃ。

あっちの世界はお前さんが生まれ変わって大人になるのを待つ余裕も無いようでな。向こうでの成人とみなされる年齢、十五歳から始めてもらうそうじゃ。その為に、今ある記憶も残さねばならん。

 今の記憶を向こうに持っていかないなら、わざわざこっちから送る意味もないじゃろう?

ここは記憶を洗い流し次の生に進む場所。お前さんたちがここを通るのは向こうで死んだ後じゃな。最も次はもっと下流に行くんじゃが。ここにはお前さん以外誰もおらんじゃろ?」


 そう言えば他に誰もいませんね?


「ヒーヒッヒ、折角じゃから気分良く引き受けさせようと此処で会うようにしたんじゃよ。人間が生まれ変わる時に行く三途の川はもっと下流、酷く寂れた場所じゃよ。

向こうに行って、夢に見るのも嫌じゃろうから今回はサービスじゃ」


 そう言った自称神の老婆が、手を結んで何かを唱えると周囲の景色が歪んで行った。

美しかった世界が一転し、壁に囲まれた空間へと変わる。


「此処は・・・・・・壁に囲まれた部屋、敷かれたマット、壁掛けのテレビ? じゃなくてモニター? ネカフェか?」


 前方には空間があるが、今いる場所は一段下がっている。左右は壁。

後ろも壁だが左右とは質感が違う感じがする。

 前方の一段上がっている場所から先には薄いマットが敷いてあり、まるでネットカフェのフラットシートの部屋のようだ。

 問題は何で今、こんな場所に連れてこられたのか、だが。


「此処ではそこで靴を脱ぐのじゃ・・・・・・が、設定がまだじゃったな。今はそのまま上がって来るのじゃ」


 そう言った自称神の老婆も靴は脱いでいない。が、胡坐を組んだまま宙に浮いている。

なるほど、それなら靴を脱ぐ必要はありませんね、って何か違うだろー。

 足元を見てみるが、確かに靴は履いてない。それどころか服も着ていない。

 急にこの自称神に連れて来られたせいで自分を顧みるタイミングがなかったが、いつの間にか俺は形だけ人型になっていた。

だが凹凸が無い。まるで荒彫りのマネキンだ。

 人型のマネキンになって動いている。


「ヒヒヒ、それは魂の姿じゃよ。本来死ぬと人魂を形どるのじゃが、手足が無いと此処では不便じゃからな。仮の措置じゃ。すぐ分かるからこちらに来て座るのじゃ」


 自称神に促されたので、言われた通りに入って右側の壁に向かって座る。

そこにあるパソコンの画面、もしくはテレビの画面みたいなのを見る。

 なにこれ? 壁に埋め込み式のモニター?


「ヒッヒッヒ、その画面を動かすのに必要な装置が下の方にあるそうじゃ。

聞きたい事は多々あるじゃろうが、ここからはお前さんの質問には一切答えぬぞい。

あたしゃが勝手に言うだけじゃ。なので黙って聞いておれ。

これから大事な説明する。二度は言わぬからしっかり聞くのじゃ。良いか、読むぞ?」


 そう言って自称神は懐から一枚の紙を取り出した。

どうやら読み上げるらしい。つまり誰かの言葉であって、自分の言葉では無いのだろう。

誰か? 別世界の神とやらだろうな。他に思いつかない。


『一つ。 これより世界を渡ってもらう。腐らず魔物の根絶に励んでもらいたい』


 そんな事言われてもねぇ、という感想しかないな。

仕方がないので黙って続きを聞く。



『二つ。 年齢は十五歳からとする。これは送る先で成人と成る年齢である。

成人し村から出た、という前提で行動せよ。

 三つ。 次に魔物を根絶するための能力を授ける。これに関しては全て村に掛けられた〝呪い〟であると説明せよ』



 十五歳、十五歳。

いきなり半分の年齢になるのか。

多分盗んだバイクで走りだす頃の年だな。懐かしい。

ちなみにバイクを盗んだことは無い。



『四つ。 168時間に一度、必ず魔物を始末する事。

出来なかった場合は心の臓を止める。

その場合、次の生への生まれ変わりは保証しない。

仮に碌に戦うことなく死んだ場合は生物の最下層、虫けらの餌以下の存在への生まれ変わりを繰り返す事を覚悟し、心して行動せよ。

但し、必ずしも自力で行う必要は無い。パーティを組んでいる場合のみ、その場に同席していれば同一の行いと認める。

これについては行けば分かる』



 行けば分かるって・・・・・・

なんか急に説明が雑に。いや、最初からか。

文句言っても・・・・・・聞いてくれないだろうからなぁ。

それにしても虫けらの餌以下の存在って何だよそれ・・・・・・怖っ。



『五つ。 送る先の世界の通貨とは別に其方らの生活していた通貨〝日本円〟を我が力にて新たに設定する。倒した魔物の強さに準じてそれを支払うが、実際の通貨としては使えない。使用方法においては追って連絡する』



 成果主義さんちぃーす。

なんかブラック企業臭が急に漂って来たんですけど?

きっと俺の気のせいですよね? ね?



『六つ。 獲得した〝日本円〟で其方らの世界の物を買えるように取り計らう。

それを持って魔物の根絶に尽力を尽くされよ。

 但し購入者の手を離れたら、168時間で買った品物も消滅する。

168時間以内に再度手を振れればカウントはリセットされる』



 えーっと、168時間が分かりにくい。

一日は24時間なんで、割る事の・・・・・・7か。




『七つ。 これ以降の事は用意した〝システム〟が案内する。

諸君らの世界の物を流用しているので分かる筈だが、仮に理解出来なくてもこちらでは関与しない。各自で何とかせよ。

 最後になるが、幸運を期待するな。先を切り開くは全て己の行動である』



 読み終えた紙を再び懐にしまった自称神の老婆がこちらを見る。目があった。

その紙はくれないらしい。言われた事は覚えておけってか。

 大体は覚えているが、ちょっと長かったな。

機会があればどこかに書き留めておこうか。


「ヒッヒッヒ、理解は出来たかい?」


「大体は頭に入りましたけど、やってみないと分からない事が多そうですよ」


 説明が雑、とは言わない。違う、言えない。何されるかわかんねーし。

心の臓を止める、だもんよ。手のひらの上感が半端ない。マジ怖えーよ。

 どちらにせよ聞いただけじゃ分からない。

こんな急展開じゃチンプンカンプンだよ。言葉だけで理解できるかっての。


「イーヒッヒヒ。そりゃそうだろうねぇ。それじゃ早速やってみるんじゃな。

目の前の〝システム〟で初期設定が出来る。最初の費用として百万円が各自に配られているのじゃ。

 勿論あっちで使う〝システム〟上の〝日本円〟と同じじゃ。

お前さんらが死ぬ前に使ってた通貨とは違う。

ヒヒヒ、最も前の世界にはもう戻れないんじゃがな。

あぁ、ケチらずきっちり使い切る事をお勧めるぞい。今回の分を残しても向こうには持ち込めないそうじゃから気を付けるんじゃぞ」


 目の前にあったモニターが〝システム〟だったらしい。

システムと呼ばれたモニター画面を改めて見るが、何も表示されていない。

まず動かさないと何も分からない。

 言われた下の方を手で軽く漁って見ると、何もない空間にキーボードとマウスっぽい感触が有った。

これで操作するらしい。


「ヒヒヒ、お前さんは話が分かる子じゃったからおまけで設定時間を五時間ほどやろうかね。

ここで決める事はこのタイミングでしか選ぶことが出来ないからね、よーく考えて決めるんじゃぞ。

選ぶのは大きく三種類。種族、容姿、そしてスキルじゃ」


「えっ、今ちょっと凄く重要な事をさらっと言われた気がするんですけど?」


「イーヒッヒヒ。その通り、選んだ種族を変える事は出来ないし、容姿もここで決めたモノを基本にしてずっと使う事になるじゃろう。

そして何よりスキルじゃな、これは後天的に取る事も出来るんじゃが、初動に大きな影響が出るじゃろう」


「いや、それも大事なんですけど・・・・・・

おまけで設定時間を五時間くれるって・・・・・・言いませんでした?」


 あんたの気分で設定時間が変わるのかよ。

俺の五時間って長いの? 短いの?


「イヒヒヒヒ、人間ってのは変な所が気になるんだねぇ。

碌に話を聞かないお馬鹿で残念な子に、長く此処にいて欲しいと思うか? そんな訳がないじゃろう?

さっさとあっちに行ってしまえと思うじゃろう? その通りじゃ!!


「いや・・・・・・何も言って無いし、そんな事思ってなかったんですけど?」


「ヒッヒッヒ。別にあんたはいても構わんから、ゆっくりしていくと良いのじゃ」


「・・・・・・つまり俺の持ち時間は長いんですね」


 横暴だ。だがそれが良い。

確かに神って感じがする。みんな平等なんて怠け者の言い訳だよな。

 なんて事はサービスを受けた身だから思うんだろうけど。優遇万歳。

神様、ありがとうございます。って感じだ、


 ふむ、ちょっと感謝の意を表して祈っておくか。

 何しろ賽銭やお布施をするような金を今は持っていない。他に感謝を表す手段が思いつかない。

こんなことなら六文銭とか用意して、肌身離さず持っておけばよかったぜ。

持ってたら多分、三途の川を渡っちゃってたろうけど。


 その場で身体を向き直らせ、片膝をついて跪つく。

顔の前で両手を組んで祈って見た。最大限の感謝を込めて。


 すると・・・・・・・なんと老婆が発光し始めたではないか!


「ふぁっ!?」


 いや・・・・・・冗談だったんですけど。

マジで冗談で祈ってみただけなんだけど?

だってちょっと優遇してくれてるような感じだっただけじゃん?

勿論最大限の感謝は込めて祈ったけどさ。



 まさかいきなり光るなんて思わないじゃん・・・・・・・

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