第15話 未来警察

 明星凛から話をいくつか聞いた。まず、彼女も未来から来たのだということ。未来についてのことは瀬都奈のときと同様に殆ど秘密事項になっていて、教えてもらえる事は何もなかったこと。瀬都奈から過去のこの時間軸に移動する場合、鎌倉健という少年に会うと何かと都合がいいということを聞いていたこと。それで目標を僕に定めて飛んだのだという。ちょうど時空間移動の跡ーー半年後から夏休み明けの今へのタイムリープのことーーができたばかりでわかりやすかったことなどを話された。そして未来から過去へ来た理由が仕事なのだという。小学生にして仕事とは、果たしてどういう未来における価値観なのだろうかという考えはひとまず置いておくとして、彼女は未来から過去へタイムリープする人間の取締を行っているらしい。簡単に言うと未来警察だ。すごい。かっこいい。



「そんなかっこいいものじゃないわよ。やることなんてのは、それこそ大人たちから回された後始末みたいな仕事ばかりなんだもの。後処理とか雑務ばかり。今回もそうよ。過去への観光客のしでかした問題の後処理。お姉ちゃんが相手をした東京ミサイル事件のようなテロリストたちみたいなのとは違うわよ」


「瀬都奈のときの! 妹ちゃん知ってるの?」


「当たり前じゃない。これでもtime keep guardianよ。端くれとはいえ、時空間管理してるんだもの。お姉ちゃんのときの事件はここ最近では最大級に大問題だったし、本当に史実にならなくてよかったと誰もが思っている案件よ。だからそのときに関わったあなたは一部界隈では有名人なのよ。時空間技術がゼロだった時代の人間が第三次プレーンに干渉して、あまつさえどうやったのかテロリストを撃滅したっていうじゃない。あたしのほうが聞きたいわ。あなたどうやったの?」


「禁則事項さ」


「いじわる」




 そんなこんなで凛とはすぐに打ち解け、僕は凛の仕事を手伝うことにした。なぜならそれが現在僕の最大の関心事である石像起動問題そのものだったからだ。



「それで、どうして石像は動くんだい? そもそも、どうして誰も見ることができないんだ。今だってあの鳥は動いているけど、僕以外には見えていないかのようだよ」


「それはあなたが第三次プレーンの持ち主で、そこに干渉していけるからよ。どうやってか、どうしてかは知らないけど、あなたはそれができるじゃない。ほら、その石像の周りに膜のような境目がなかったかしら。それがプレーンよ。プレーンは宇宙の数ほど存在すると言われているから、それこそ無数に実在しているんだけど、普通はその境目なんてのは見ることができたりしないのよ。えーと、少し説明するわね」




 そう言うと彼女は人差し指を立てて話し始めた。



「次元ってわかる? 紙に点が一つあるとしたら、それは一次元。線を引いたら二次元。紙を折り曲げて立体的にするとそれは三次元。私達が普段生きている地球の見え方がこの三次元に該当するわ。そして四次元が時間。時の流れに当たるの。三次元と四次元が作り出す空間。それがプレーン。次元と次元の狭間で、そもそも人間には可視化できない四次元が関わっているからプレーンなんてのは日常生活にはなんの縁もないはずなんだけど、それを悪用する人間が現れた。特に第三次プレーンは最も人間が干渉しやすいプレーンと言われていて、それで東京にミサイルをどかーんって打つようなことができたわけ。だから普通の人には見えないのよ。プレーン空間。だから石像が動いているのも見えない」


「なぜ石像が動いているのかは?」


「これから調べる。そのために来たんだもの」


「なるほど。わかったよ。ありがとう」


「ほんとうに? いまのでわかった?」


「……まあ、だいたい。全部を理論で理解するには大学レベルでの講義を受けなきゃな気がしてくるよ」


「まあ、それもそうね。そのへんは自分で頑張ってくださいな」



 小学生に大学の勉強を頑張れと言われてしまった。それにしても頭のいい子だ。彼女の学力は、未来では当たり前の学力水準なのだろうか。



「あっ、でもおかしな点はまだ一つある」


「なによ。お勉強は自分でって言ったじゃない」


「いや、石像が動き出したのは今から半年後のはずなんだ。半年後の3月に僕は石像が動く奇妙な体験をしている。少なくとも夏休み明けのすぐ、9月には経験してないんだよ」


「だから。それもプレーンと時間の関係だって。時間は過去から未来へ流れるものだけじゃないのよ。未来から過去への時間もあるの。普通は感じられないけど。それとおなじように第三次プレーンで起きた出来事がそっくりそのまま未来から過去へ流れたとしても、それは何もおかしなことじゃないわ。プレーン内部で起きたこと自体は何一つ変化していないのなら、それは何もおかしなことじゃない」


「えっ? ええと……」


「未来になったらお勉強しなさい」


「う、うん……わかったよ。おかしなところがないというのなら、きっとそうなんだろう。信じるよ」


「よし。じゃあ、行くわよ」


「行くってどこに?」


「決まってるじゃない。現場よ、現場」








 ※ ※ ※









 現場とは、石像が動き、鳥と対峙し、そして僕が倒した場所である。



「ここね」



 そこには崩れた岩が散乱しており、その一つは例の通り顔のような形をしている。目のように奥が窪んだ岩には、今はもう光は灯っていない。



「特に変わったところはないと思うけど……」



 崩れた岩というのは元は彫刻で、僕が倒した時の様相からわかるように巨人のような出で立ちをしていた。どこに設置してあったものかまではわからない。有名な作品ではないと思うけど、地域に根ざして佇んでいたのは間違いないはず。ニュースで報道されていたことが間違いなければ、数百メートル以内に台座もあるはずだ。



 僕も周りを探索してみることにした。



 やはり岩が転がっているだけでしかない。規制線等が貼られている事件現場というわけでもないし、観光名所というわけでもない。通りすがる人が稀にちらりとこちらを見るだけで、誰も理由を判別できない。




 いや、違う。違うんじゃないかと、僕は思った。




 岩が転がっている。そのことがおかしいのだ。それは彫刻の、石像の破片でしか無いのだが、つまりそれは半年後の出来事のはずなのだ。それが指し示すのは、なんだ。未来のことが過去に存在する。時間は未来から過去へと流れることもあると、妹の凛は言っていた。それならば、つまりここは。



「ここは、元の世界とは異なる世界なのか」




 確か宇宙の数だけ世界が存在し、無数に分岐して別れているとも言っていた。それがプレーン空間。僕が干渉できて、創造できるところ。エデンの存在を認め、REIWAの機体を動かし、瀬都奈のために戦ってテロリストを撃退した空間。それは、一つで、現実世界とはなにか別の特別なものだと思っていたけど、そうじゃなかった。第三世界が、現実世界を構築することだってあるんだ。そしてそうやって作られた世界に、世界から世界にタイムリープしたんだ、僕は。干渉できるから。認知できるから。だからここは現実世界でもあり、第三世界、プレーン空間でもあるんだ。プレーン空間で起きたことが、この世界の現実世界に影響を及ぼしている。石像の彫刻が動いて、僕との戦闘の果て、結果として破片がプレーン空間から現実世界に飛び散り、現実世界ではまるで彫刻が壊れたように見えた。実際にはプレーン空間から現実世界に現れただけという、それだけなのに。



 だとすると、つまり。




「妹ちゃん、もしかしたら」


「なに? なにかわかった?」




 僕の他に石像と戦っている人がいるかも知れない。






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