第14話 瀬都奈お姉ちゃんの妹
翌日、夜中に家を抜け出した僕は例のプールへと足を運んでいた。
平成最後の夏休みの最終日に忍び込み、泳いだあのプール。もちろん、今日は宙を見ても、スマホを向けても、そこに未確認飛行物体はいない。
先日と同じように僕は隠していた合鍵を使って、プールの中に忍び込んだ。冬の季節である今は体育等で使用されていないのため、水すら張られていない。がらんどうに空いたプールサイドに座り、僕は両の足を空のプールに入れた。宙ぶらりとした足をぶらつかせていると、僕はここで瀬都奈に出会った時のことを思い出していた。
二十五メートルを泳ぎ切り、折り返して戻ってきた二十五メートル後に顔を上げた僕を迎えた彼女。どんな顔をしていたっけな。僕は自分のことばかりで、ただドキドキしていた記憶しかない。まさか他に人がいるなんて思わなかった状況だ。むけられた光のまぶしさに目を覆って、それでーー光?
プールの底をそれとなく見ていたその時だった。プールの底に何か光るものがある。そう思った僕はただ何だろうと思い、飛び降りてそこへ向かい、手に取ってみた。
「クルミ……? ひかるクルミ?」
それは何か硬い殻をもった物で、みればみるほど木の実のようであった。その形状から僕はクルミではないかと思ったが、しかし光沢のある光り輝くクルミとは一体…………。
その刹那だった。
頭がぐらりと横に一回転、めまいのように回ったかと思うと、僕は一瞬にして違うところにいた。
「あれ…………?」
そこはいつもの公園のところで、僕の横にはエデンがいて本を読んでいた。そしてあの嘴の大きな石でできた恐らく彫刻であろう鳥が木に留まってこちらの方を見ていたのだ。
あれ。どうなったんだ。
確か僕はあのプールに潜り込んで、そして底にクルミのような木ノ実を見つけた。それを手にしたら光った気がして一瞬で回転してこの公園に……。もしかして、もしかして。
「エデン、今日は何日だい?」
僕は恐る恐る恐れながら聞いた。
エデンはきょとんとして答えた。
「9月の13日だけど、どうかしたかい?」
9月? え、9月…………?
もしかしたらが、あたったかもしれない。
プールに忍び込んだのが平成最後の夏休み最終日。つまり8月31日。翌日9月1日、タイムマシンに乗り込み、さらにその翌日に東京にミサイルが落ちた。東京にミサイルが落ちたのは9月2日。それから半年。今は3月のはず。だけど、エデンは、9月13日だといった。ということは、そう言うことは、もしかして、もしかしなくても……。
「…………タイムリープしたのか…………僕は…………」
「えっ、何をしたって?」
「タイムリープだよ、エデン。僕はいつの間にか時をこえてしまったのかもしれない」
※ ※ ※
「…………なるほどね。君の言うことがすべて正しいのだとしたら、君は確かに時間を超えて半年前の過去に戻ったのかもしれない。でもーー」
「うん。タイムリープしたのだとしたら、おかしい点が一つ。あの鳥だ。嘴が大きくて動くあの石像の鳥が現れたのは3月だったはず。今が9月だとしたら、この異変は……エデン、あの鳥はいつから居るんだい?」
「そうだな……三日前じゃなかったかな。君が見つけたんだよ。それから毎日観察してるよ。特に変わったことはなかったけどね」
「そういえば。今までいた僕はどこに行ったのだろう」
「タイムリープしてくる前、ここには過去の僕がいたはずだろう? でも未来から来た僕が今ここにいて、エデンと話しているということは、それまで居たはずの僕はどこに行ったのだろうか、と思って」
「うん。僕にはそのことのほうが不思議さ。さっきまで話していた君が消えたり現れたりしたわけでもないのに、急に未来から来た、タイムリープしたって言い出すんだもの。暑さで頭がおかしくなったんじゃないかと思った。でも、そうじゃないんだね。さっきまでそこにいた君ではなく、今ここにいるのは未来から来た君だと。半年後からやってきた君だと」
「そうだよ、エデン。僕を信じてくれ」
「信じるも何も……僕は君の世界だけの存在だ。別に疑ってはいないけどさ。空想上の存在である僕でさえも不思議に思うくらい不可思議に思えるよ。まあ、なにはともあれ無事ならそれでいいんだけど」
「ありがとう、エデン」
状況確認とエデンとの齟齬を埋めることができた僕は、それからのことを考えた。
「これからどうするんだい? 未来の健くん?」
「石像が動く意味を調べたい。きっと世界の異変を示す何かがあるんじゃないかと思うんだ。それとタイムリープの意味も。きっとこれがーー」
僕は手に握りしめていたクルミのような硬い殻を持った木ノ実を取り出して続けた。
「ーータイムリープマシンみたいなものだと思う。どういう理屈かはわからないけど、これに触れたことで時間が戻ったんだ。たぶん、そうだと思う」
僕はもう一度それを握り直す。大切にズボンのポケットへしまい込むと、もう一度空を見上げた。
今日の空は雲が一つもない快晴で、どこか白く見えるほどまでに青く遠い空だった。そんな空に巨大な影が一つ横切った。例の鳥だ。木から木へ飛び移ったのだ。そして石だから存在しない翼の羽を毛づくろいするような動作を行うのだった。コンコン、と音を立てながら。そしてそれを見ることができるのは、現状僕だけなのだと。
「そんなことないよ。私にも見えるもの」
え? 誰だ?
声にすら出なかった疑問は振り向くと横に少女が一人立っていた。
誰だろうか。小学生中学年くらいの女の子。短くツインテールに結んだ髪がぴょこぴょこと動く可愛らしいその子は、誰だろうか。知らない子だ。僕はそう思った。
「私は明星凛。明るい星の明星に、凛々しいの一文字で凛といいます。瀬都奈お姉ちゃんの妹って言えばわかるかな?」
「瀬都奈の、いもうと?」
「はい! 妹です!」
僕はひどく驚いていると同時に、笑みが溢れるのを抑えられないほど非常に嬉しいと、妹という言葉にそう感じていたのだった。
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