第11話 二体目のスタチュー

 REIWAに乗り込んだ僕はすぐさま巨人と戦闘を開始した。



 両の腕で巨人を制し、動きを止めた。



「うおりゃああ!!」



 そしてその勢いのまま相手を転倒させる。仰向けになってうごめいている隙に抜刀し構える。相手が起き上がる前に一本太刀を入れた。



 刃は表面をかするだけで、起き上がりかけた巨人を再び転倒させるに留まった。僕はスイッチをいくつか開いて押し込んだ。



「いけえええ!!」



 想像した通り、背からミサイルが数発放たれ、ようやく立ち上がったばかりの巨人に命中。体を構成する岩が砕け、バラバラと地に落ちた。



 巨人は完全に沈黙した。



「終わったか…………?」



 僕は『REIWA』の機体を動かし、そのアームで破片を拾い上げて見る。ふむ、どうみてもただの岩だ。顔の部分が残っている。目のあたりに窪みはあるが先程までの光はもうない。まるで魂が抜け落ちたような、電池がなくなったおもちゃのような。



 機体から降りて『REIWA』を消失させると、先程の歪んだ空間が完全になくなった。しゃぼん玉が弾けるように歪んだ世界の境界膜が消えてなくなった。後には巨大な鳥が羽ばたいてホバリングしているだけであった。






 ※ ※ ※





 翌日のニュースを見て再び驚いたのは言うまでもない。まちの石像が台座から場所を移し、約2百メートル離れたところでバラバラになって発見されたと、淡々とアナウンサーは原稿を読み上げた。僕は声を出さずに口を開けるだけで驚いて見ていた。それは早朝の天気予報前に流れた小さな一つのニュースで、全国にさえ流れないローカル番組の三十秒ほどの時間を割いたものだった。怠惰に朝食を取っていた僕には一瞬にして目が覚めるほどの衝撃とショッキングであり、そして同時に放課後の予定が決まった瞬間でもあった。



「あの鳥」


「鳥?」


「あの石像の鳥だよ、鳥。今日も枝を加えては落としてる」



 放課後。今日も街中の通り沿いの東西に長い公園に来ていた。鳥は今日も頭が悪そうな顔をしていて、こちらをちらりちらりと見ながら枝を一本、また一本と落としていた。鳥は僕を監視しているようにも見えた。



 僕は考える。考えてみる。



 石像が動く。それは今のところ僕の世界だけの出来事だ。そんなことがあっても街は素知らぬいつもどおりで、通りすがる人々もまたいつもの通り。誰一人異変には気づかず、幻が見えないまま。それはたとえば、ふと見えた車道の向こう側のある店先。キャンペーンガールが老人に声を掛けていたりして、



「血圧無料で測るキャンペーン中でーす、いかがですかー」


「あたしゃね、」


「はい?」


「あたしゃ定期的に測って貰っています! お医者さんで測って貰っているんです!」


「そうなんですねー」



 などと塩対応と謎の自己主張が対峙していた。またある店先では、



「そんなん考えるのが大事なんやろ? 仕事っていうのはなーーだからなんやでせやかてなーーつまりこういうことができて当たり前でなーーということなんだよわかるか。いやいやいや、そうじゃない。そうじゃなくて、あのなーー」



 などとスーツを着込んだサラリーマンが退屈そうに腕くんで電話をしていたりしている。



 そう。何も変わらず、それが当たり前のように。



 それぞれの世界で生きている彼らには、各々自分の世界があり、自己の知識と見識を持って周囲の世界と自分の世界を組み合わせることでそれらを形成している。キャンペーンガールは仕事中という状況と仕事としての自分がいる一方で別にプライベートな私という自分を持っている。仕事の世界とプライベートの世界は個別であり、違うものだが同時に老人という外界の存在を通して両方の世界が交差することになる。仕事としての自分とプライベートな自分とが両方現れるのだ。サラリーマンが良い例で、自己と仕事としての自分とが双方現れている。



 自分の世界。自己の世界。プライベートな自分の世界。それが彼女の言うところの第三世界。



 仕事の自分。社会の一人としての自分。社会に生きる人同士の世界。第一世界。通称外界。ちなみに、最近ではネットの世界のことを僕の中では定義付けて第二世界と言うんだけどね。



 石像が動いて壊れた。これは第一世界の事実。だけど元はと言えば僕の第三世界での出来事だ。それは妄想の世界で空想の世界。自分だけの自分が自分でいるための世界。仕事や外界としての自分ではなく、プライベートな自分の思考が生きている世界。しかし、それは時々外面の仮面を破って姿を現す。だからそれを見たとき人々はぎょっとするんだ。見えなかった部分が見えるから。見えていなかった世界が見えるから。世間としての自分同士でやり取りしていて、それが当たり前だ、いつも道理だ、当然だとなっている世界で生きていたのに、急に裏側として潜んでいた本来おもてにあるべき自分が見えたら困惑するんだ。その世界が見えたら困惑するんだ。だから石像が動いて見えたらきっと第一世界は大騒ぎになるはず。でも見えたのは崩れた石像だけ。遠巻きからその様子を見る人、覗う人はいても石像の近くに行く人は誰もいなかった。



「世の中不思議なことだらけだ」


「君の世界は特別に特別だけどね」


「ああ、まあ、それは違いない。エデンの言うとおりだろうよ」


「? やけに素直じゃないか。いや、不服なのか」


「そうさ。不服さ。これだけ不可思議なことがたくさんおきてるのに僕以外は、世界のすべてがどうでもいいことのように扱うんだから、それは不服だよ。不満だ」


「そうかい」


「そうだ」




 帰ろうか。



 彼の問いかけに無言で頷いた僕は、腰掛けていた鉄製の手すりから離れ、石像の鳥が首を傾げながらじっとこちらを見ているのを背に家路へと足を向けたのだった。




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