第八話 絵本の作り方
天使の言葉が信じられず、老人は細い目を大きくかっぴらいて、何度も瞬きをした。
天使は、その視線に耐えられず落ち着かない様子で、老人の返事を待っていた。
「すまんのぅ、よく聞き取れんかったわい」
「はあ!?わたしのこーんなに、丁寧で大切な話を聞いていなかったって言うの?」
どうかしてるわ。と、天使はぷんぷんと顔を赤くさせてその場で地団駄を踏む。老人は、聞えていたが、「聞えていない」という事で、天使を試そうとしたのだ。
天使の「絵本の作り方を教えて欲しい……です」と、珍しい敬語と容姿に似合った年相応の態度が孫を見ているようだったのだ。可愛らしく思えた。いつもは、傲慢で、天使という単語が不釣り合いな彼女がそこまでして言うのだ。どうして、そんなことを言ったのか。心変わりをしたのか老人は気になって仕方がなかった。だから、聞き返したのだ。もしかしたら、天使の気まぐれだったかも知れないと。
「もう一度聞かせてくれんか?」
「……うっ」
天使は、たじろぐ。
彼女の精一杯の言葉だったのだろう。彼女は、天使であると言うことに誇りを持っていた。そのため、人間に何かをお願いすると言うことに耐えられなかったのだろう。だが、そこまでして頼みたいことだったのだ。彼女のプライドを傷つけているという自覚は老人にはあった。だが老人にも譲れないものがあった。ただそれだけのことである。
天使は、考えた。
この老人は先ほど聞えていたというように目を開いた。だから、聞きそびれた。何てことはないと。だが、そうでもしないとこの頑固で意地悪な老人は作り方を教えてくれないんじゃないかと、察していた。分かっている。天使もそこまで阿呆ではない。
天使は、自分のプライドと、老人の孫のことを天秤にかけた。
天使にもプライドはある。大きなプライド、そして夢もある。だが、あの少年を一人にさせたくないと一度でも思ってしまったのだ。思った事をなかったことにする事なんて、天使には出来なかった。天使は自分の心に正直だったから。
「もう一回しか言わないから、ちゃんと聞いてなさいよ」
「わかっとる、わかっとる」
「本当に分かっているのかしら?」と悪態をつきつつも、老人は手を止め天使を真っ直ぐ見ていた。その目がこそばゆかったのを天使は肌で感じていた。
天使は、大きく息を吸って吐くと、老人をしっかり見た。黒い二つの瞳がこっちを見ている。自分の瞳とは違う色のそれに、あの少年が重なった。年老いても、老人と孫は同じ血が流れているのだと再認識する。
「だから……その、わたしに、絵本の作り方を教えて欲しい……です」
天使は途端に恥ずかしくなり口を閉じた。
それを聞いた老人は、にんまりと優しく微笑んで「分かった、教えよう」と立ち上がる。
「だが、その前に一つ、教えてくれんか。どうして、いきなり絵本の作り方を教ええて欲しいと思ったのか……とか」
老人は、見当がつきながらも、そう天使に向かって優しく諭すように言った。
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