第五話 また会いに来てくれる?



◆◇◆◇◆



「それでも凄いよ。僕には、誰かを助けるどころか…助けがないといきられないのに」



 そういって俯く少年の拳は震えていた。

 以前老人が自分の孫についてこうこぼしたことがあったのだ。



『孫はのぉ、ずっと病院で暮らしているせいで友達もいなくてのぉ。本来なら小学校に入学して、友達と走り回ったり勉強したりしていただろうに』



と。そう孫のことを語る老人の姿はとても痛々しく、苦しそうに顔を歪ませていた。


 病院暮らしで友達がいない少年に何か出来ることは無いかと、老人は考えそして導き出した答えが、孫である少年に、彼のためだけに作った絵本を送ることだった。勿論、それまでに作った絵本や、お勧めの絵本なども定期的に送っていた。しかし、多忙であり足腰の弱い老人は遠い病院にはとてもじゃないが何度も行けないため、孫とは数回顔を合わせた程度だった。だが、離れていても孫を思う気持ちだけは変わらなかったのだ。


 そんなことをふと思い出し、少女……天使は少年を見た。まだ幼いというのに、どれだけ辛い思いをしてきたのか、その表情だけでも分かる。少年にとっての友達はきっとこの絵本なのだろう。



 天使は、絵本を食べるときその作者の創造力だけではなく、作成時の思いを感じ取ることも出来るのだ。絵本を食べれば食べるほど、絵本に込められた思いが天使の中に蓄積されていく。そして、その込められた思いに心を熱くし涙を流していたのだ。


 先ほど食べてしまった少年のためだけに描いたという絵本。その絵本には、少年に対する胸が温かくなるような優しさと、会いに行けない寂しさが込められていた。それでも、絵本を通じて繋がっていると、病気が治ることを応援していると。 


 そんな思いが込められた絵本を食べてしまったのだ。いくら絵本を食べなければいけないとはいえ、その絵本に何が込められているかなど考えてはいなかった。まして、その絵本が誰かの元に届けられ、その届けられた先で絵本を読んだ人が何を感じ、得るのか。そこまで考えが至らなかったのだ。

 だから、少しばかり罪悪感がある。天使は、少しだけ少年の側にいてあげようと思った。老人に対しての罪滅ぼしなのか、少年に同情しているのか。しかし、天使が人間と友達になる事は出来ないのだ。そこに越えられない壁があるから。


 それから天使は少年の話を聞いたり、こちらからも話題を振ったりした。自分が何でここに来たのかとか、天使は絵本を食べて成長するとか、それから他愛もない話を続けているとすっかり日が暮れてしまった。




「それじゃあ、わたしは帰るけど。元気でね」



 天使は夕日が沈む窓の縁に足をかけ、少年の方を振返る。そこで天使の目に飛び込んできたのは名残惜しそうな目でこちらを見つめている少年の顔だった。少年は何か言いたげに口をもごもごさせていた。言いたいことがあればはっきり言えばいいのに、と天使は何?と少年に問うた。すると少年はゆっくりと口を開きこう言った。



「――――また、会いに来てくれる?」



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