第三話 お遣い



◆◇◆◇◆



「あの時君が助けてくれなかったら儂は、この世にいなかっただろう。君には感謝してもしきれない」

「だったら、隠した絵本を持ってきなさいよ!」




 天使の方を向いて深々と頭を下げる老人の言葉を受け流し、天使は絵本を持ってくるように急かした。ただでさえ、他の天使より後れを取っているのに力を蓄えている翼を片方失ったことにより、彼女の修業は長引いてしまっているのだ。だから、一刻も早く沢山の絵本を食べ一人前にならなければいけない。彼女の中には焦りと不安が渦巻いていた。


 そんな天使を見つめていた老人は薄い笑みを浮べた後、困り眉で机に置かれた真っ白な絵本を見た。そうして、やれやれと首を横に振ると重い腰を上げおぼつかない足取りでアトリエの扉に歩いて行く。

天使は、ぱっと顔を明るくし老人の後をスキップ混じりでついて行く。すると、老人はピタリと足を止め振返った。



「そうじゃ、さっき君が食べた絵本は儂の孫の為に描いた特別な絵本なんじゃよ。孫は身体が弱くのぉずっと病院生活を強いられておる。儂はこの身体じゃ、孫に何度も会いに行ってやることは出来ない」

「うっ……」

「どうじゃ、少しばかりお遣いを頼まれてくれないかのお?それまでに、絵本を沢山用意しておこう」



 老人はにこりと笑う。その笑顔の圧に押され天使は後ずさりをし、淡い栗色の髪をかきむしりながら「ああ!」と声を張り上げた。



「分かった、分かったわよ。そのお遣い頼まれてあげるから、絵本用意しててよね」

「約束しよう」




 天使は不満そうに、差し出された老人の小指に自分の小指を絡め約束を取り付けた。そして、老人に渡された何冊かの絵本を持って病院に向かうことにした。途中、絵本を食べたい欲に駆られたがこの絵本を食べてしまうと、老人が二度と絵本を食べさせてくれないだろうと思いぐっと我慢した。



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