第二話 絵本を食べる天使



◆◇◆◇◆



 少女と老人が出会ったのは、実に一ヶ月前のことだった。


 老人はこのアトリエがある大きな一軒家に一人で住んでいた。森の中にあるということもあり、周りは自然ばかりでご近所さんがいるとすればそれは猿や鹿だった。そんな森の中の一軒家にこの老人は住んでいた。


 老人は絵本作家であった。大学で芸術について学び卒業後は、すぐに絵本作家としてデビューした。そして八十歳になる今日まで絵本を描き続けているのだ。



 そんな老人は、アトリエに差し込む光が少なくなってきたと感じその原因がブナの木であると考え、何を思ってかブナの木に登ったのだ。このブナの木は、それはそれは立派で、老人が登った地点もかなり高いところだった。落ちたらひとたまりもない。下からハサミで切ろうにも届かず、登るしかなかったのだが登ってみたはいいものの、老人は降りられなくなってしまった。


 そして、運悪く老人は足を滑らせブナの木から落下…する筈だった。



 老人はブナの木から足を滑らせた際、もう終わりだと目を閉じた。こんな森の奥、誰も助けに来てはくれない。死んで土に還り、この森の一部になるだろうとすら思った。走馬燈も見えた。たった一人の孫の顔が浮かんだ。



 その時だった。まばゆい光と共に現われた真っ白な翼を生やした少女に出会ったのは。

 少女は落下する老人の腕を掴み引き上げた。真っ白な羽が宙を舞う。その光景に、老人は息をのんだ。


 子供の頃に絵本で読んだ天使そっくりの少女に、心を奪われた。


 少女はよかった、といった顔をしたがまた次の瞬間翼がブナの木の間に挟まり老人の重さに耐えきれず少女と老人はゆっくりと落下した。またその際酷い音を立て少女の翼はちぎれてしまった。

 老人と少女は身体に青い痣が出来たが、命に別状はなかった。しかし、少女は老人の安否を確認した後自分の翼がちぎれてしまったことに絶句しその場で気絶してしまった。





「もう!あなたがあんな所に登っているのがいけないのよ!そのせいで、わたしの翼が!」




 ロッキングチェアーをギシギシと鳴らし天使は暴れていた。


 助けたことは後悔していない。寧ろ天使は人を助けたことを誇らしく思っている。しかし、何でも完璧に出来ると思っていた天使は、不注意で天使の証である純白の翼を失ってしまったのだ。


 天使は、老人を眺めながらはあと大きなため息をついた。




「早く翼を取り戻して神様に認めて貰うんだ……そしたら、何でも一つ願いを叶えられる天使の権利を手に入れることが出来るのに」




 そういって天使は持っていた真っ白な絵本を机に置き目を閉じた。


 此の世界の天使は、人間の描いた絵本を「食べる」ことで成長する。食べると言っても、実際に口に含み食すのではなく、絵本に手を当て絵本の中身をその身体に吸収するのだ。「食べられた」絵本は食後の皿のように真っ新な状態になる。



 天使がどうして、絵本を食べるのかと言うと人間の豊かな創造力、知恵を吸収するためだ。神様から下界に使わされた天使は、修業の一環で沢山の絵本を『食べる』。沢山の絵本を「食べるこ」とで人間の暮らしに触れ、知恵を補う。そして修行を終えた天使は、神様に一人前の天使として認めて貰えるえのだ。一人前の天使になったあかつきには、何でも一つ願いを叶えられる権利を与えられる。それは、人の為に使うことも自分のために使うことも出来る。たった一度だけ、とびきりの奇跡を起こせるのだ。



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