第一話 天使と老人
◆◇◆◇◆
優しい木漏れ日のカーテンが揺れる森の中の一軒家。暖かな木造建築のその室内には、油絵の具の匂いが充満していた。アンティーク調の家具が無造作に並べられ、部屋の最奥には他の部屋とは比べられないほど広いスペースを持ったアトリエがある。
大きなキャンパスには色彩豊かな自然の風景が描かれており、少し古びた棚にはピカソやゴッホ、モネといった芸術家に関する本がずらりと並べられていた。
そのアトリエの隅で、真っ白な髪をたらりと肩まで垂らした老人が真っ白な紙に絵の具のついた筆を走らせていた。髪の毛と同じ真っ白な紙に向かう視線は真剣だったが、頬は緩んでおり何処か楽しそうに絵を描いていた。
小鳥のさえずり、木漏れ日のカーテン、暖かな春風の音。そんな和やかなBGMが自然と流れていたアトリエに突如不規則的なパタパタとした音が響いた。老人はそんな不協和音を気にすることなく、筆を走らせる。
そうして、バタン。とアトリエの扉が大きな音を立てて開かれると、ようやく老人は手を止め扉の方に身体を向けた。扉の前に立っていたのは、淡い栗色の髪に、フランス人形を思わせる青い瞳、そして極めつけは真っ白な翼を生やした少女だった。絵本に出てくる天使のような少女が、頬を膨らましてそこに立っていたのだ。
しかし、絵本に出てくる天使とは違い、彼女には片翼しかない。
少女は、老人を見るなり怒ったような口調で詰め寄り手に持っていた真っ白な本を尽きだした。
「もう、絵本はないの?それとも、また隠したの!」
「ほっほ……隠しただなんて、人聞きが悪い。秘密の図書館にしまったんだよ」
「やっぱり隠したんじゃない!」
むきーと、少女は持っていた本を激しく上下に振りその場で地団駄を踏んだ。その様子を老人は楽しそうに見ていた。
少女は老人と目が合うと、また怒ったような顔で真っ白な本を老人につきだした。
「わたしには、絵本が必要なの。あなた、絵本作家なんでしょ。だったら早く描いてよ」
そういうと少女は、疲れた。とため息をついて埃を被ったロッキングチェアーに腰掛けた。老人は、そんな少女の姿を数秒間見つめた後また筆を持ち絵の続きに取りかかった。その様子を少女は退屈そうに見つめていた。
「ねえ、まだ描けないの?」
「絵本は、真心込めて描くんじゃよ。そう簡単には出来んよ」
「すらすら~じゃないの!?」
「まあ、焦るな、焦るな。いつかは、ちゃんと描いてやるからのぉ」
少女の問いに対し、老人はそう答えるとふと窓の方を見た。窓の外には大きなブナの木が生えており、美しくその緑の葉を揺らしていた。
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