DREAMER。
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第1話『奇跡の始まり』
「整理券を受け取ったら順番に並んでください。時間内にいない場合は一番後ろに整列してもらいます」
ざわつく人だかり。
むさ苦しさの中に期待が混じった熱気と湿度。あまりの人の多さに通行中の運転手も目を向けてしまうほどだ。
本日7月7日(火)…………
そう、今日は1年に1度だけ7と7が共演するパチンコ店では激熱と言われるイベント日。地域で最も有名なパチンコ店『クラッシャー』がその激熱な日程を更によいしょで盛り上げる。
ウィ~ン……ぺり。
「おっ!7番。ア、アツい……」
抽選器から良番を手に入れたこの男の名前は菅波進一(すがなみしんいち)。
38歳。ニート。独身。
クソニートのトリプルスターだ。
良番を手にした進一の脳内は妄想で膨らんでいた。ニヤけ顔が止まらない。なぜなら7月7日のクラッシャーはここに座れれば勝ち確定と言われる円卓ゾーンがあるからだ。
「これで今月はなんとかなる……!!」
全財産10万円を切っていた進一にとってこの7番が記載された紙キレはもやは中堅当選宝くじに匹敵する。
円卓ゾーンに配置された機種……
その名は『バングラディッシュ』。
設置台数12台。
最高設定の機械割は驚愕の126%!!
ATとボーナスの高速連鎖で出玉を抽出させていく機種なのだが、更にその出玉を倍増させるシステムが搭載されている。その名も『ナポレオンシステム』。ナポレオンシステムとは同機種の出玉と出玉を共鳴させることで革命的な破壊力を生むとんでもないシステムだ。簡単に言うと周囲同機種の差枚が上がれば上がるほど自身の打つ台の出玉も右肩上がりに上昇するということ。
もはや機械割増々機種といえる。
本日の最高設定6の配分は12分の12。最高設定で安定した供給を受けつつ、共鳴で爆発的な出玉を根こそぎ頂けるというわけだ。
進一「し、痺れるぅ~」
そりゃ痺れるわ。
進一の抽選番号は7番。入場時によっぽど迷子にならない限り取り逃すことなどない。
つまり圧倒的な勝ち確定。
そもそも進一はこの店の常連客だ。
迷うはずもない。
「オホホ…こっちじゃよぉ……」
もはや勝ち確の神も手招きしている。
開店15分前になった。店員による整理券の確認と整列が始まる。ごちゃごちゃの人だかりも綺麗に列を作り整頓されていく。マナーの悪い連中達もこの時だけはおとなしく従順だ。
開店5分前。整列した皆がウズウズし始めた。おとなしく順番通り並んでいるとはいえ気持ちだけはかなりの前のめりだ。7番というほぼ確定的な番号を手にした進一でさえも台を確保するまではまだまだ安心できない精神状態でいた。
「はーい!それではオープンします!1人ずつゆっくり入場、店内は走らないでください。台を確保したら席は立たないように!」
そしてついに開店時間を迎える。
1人ずつの入場が始まった。
走ってはいけないが早歩きは暗黙の了解。
もちろん入場者が向かうのは勝確定円卓ゾーン、バングラディッシュだ。
「7番の方どうぞ!」
進一の入場順番が回ってくる。
進一「こ、これは…」
進一は驚いた。
「み、見えるっ!見えるっ!」
ホール内に見えるバングラディッシュまでの輝く道のりが進一だけに見えたのだ。まさにゴールデンロード。焦る気持ちを無理矢理抑え、進一は狙いのバングラディッシュに突き進んでいく。円卓ゾーンは店内の中でも奥に設置されている為、この微妙な距離が嫌な緊張感を演出させる。
進一の視界が円卓ゾーンを捉えた。進一より先に入場した6人がまばらに着席している。全台設定は最高設定、選ぶ必要もない。迷わず空いている近距離の台を確保した。
「勝った!あとはブン回すだけ!」
確保と同時に安堵感と勝利確定のファンファーレが脳内に鳴り響く。入場前にもらった台確保券を台横に挿し財布から1人目の諭吉が姿を見せた。
諭吉「いくでぇ〜」
この時すでに円卓ゾーンは満席、雰囲気からして全員プロだ。これで稼働速度も上がること間違いなし、ナポレオンシステムの向上に繋がるであろう。
キュイン!!
進一の右横の台が当たりを告知した。
進一「早っ!!」
普通なら羨ましい当たりもバングラディッシュの場合は違う。ナポレオンシステムによる自身への好影響がある為、ただただ嬉しい話になる。つまり今日はこの円卓ゾーン全員が戦友と言っても過言ではない。円卓ゾーンが和平を生むのだ。
プチュン……
進一「!?」
なんとここで進一の左横の台がフリーズする。フリーズ確率は1/65555。フリーズ時の最低獲得枚数は5000枚で期待枚数8000枚と言われている。
進一「な、ナイスぅ!!」
フリーズしている者、まだ当たりを引けていない者、この円卓を囲む者達に嫉妬などはない。ナポレオンシステムという革命が皆をただただ幸せにするのだ。
この場所こそが今最も争いのない世界なのかもしれない。
進一も周りに遅れる中ようやく当たりを引いた。気付けば周りは出玉を重ねている。この周囲の恩恵を受け全体の出玉は増えていく一方だ。
2000枚…3000枚…4000枚……
出玉加速は止まらない。
プチュン…!!
プチュン…!!
進一「やべぇ…これは万枚も射程圏内」
周囲のフリーズ連発。
そしてトドメは……
プチュン…!!
進一「きたっ!フリーズ!!」
遂に念願のフリーズが到来する。今日ここで引けることが重要で意味も価値もある。
「いっけぇぇぇ!!!」
進一は心の中で大きく叫んだ。
出玉と気持ちがシンクロし始める。
5000枚……7000…8000…9000枚……
12台の出玉は止まらない。
この加速はもはや脅威だ。年に1度とはいえこの脅威は確実に店にとっては赤字間違いなし。ホールの角でその様子を伺う店長の顔色がもはや気になって仕方がない。
「ニコリ……」
作者「な、なにー!引きつるどころか笑っているではないか!!中毒者達を見守るその笑顔は母親のような優しい顔、もはや菩薩だ。これが地域に愛される所以なのか!?」
円卓ゾーン全台の出玉が万枚を突破し、進一も仕上げに取り掛かる。日も暮れていき戦いは終盤に突入するが店内はもはやずっと昼間のようなものだ。時計も見ず昼食もトイレも挟まない男達に時間間隔などなかった。
閉店20分前になるにも関わらず全台出玉の吐き出しが終わる気配を見せない。
「延長されますか?」
店員による声かけが始まった。もちろん12名全員が延長希望だ。会員カード制作特典15分延長の効果が今日ほど発揮することはないだろう。
「すみません。営業時間終了です。手を止めてください」
店員による終了の声がかけられる。1枚でも多く取りたい男達が1度の声かけで止まるはずもない。円卓ゾーン2周目の声かけが始まるがそれでも止まらない。次の声かけが来るまでは回せると進一も最後の足掻きをみせる。
「はいはい。辞めてくださいね」
ピタッ。
店長の一言で面白いぐらいにピタッと全員の手が止まった。これにて激動の1日が終幕となる。午前中の時とは思えないほど静かなホールでメダルを流す音だけが店内に響き渡る。さすがの進一も1日の労働に疲れを見せていた。
「ありがとうございました!」
メダルを全て流しレシートを受け取った進一は改めてその記載枚数を確認した。
「16570枚…!!」
約33万円弱の換金額だ。投資分を差し引いても利益30万を超えている。
トルゥルルルルン♪
謎の効果音登場。さっきまでの疲れが寝てもいないのにフッ飛んだ。これぞギャンブルマジックだ。
景品カウンターで景品交換した進一は軽い足取りで換金所へと向かった。
カチャカチャ……
バサッ。
窓口から出てきた金額を間違いないか確認しながら数えていく。換金した33万と小銭を財布にしまうと進一は駐車場に停めてある車へと戻った。
バタン!!
進一「よっしゃーーーー!!」
進一は車のドアを閉めた途端大声で叫んで歓喜した。これだからギャンブルは辞められない。地底からの地上復帰、このハネ上がりがなんともいえない。裕福状態での利益30万ではこうはならないだろう。地底からの復帰だからこそこの喜びが噛み締められるというものだ。ギャンブル症候群最高!!
パンパンの折り畳み財布を助手席に乗せ進一は車を走らせると大通り一本道で更に歓喜の大声を上げた。
進一「よっしゃーーーーーーー!!!」
ーーーーーーーーーー………えっ?
何が起きた?
気付いたら暗闇の中にいた。
少しずつ理解していく。
そう、全て夢だったのだ。
お金がなく窮地に追い込まれた者がよく見る蜃気楼的現象だ。
愕然した進一は布団から起きると冷蔵庫を開け5分賞味期限が切れたオレンジジュースをコップに注ぐと一気に飲み干した。電気をつけ放心状態の姿を鏡で確認するとなぜか涙が出そうになった。
あのパンパンな財布の姿、感触が夢だったとはいえ忘れられない。廃人のような目で進一はテーブルの上に置いてある財布を見つめた。
進一「え?」
進一は目を疑った。あのしおれた財布が金パツねーちゃんのパンパンなおしりのように膨れ上がっていたのだ。
進一は財布を手に取って確認した。
進一「さ、33万入ってるぅーーー!!?」
完。
DREAMER。 前に進む。 @neet777
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