10 灰色の聖女の偉業(ざまぁ回)

 わたしを失墜させるネタ……?

 ということは、モルモの言う『わたしの最大の秘密』というのは、わたしが過去に犯した悪事についてのことなのだろう。


 しかしわたしはまったく身に覚えがない。

 わたしが育ったダスク家は清廉潔白をモットーとしていて、わたしもそう躾けられた。

 前世の父親は公務員でまじめが服を着て歩いているような人で、とにかく人に迷惑を掛けないようにとだけ教えられていた気がする。


 わたしはモルモとの話をいち早く終わらせるつもりでいたんだけど、ちょっとだけ興味が沸いてきた。


「あの、そのネタってどういう……?」


「へっ、とぼけやがって! お前が俺の婚約者だった頃、花嫁修業とか抜かしてルモット家が管理してる領地の書類仕事とかをやってただろうが!」


「はい、やってましたけど」


「ここまで言ってまだわからねぇのかよ! お前が税金をちょろまかしてたことは、とっくに割れてんだよ!」


「税金をちょろまかす? それはあなたがわたしに指示していたことでしょう?」


「そうやって罪をおっかぶせようったってムダなんだよ! ぜんぶお前がやったことだ!」


「あ……あきれた……」


 わたしは本音を思わず口に出してしまっていた。

 そしてやっとわかった。モルモがどんな気持ちであの痛メールをわたしに寄越していたのかを。


 この人は忘れちゃうんだ。自分に都合の悪いことは、三歩歩けばぜんぶ。

 わたしはバカを相手にする時の独特の徒労感を覚えつつも、なんとか言い返した。


「言っておきますけど、わたしは脱税なんてやっていません」


 貴族の多くは国王から貸し与えられた領地を持っており、民から徴収した税金から自分の収入を差し引いて国に収めている。

 税収をごまかせばそのぶん収入は増えるけど、脱税はバレた時の罪が重く、悪質な場合は一族まとめて処刑されることだってある。

 だからわたしはこの男にそそのかされても、絶対にやらなかった。


「ウソつけ! お前がいなくなってから、収める税金は増えたうえに収入は目に見えて減ったんだ! それが、お前が税金をちょろまかして家に入れてた証拠だ! もう国にはバレてて、罰としてこっそり税率を上げられたに決まってる!」


「もしわたしが脱税してバレていたのなら、その程度の罰則ですむわけがないでしょう」


 わたしは立ち上がると、応接スペースの傍らにあった書類棚へと向かう。

 そこから古びた帳簿を何冊か取りだし、テーブルの上で広げてみせた。

 そして、矢継ぎ早に説明する。


「こっちの書類は、ルモット領がライ麦を育てて救荒食物を備蓄するための提案書。そしてこっちの書類は王国兵士の駐屯受け入れの証明書です。そしてこっちが疫病に際しての……」


「ちょ、ちょっと待て! この書類はなんなんだ!?」


「これは、わたしがルモット領で花嫁修業をしていたときの書類一式です。わたしがルモット家を出るときに、ジャマだから捨てろと言われたので持ち帰ったんです」


「そういうことを聞いてんじゃねぇ! この書類が税金をちょろまかしてないっていうのと、どう繋がるのかって聞いてんだよ! ……ははぁ、さてはごまかそうとしてやがるな!?」


「あきれた……まだわからないのですか? これはルモット領が税制優遇を受けるために、わたしがしたことの証拠です」


「ぜ……税制優遇? なんだそりゃ?」


 初めて聞く言葉みたいに首をかしげるモルモ。


「ミギアム王国では救荒食物……つまり、飢饉などに備えるための食料の備蓄が不足していました。その問題をルモット領で解決することで、収める税金を安くしてもらっていたんです。他にも国のためになることがあれば積極的に提案して、その見返りとしてルモット領への税金を安くしてもらっていたんですよ」


 わたしは噛んで含めるように言う。


「ようするに、わたしのしていたことは脱税ではなく節税。あなたの頭でもわかるように言えば、違法ではなく合法なんです」


「そ、それだったら、いまでも税金が安くなくちゃおかしいだろうが!」


「もしかして……わたしが出ていったあと、同じ仕事をノッテさんにやらせたりしませんでしたか?」


「そうだよ! ノッテは『セイラにできるなら楽勝ですわ!』って言ってたからな!」


「はぁ、どうりで……。新聞で、ルモット領のライ麦畑をぜんぶ潰してブドウ畑にするっていう記事が出ていましたから」


「ああ! ノッテは『ライ麦なんてダサいですわ、ワインを作るほうがオシャレですわ』って言ってたからな!」


「あきれた……。救荒食物用のライ麦畑を潰したら、税制優遇が無くなるのは当たり前でしょう。それに、ブドウ畑には有機物がたくさん必要なんです。長い年月と費用が掛かるんですよ? 収入が減って当然です」


 ここまで言ってようやく、モルモは気づいたようだった。

 そしてワナワナと震えだす。プライドにヒビが入り、自我そのものがいまにも崩れてしまいそうなほどに。


「そ……そういえば……! お前がルモット領を見るようになってから、たびたび国王から褒められることがあった……! 『ルモット領は国と民の両方を立てる、素晴らしい領地運営をしている』って……!」


「はい。ルモット領でわたしが行なっていたことは、すべてあなたの発案ということにしていましたから」


 わたしは国と民だけでなく、夫も立てていた。当時はそうするのが当たり前だと思っていたから。

 なんならいまも思っているけど、そうしたい相手はこの男ではないことだけは確かだ。


「じゃ、じゃあルモット家が上院議会に入れたのは……! 俺の手柄じゃなくて、お前の……!?」


「そうかもしれませんね。あの時は市民議会の後押しもありましたから」


「そ……そうだ……! ルモット領の民どもが抜かしてた……! 『セイラ様の頃は良かった、セイラ様は我らを豊かにしてれくた』って……!」


「そうなんですか? まぁ免除された税金は、ルモット家だけでなく領民にも還元しておりましたからね」


「な……なんだとぉ!? なぜルモット家に全額入れなかったんだ!?」


「ムチャを言わないでください。税制優遇に関する事業というのは領民の協力が必要不可欠なのですよ?」


「そんなのは、無理やりやらせときゃいいんだよ!」


「そう思うのなら、これからそうすればいいでしょう」


 わたしは話は終わりだとばかりにソファから立ち上がる。


「いずれにせよ、わかっていただけたようですね。それでもわたしに脱税容疑を掛けたいのでしたら、どうぞ好きにしてください。わたしが潔白である証拠は、この通り揃っていますから」


「うっ……! うがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 なにを思ったのか、モルモはテーブルにあった帳簿を掴んでビリビリに引き裂き、手当たり次第に口に突っ込みはじめた。


「あぐっ! あぐっ! あぐぁっ! こ……これで証拠は無くなった! お前はもう俺のものに……!」


「なるわけないでしょう。ここにある書類はぜんぶ国側のほうでも保管してあるんですから」


 モルモは「ガーン!?」という音が聞こえてきそうなほどの、ショックに満ちた顔をしていた。

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