09 元婚約者からの手紙
それからすぐにノッテは家の意向で婚約を解消させられ、家を追い出されていた。
行き場のないノッテは宮殿でメイドをやるしかなく、昔のわたしのように使用人にいじめられまくっているらしい。
そして彼女のいなくなったソワール家はというと、ニュイはとっくに初老を過ぎているというのに跡継ぎ作りに追われているようだった。
古いタイプの貴族であるソワール家は純血を重んじているので、養子は取らない。
婿養子である夫はすでに枯れてしまっていたので、ニュイは人目もはばからず若い男を屋敷に引っ張り込むようになっていた。
突然の婚約解消、ひとり娘の追放、そして浮気三昧の夫人。
ノワール家はもはやメチャクチャで、長き歴史に終止符を打つのは時間の問題だろう。
かたやわたしはミギアムとダリアム、ふたつの国で人気の聖女となっていた。
飛ぶ鳥を落とす勢いは止まらず、次期聖皇女の有力候補として名を連ねるほどになる。
もはや向かうところ敵なしのわたしだったが、思わぬ敵が現われる。
それは、一通の手紙から始まった。
愛しのセイラ、元気にしているようだね。
お前のウワサを聞かない日は、ここのところ一日たりともないよ。
俺も嬉しくてたまらない。だって、やっと俺の気持ちに気づいてくれたのだから。
そう。ノッテと婚約したのは、お前をやる気にさせるためだったんだ。
恋のスパイス、ってやつさ(ウインク)。
俺の期待に、お前は応えてくれた。
だから特別に、お前のしたことは許してやろうと思う。
だからもう反省はやめて、俺のところに戻っておいで。
読み終えた途端、「なんだこりゃ」と声が出た。
こんな狂った手紙をよこすのはどこのどいつなんだと思ったら、前婚約者のモルモだった。
『お前のしたことは許してやろう』って、どの口が言ってるんだろう。
考えても時間のムダだと思ったので、手紙はそのままゴミ箱に投げ捨てる。
そしたら数日後、また紙のムダが届いた。
愛しのセイラよ、いったいどうしたんだい?
俺はずっとお前のことを待っているというのに。
でも、お前の気持ちは俺にはわかるよ。
俺にフラれたことで、もう恋なんてしないって誓ったんだろう?
そうだ、お前の恋はどこにもない。あるのは俺の胸の中だけさ(ウインク)。
さあ、素直になって飛び込んでおいで。
『お前の恋はどこにもない』って、人の恋を勝手に無くすな。わたしの恋のありかは……。
考えても時間のムダだと思ったので、手紙はそのままゴミ箱にシュートする。
そしたら数日後、またトイレットペーパーにもならない紙が届いた。
愛しのセイラよ、いい加減にするんだ。
どうして俺のところに来ようとしない。俺にもガマンの限界というものがあるぞ。
もういい、せっかく許してやろうと思ったのに、お前とはもう絶縁だ。
……なんてね、ウソだよ(ウインク)。
お前の気持ちはわかっているよ。いままで俺に焦らされたお返しをしているんだろう?
かわいいやつめ。でも、恋は駆け引きが重要だよ。
もしお前が今夜までに来なかったら、俺は新しい女と婚約する。
そうなったら、お前はまた長いこと焦らされることになるよ。
それでもいいの?
部屋の鍵を外して待ってるぜ(ウインク)。
とうとうウインク二連発だよ。いったいなにを食べたらこんな手紙が書けるんだろう。
考えても時間のムダだと思ったので、手紙はそのままゴミ箱にダンクを……。
しようと思ったら、背後から大勢の足音が迫ってくる。
振り向くとそこには痛メールの主が、ゴロツキみたいな男たちを従えて立っていた。
「おい、セイラ! ワガママもいい加減にしやがれ!」
「……ワガママ?」
「そうだ。俺がいいと言っているのに、なぜ俺のところに戻ってこねぇ! 俺は昨日、ひと晩じゅう寝ずに裸で待ってたんだぞ! おかげで風邪をひいちまったじゃねぇか!」
「あなたの手紙は、あなたが来る3分ほど前に受け取りました。宮殿の手紙は届くまでに1日以上掛かるんですよ」
「なにっ、そうなのか!? だがもう読んだということは、言葉はいらないな! さぁ!」
両手を広げるモルモ。飛び込んでこいという意思表示なのだろう。
そういえば、届いた手紙の内容がバカバカし過ぎるせいで、わたしはなんの返事も返してこなかった。
無視していればそのうちあきらめるだろうと思ってたんだけど、この人はそういう思慮深いタイプじゃない。
なんでも自分に都合の良いほうに考えるので、この調子だとほっとくとさらに増長しそうだ。
もう相手にするのも嫌なんだけど、最低限の返事だけはしておくか。
「嫌」
「2文字!? 俺の熱い手紙の返事が2文字だと!? おい、ふざけるなよ!」
わたし的には1文字なんですけどね。
しかしもっとハッキリ言わないと伝わらなさそうだったので、文字数制限を撤廃することにした。
「別れ際にクソ女呼ばわりするばかりか顔にツバまで吐きかけてきておいて、どうして寄りを戻せると思ったんですか。ごんぎつねでもショットガンで応戦するレベルですよ」
「あれは……俺の愛情表現だ!」
本気でそう思ってそうなのがムカつく。
どれだけツバを吐き返してやろうかと思ったけど、わたしはぐっとガマンする。
「とにかくあなたとはもう終わったんです。お話することもありませんし、帰ってください」
「おっと、そうはいかねぇぞ! こちとら新しい婚約者を連れて帰るって言って出てきたんだからな! それに、そんな態度を取ってもいいのかぁ!? こっちにゃ、ワガママなお前を一発で大人しくさせられるネタがあるんだ!」
モルモはずいっと顔を近づけてくると、なにも知らない子供を脅すような口調になった。
「……こんな大聖堂、まわりに人が大勢いるなかで話されちゃ、お前も困るだろう? わかったら、奥のほうでゆっくりと……」
「嫌」
「そうはいかねぇつってんだろ! おい野郎ども、このワガママ女をわからせてやりな!」
モルモが指を鳴らすと、背後に控えていたゴロツキたちが暴れだす。
このゴロツキたちはモルモの私兵で、モルモの命令なら人殺しもいとわない。
わたしの部下の聖女や聖堂を訪れている人たちに危害を加えそうな勢いだったので、わたしはしかたなく折れた。
「……わかりました。話を聞きますから、わたしの執務室へどうぞ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
大聖堂の執務室。その応接スペースにあるソファに座り、わたしはモルモと対峙する。
横長のソファにふんぞり返るモルモ、その背後にはゴロツキたちがたむろしていた。
わたしはお茶も出さず、さっさと用向きをたずねる。
「それで、話というのはなんですか?」
「決まってるだろ、俺との婚約の話だよ」
モルモはソファから中腰で立ち上がると、前のめりになってわたしに迫る。
「上院議会の俺が次期聖皇女のお前と結婚すれば、この国の王になるのも夢じゃねぇからな」
モルモがわたしと最初に婚約した時の目的は、ダスク家のツテを利用して上院議会に入るためだった。
その時は、ウソでもわたしを愛していると言ってくれた。
でもいまは己の本音を隠そうともしない。
これはたぶん『ネクロマンス』の悪ルートに入った影響で、欲望に忠実になってしまったせいだろう。
そしてモルモは「お前のことはすべてわかっている」と言わんばかりにわたしの顔に手を伸ばしてきた。
「さっきは人前だったから嫌がってみせたんだろうが、本当は俺のことが好きでたまらないんだろう? いい加減、素直になれよ……!」
「汚い手で触らないでください」
わたしがその手を払いのけると、モルモはわかりやすく激昂した。
「てめぇ……ふざけやがって! さっきも言っただろうが! こっちはなぁ、お前を元の下働きに落ちぶれさせるほどのでかいネタを握ってんだよ! お前の最大の秘密、いまここでバラしてやろうかぁ!?」
「えっ……? それ、ハッタリじゃなかったんですか?」
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