08 言葉ひとつで(ざまぁ回)
ニュイは唇を震わせながらわたしに尋ねる。
「フェイカー家があった頃は、あなたはまだ赤ん坊だったはず……。なのになぜ、その名を……!?」
「知っているかもしれませんが、聖女というのは女神の言葉を聞くことができます。わたしは女神を通し、死者であるミック・フェイカー様の言葉を聞いたのです」
フルネームが出た途端、ニュイはさらに動揺した。
「ミックは、なんと……!?」
「『むしろ感謝しています、ここまで立派に育ててくれたのですから』と。」
その言葉の意味をニュイは理解できていないようだったので、わたしは続けて語る。
「ニュイ様、あなたは若い頃に公開出産をなさいましたよね? 同じ日に、フェイカー家のご令嬢であるミック様も公開出産なさったとか。それも同じ会場で、まったく同じ時間に」
「そ……そうよ、あの女は私をライバル視していたのよ。髪型から服から、なにをするにも私のマネばかりして……! それだけじゃなくて、結婚式や出産まで合同になるようにねじ込んできて……!」
「ミック様はたしかにニュイ様のマネをしてました。でもそれはライバル心からではなかったんですよ」
「えっ……?」
「ニュイ様に憧れていたんです。ミック様はニュイ様みたいになりたかったのですよ」
「う、ウソよ、そんな……!」
「ウソではありません、ミック様の魂がそう言っていました。ニュイ様といっしょに出産できるだけで幸せだったのに、私はとんでもないことをしてしまったと」
「とんでもないこと……?」
「公開出産には大勢の人が集まったようですが、ミック様のほうがずっと盛況だったんですよね? そしてニュイ様は観客の数で負けたことを、とても不愉快に思っていたんですよね? そのことをミック様は大変悔やんでいました。それが、ミック様のひとつめの後悔です」
ニュイは当時のことを思いだしたのか、わたしの言わんとしていることを少し理解したようだった。
「まさか、あなたは……。いや、ミックはあのことも……?」
「はい、聞きました。お怒りになったニュイ様は、ミック様のご一家が乗っている馬車を、事故に見せかけて崖下に落としたのですよね? 生まれたばかりの赤ちゃんもいっしょに」
「そ、そんな証拠は、どこにも……!」
「落ち着いてください、わたしはそのことを責めにきたわけではないのです。先ほども言いましたが、ミック様の感謝の気持ちを伝えに来たのです。ミック様は現世にとどまっていたのですが、もう思い残すことも無くなったので、天国に召される前にどうしてもニュイ様に伝えたかったようです」
わたしはもういちど、あの言葉を繰り返す。
「『
するとニュイは、見たら死ぬ悪魔の姿が描かれたパズル、その最後のピースが嵌まった瞬間のようなおぞましい顔をした。
「ま……まさか……!?」
「はい、これがミック様のふたつ目の後悔です。ミック様はニュイ様に憧れるあまり、産婆に命じて赤ちゃんを取り替えさせていたのです。同じ会場でしたから、すり替えるのは容易だったようで……
」
「私の娘のノッテは、本当はミックの娘だというの!? そっ、そんな! そんなはずはないっ! あの子は間違いなく、私の娘よっ!」
「そう言ってもらえるのなら、ミック様も草葉の陰で喜んでいると思いますよ。なにせ自分の子を、憧れのニュイ様に育ててもらったのですから。たしかノッテさんには太ももの内側の付け根のところに、ちいさなアザがあったそうですね。かなり見えにくい場所にあったそうですが、星の形をしていたとかで……」
「いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
両手で頬を押さえての大絶叫。ニュイはおかしくなったように頭をかきむしり、テーブルにガンガンと頭を打ちつけはじめた。
「いやっいやっいやっ! いやっいやっいやぁぁぁんっ!! 私の娘がっ! 私の娘がっ! いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
生きたまま火あぶりにされるように、ドスンバタンと床をのたうちまわるニュイ。
その姿は、堕ちゆく星の最後の輝きのようであった。
騒ぎを聞きつけた使用人たちと入れ替わるようにして、わたしは屋敷をあとにする。
……これは、わたしがでっちあげたウソだ。
このウソは、ノッテの太ももにアザがあるという攻略本の情報から始まった。
攻略本には主要な登場人物の過去までもがしたためられている。
わたしはノッテが公開出産で生まれたこと、同じ日にミックという令嬢が公開出産を行なったことを攻略本で知った。
ニュイとミックはライバル関係にあり、事あるごとに争いあっていた。
公開出産では観客数を競いあっていて、その軍配はミックに上がる。
ニュイは負けた腹いせに、ミック一家が乗った馬車を事故に見せかけ、赤ん坊もろとも始末した。
この事実をもとに、わたしはあるウソを加える。
ミックは実は、赤ん坊の交換したいほどにニュイに憧れていたというウソを。
そのウソにさらに、ノッテの太ももにアザがあることをミックが知っていたという、新たなるウソを組み合わせれば……。
あら不思議! 血のつながっているはずの実の子が、まったくのよその子に……!
これでノッテは……。いや、ソワール家はおしまいだ。
でもわたしには、このくらいのことをする権利がある。
いままでノッテにさんざんいじめられたからじゃない。ノッテに罪を着せられてきたからじゃない。
わたしはノッテの過去を知ると同時に、セイラの過去も知ってしまった。
セイラの両親は馬車の事故で亡くなっているけど、それは事故じゃないことに。
わたしは今日、悪鬼羅刹の仲間入りをした。
言葉ひとつで、ひとつの家とひとりの女を破滅させたのだ。
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