06 あなたしかいない
「みなさん、お騒がせしました! お詫びといってはなんですが、僕からカニをごちそうさせてください!」
それからアルバ様のはからいで、客たちにカニが振る舞われた。
その頃にはもうカニに対する偏見はなく、ミギアムの客もダリアムの客も誰もがカニに夢中になっていた。
「お……おいしいーーーーっ! カニって、こんなにおいしいものだったの!?」
「これは囚人に食べさせるのはもったいない! 我々もぜひ食べるべきだ!」
「そうでしょう! ダリアムでは親しくなりたい相手とひとつのカニを食べる風習があるんです!」
「それ最高! 私、あなたとカニを食べてもっと好きになっちゃった! みんなにも教えてあげないと!」
わたしとアルバ様はステージを降り、当初の予約席だった夜景の見える席で食後のデザートを楽しんでいた。
「セイラさん、今日は本当にありがとう」
「いえ、それよりもごめんなさい。うるさくしてしまって……」
「謝ることなんてないよ。こんなに楽しい食事は生まれて初めてだった」
アルバ様は晴れやかな表情だったけど、どこか残念そう。
まるで、万全の警備をして怪盗からお宝を守ったのに、ハートを盗まれてしまった人みたいに。
「はぁ、僕はまだまだだな。セイラさんに好きになってもらいたくて、がんばってセッティングをして食事に誘ったのに……。まさか、僕のほうがよりいっそう好きになってしまうなんて」
困り笑顔を浮かべるアルバ様。その笑顔があまりにも尊かったので、わたしは血を吐くかと思った。
「そ……そうですか。でも今日のわたしに、そんな要素ありましたか?」
するとアルバ様はちょっと意外そうな顔をしたあと、やさしく微笑んでくれた。
「カニはこの国では、下賤の食べ物というのが常識だった。この国の女性は、カニを見るのも嫌がるものなのに。でもキミは美味しそうに食べてくれたよね」
「それは事実、美味しかったので」
「僕の故郷はカニが特産品で、カニは特別なものなんだ。それを美味しそうに食べてくれる女性に惹かれるも無理はないだろう?」
そう言われても、恋愛経験ゼロのわたしにはピンとこなかった。『胃袋を掴んだ』とかそれ系の話なんだろうか。
でも話のついでなので、以前から気になっていたことを尋ねてみることにした。
「ところで、わたしのどこがそんなに気に入ったのですか?」
するとアルバ様はさも意外そうな顔をした。
「どこって、なにもかもだよ。マジメなところとか、冷静なところとか、やさしいところとか、人の痛みがわかるところとか、たまに見せてくれる笑顔とか、人の悪口を言わないところとか、落ち着いてるところとか、それでいて行動的なところとか、謙虚なところとか、飾り気のないところとか、頭がいいところとか、物静かなところとか、それでいて言葉はハキハキしてるところとか、礼儀正しいところとか、物怖じしないところとか……」
黙って聞いていたらマシンガンのように止まらなくなったので、わたしは内心面食らう。
「ちょっと待ってください。いくらなんでも多すぎませんか?」
「……ふふっ。あとはそうやって、自分の魅力に気づいてないところとか」
「ぐはっ!?」
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「だ……大丈夫です……ちょっと、尊死しそうになっただけで……」
「尊死!?」
アルバ様のほうこそ、自分の尊さに気づいてない。
それになにより、いつもの穏やかスマイルかと思ったら、いきなり白い歯がこぼれる笑顔を何の前触れもなく向けてくるなんて、天然が過ぎる。
こっちは一緒にいるだけでドキドキが止まらないんだから、ちょっとは加減してほしい。
「そ……そろそろ帰りましょうか……」
今日はいろいろあったから、もう宮殿に帰って落ち着きたい。わたしはそう思った。
しかしレストランを出て迎えの馬車を目にした途端、今日という日は簡単には終わってくれそうもないなと思った。
なんと馬車の外装が、赤いバラで埋めつくされるように飾り立てられていたんだ。
「ダリアムはバラの産地としても有名なんだよ。この馬車には999本のバラを使ったんだ」
赤いバラが999本。その花言葉は、『何度生まれ変わってもあなたを愛する』。
その情熱的すぎるサプライズに、わたしの心臓も1分間に999回鼓動していかと思うほどに早くなる。
しかし、馬車に乗ってからがさらに心臓に悪かった。
「セイラさん、僕といっしょにダリアムに来てほしい。聖女を続けたいというのなら、ダリアムに聖堂を建てるよ。宮殿にあるものよりもずっと立派なやつを。僕はキミのためならなんでもするって決めたんだ」
宮殿に着くまでの間、めちゃくちゃ口説かれた。
わたしは前世も含めて、男の人に口説かれるなんてこれが初めて。
初めてだけど、嫌いな男の人に口説かれるのが苦痛なことくらいはわかる。
でもまさか、大好きな人に口説かれるのがこんなにも針のムシロだったなんて。
だって、「イエス」って返事した時点で世界が終わっちゃうんだよ!?
ずっと、「ノー」って言い続けないといけないなんて拷問だよ!
……ああ、苦しい! 苦しいよぉ……!
しかも説明してもわかってもらえないのがなお辛い。
アルバ様は自分に魅力がないせいだと思い込んでいて、より一生懸命になるんだ。
「どうかこの999本のバラを馬車ごと、そして僕ごと受け取ってほしい。まだ足りないのなら、世界じゅうのバラを毎日キミにプレゼントするよ」
わたしはいたたまれない気持ちになって、アルバ様の手を握りしめる。
まさかわたしが、自分から男の人に触れる日が来るなんて。
「アルバ様、わたしには本当に、やらなくてはならない使命があるんです。ですが約束します。すべてが終わったら、かならずあなた様の元にまいると」
馬車は宮殿に着いた。アルバ様は別れ際に、胸ポケットから取りだした一輪のバラをわたしに差し出す。
それはレッドダイヤモンドでできた、夜の闇のなかでも夕陽のように輝くバラだった。
その美しさに、わたしの心は吸い込まれそうになる。
カニ、バラ、ダイヤモンド。そのみっつはダリアムの特産品で、王家の紋章にも描かれているほどにダリアムを象徴するものだ。
なかでもダイヤモンドは、世界でもっとも希少とされるレッドダイヤモンドの唯一の産地である。
アルバ様が出してきたダイヤモンドのバラは、ひとつのレッドダイヤモンドの塊を削り出して作ったものだった。
本物だとしたら、国がひとつ買えてしまうほどの価値があるだろう。
傾国級のダイヤモンドを手にしているというのに、アルバ様の視線はわたしだけに向いていた。
「最後にこれを渡して、あわせて1000本のバラをキミにプレゼントするつもりだったんだ」
赤いバラが1000本。その花言葉は、『1万年の愛を誓う』。
なんというサプライズの連続攻撃。わたしのライフポイントはもうゼロよ!
……なんて冗談が言えれば、どんなに良かっただろうか。
「どうか、このバラだけは受け取ってほしい。このバラがあれば、キミは末代までお金に困ることはないだろう。そして、たとえキミと1万年のあいだ結ばれなかったとしても、キミにこのバラを渡せたという思い出があれば、僕はキミを待ち続けられる」
真っ赤なバラに包まれた馬車が、夜の闇に消えていく。
わたしの手元には、よりいっそう赤いバラがあった。
1輪のバラ。その花言葉は……『あなたしかいない』。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます