05 パーフェクトマナー(ざまぁ回)
ノッテは女友達、ようは取り巻きたちと食事に来ていたんだけど、その取り巻きたちはノッテの一声でステージを降ろされる。
新しくセッティングしなおされたテーブルには、シャンパンとメニューが置かれていた。
テーブルを囲んでいるのはわたしとアルバ様、そしてノッテ。
ノッテは先制攻撃を仕掛けるような顔つきでわたしを見ながら、給仕に向かって軽く手をかざす。
「うこーす のこ あいる」
なにかと思ったら、つたないダリアム語だった。煮込んだスープかと思うほどにカタコトの。
給仕は「リィ」と返事をして、わたしを見る。
「チーサ ジョ イチョス? キョ……」
しかし給仕の言葉はノッテの手によって遮られる。ノッテは先制パンチを決めたかのようなドヤ顔をしていた。
「そちらの大聖女様はおグローバルなわたくしと違っておローカルなのですわ。わたくしをおハーブとするなら、おペンペン草といえるでしょう。まぁ、大聖女様といってもお山の大将みたいなものですからねぇ。たしか、おサルのお山の大将でしたっけ? おほほほ」
ノッテの笑いに合わせるように、ステージのまわりにいる客たちからクスクス笑いが起こる。
なるほど、こうやってじっくりわたしに恥をかかせようっていう魂胆か。
「なんだ、このメニューはダリアム語じゃないか。ミギアム語のメニューを……」
すかさずアルバ様がフォローしてくれようとしたけど、ノッテはそれすらも手振りで断ち切る。
「わたくしがこの席にお誘いしたのですから、今宵のおメニュー選びはわたくしに任せてほしいのですわ。きっと、おハーブも香り立ちますことよ」
ノッテは給仕をアゴで呼びつけると、ひそひそ耳打ちする。時折こっちをチラチラ見るのが気になってしょうがない。
もうそれだけで悪だくみ感がひしひしと伝わってきたけど、わたしの嫌な予感は的中する。
運ばれてきたメニューは、前菜やスープは3人とも同じだったんだけど、メインの魚料理でそれは起こった。
ノッテとアルバ様には上品な盛り付けの白身魚だったのに対し、わたしには茹でたカニが一匹丸ごと。
それも、皿どころかテーブルからもはみ出しそうなほどのジャンボサイズ。
瞬きが止まらないわたしに、ノッテはコロコロと笑っていた。
「そちらは、おダリアムの沼地で穫れるおカニというものですわ。このおミギアムでは食べ物扱いされておらず、罪人に与えられるものとされているのはご存じかしら? そうそう、見世物小屋のおサルのエサでもあるようですから、あなたにピッタリでしょう? さあ、おハーブとともに遠慮なく召し上がれ! オホホホホ!」
つられて周囲の客たちもどっと笑う。
しかしわたしはもう、まわりを気にしているどころではなかった。
だって、カニは前世のわたしの大好物だったから。
しかも『ネクロマンス』の世界のカニはちょっとしたモンスター扱いなので大ぶりで、さらに脱皮をしないのでカニビルの卵がびっしり付いている。
カニビルの卵は知らない人にとっては気持ち悪いみたいだけど、わたしにとってはキャビア同然。
いてもたってもいられなくなったのでナイフとフォークを取り、まずはフォークでカニの脚を押さえる。
ノッテはわたしがヤケになったのかと思い、さらに嘲っていたが、その笑いはすぐに驚愕に変わった。
「ほ……本気で召し上がるつもりですの? そんな殻しかないようなもの、召し上がれるわけないでしょう。おハーブも根っこを足にして逃げだしますわよ。……えっ!? そ、そんな、まさか……!?」
しかしわたしはもう止まらない。ナイフを使ってカニの脚を本体から切り離すと、さらに脚の先端と付け根を切り落とす。
残った脚、その腹に水平にナイフを入れ、ぱっくりと開いたところにフォークを差し入れて中の身を引きずり出す。
あとはその身を、ナイフとフォークでひと口サイズに切り分けていただく。
流れるようなナイフさばき。白身魚を食べるのと何ら変わりないその様子に、周囲は騒然となっていた。
「うそっ!? カニってナイフとフォークでも食べられるの!?」
「知らなかった! ダリアムの人間でも手づかみで食べるっていうのに!」
「そうだよな! だからこういった格式の高いレストランじゃ、提供されないのが普通なんだ!」
「カニをナイフとフォークで食べられる人間は、ダリアムでもごくわずか……! いまじゃ正統な王族しかできないような、選ばれし者の作法だぞ!」
「たしかに、とても美しい作法だわ! まるで、楽器を奏でてるみたい……!」
「すごい、すごすぎる……! あの聖女様は、いったい何者なんだ……!?」
驚くのも無理はない。殻付きのカニをナイフとフォークだけで食べるなんて、至難の技だと思うから。
『ネクロマンス』では、普段の食事風景は描写されないんだけど、食事会などのイベントの場合は作法のミニゲームをやらされる。
うまくいくと、同席している人間の好感度が爆上がりするというボーナスイベントのひとつだ。
わたしはそのゲームでフル・パーフェクトを出すくらいやりこんでいて、コツを攻略本にしたためておいた。
セイラが大聖女になったあと、アルバ様に食事に誘われるイベントが起こることは知っていたので、事前に食事作法のページを読み込んでおいたんだ。
おかげでわたしは気兼ねなく食事を楽しめていた。
久しぶりに食べるカニの身はぷりっぷりで、ミソはこってりクリーミー。
わたしは会話も忘れて黙々と食べていたんだけど、周囲の空気に少しずつ変化が訪れはじめる。
とあるカップルが、カニを注文しようか悩んでいるようだった。
「あんなに一心不乱に食べるなんて……。もしかして、カニって美味しいのかな……?」
「私、カニって気持ち悪いものだと思って食べたことなかったんだけど……」
「俺たちも、食べてみようか?」
「でも、下賤の食べ物だよ?」
ノッテがそうはさせるかと、そのカップルのテーブルをビシッと指さす。
「そ……そうですわ! おカニは下賤の食べ物なのです! 口にするのは罪人かおサルくらいのもので、おハーブの肥料にすらならないのですわっ!」
ノッテはカニにかこつけてわたしを貶めるのに必死で、わたしが大きく息を吸い込んでいるのに気づかなかった。
「……おだまりなさいっ!!!!」
ノッテはわたしの大声にトラウマを植え付けられてしまっているのか、彼女はそれだけでカミナリに撃たれたように硬直する。
わたしはナイフとフォークを置いて、椅子から立ち上がった。
「カニはこの国では下賤な食べ物とされていますが、それは間違った考えです。カニは、女神が創りし沈黙の食べ物なのです」
「沈黙の、食べ物……?」と客の誰かが言った。
「そうです、カニを食べたことがあるならわかるでしょう。カニを食べている間、人は自然と無口になります。なぜだかわかりますか?」
わたしはステージ下にいる客たちに問う。しかし誰もが首をふるふると左右に振っていた。
「葬式では、黙祷を捧げます。なぜならば、沈黙こそが命に対する最大の敬意だからです。女神はカニという生き物を通して、わたしたち言っているのです。たとえ食べ物であっても、敬意を払うべき尊い命であると。そのことを身を持って伝えようとしているカニはまさに、女神の食べ物といえるでしょう」
「め……女神の食べ物っ!?」客たちが一斉にハモった。
わたしは頷き返すと、立ったまま皿の上のカニに手を伸ばす。カニの脚のなかでひときわ長い、爪の下にある脚を手でもいだ。
その脚を持ち上げ、先端近くの関節を折る。
……パキッ!
と小気味良い音が、無言のレストラン内に響く。
ふたつに分かれた脚を、鞘から抜くようにして引っ張る。すると中身だけがするりと抜け、霜降りのような美しい身が垂れ下がった。
わたしはその、ほっこりと湯気をたて、ぷるぷると震える肉を高くかざし、あーんと大口を開けて下から丸呑みにする。
……ごくりっ……!
この場にいた全員が、喉を鳴らしていた。
そのあまりの美味に、「くぅ~っ」と身を打ち震わせるわたし。
あれほどカニをバカにしていたノッテすらも口の端からヨダレを垂らしていたけど、彼女はハッと我に返るなり批判的にわたしを指さした。
「み、みなさん、ご覧になりまして!? いまセイラさんは、おカニを手づかみで召し上がりましたわよ!? は……はしたない! なんてはしたない女なんでしょう!? おハーブも真っ赤に色づきまずわっ!」
賛同を求めるように、ステージ下に向かって叫ぶノッテ。
その必死な顔めがけ、わたしはさらなるカウンターパンチを叩き込んだ。
「ウイル デゴスタ。イーツ ムタ レイサント。デル セヴォン キッキー」
わたしの口から異国の言葉が流暢に飛びだしたので、ノッテはブン殴られたように顔を引きつらせていた。
「なっ……!? い、いまのは、おダリアム語……!? な……なんておっしゃいましたの!?」
ノッテの声をかき消すように、周囲の観客たちが一斉にスタンディングオベーション。
彼らは大笑いしながら、拍手喝采をわたしに送る。
『女神は言っています、お食事の時くらい静かになさいと。それはサルでもできることですよ?』
わたしがノッテに言ったのは、こんな意味だ。
でもノッテだけは意味がわからず、ただバカにされて笑われていることだけはわかってアタフタしていた。
「な……なに……!? なんなの!? いったいなんておっしゃったんですの!? も、もういいですわ! こ、こんな店、二度と来るものですか! 最低! 最低! 最低っ! おハーブも爆発炎上しますわよっ! うきぃぃぃぃぃぃぃーーーーっ!!」
サルのような金切り声がよりいっそう爆笑を誘う。
ノッテは半狂乱になりながら、店を飛び出していった。
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