04 許されぬ罪はない(ざまぁ回)

 わたしとオーツ様を乗せた馬車は、街の大通りをゆったりと走る。

 その馬車はミギアム王国のエンブレムを掲げていて、人も馬車もすべてが道を開けていた。


 すべての道が私有地になるようなこの感覚は、幼き日に両親といっしょに馬車でお出かけした日のことを思い起こさせる。

 ちょっぴりセンチになりかけたわたしに向かって、オーツ様は言った。


「今日のパーティには聖機卿せいききょう様もお見えになるの。あなたも聖女なら知っているでしょうけど、『聖女神会せいじょしんかい』のナンバー2のお方よ」


『ネクロマンス』の世界は女神信奉の一神教で、他は邪教とされている。

 聖女神会とは世界じゅうの聖女をとりまとめる組合のことで、わたしの前世でいうところの教会みたいなもの。


 宗教というのはどこの国、いつの時代でも大きなパワーを持っているものだけど、乙女ゲームの世界でも例外ではない。

 聖女神会はこのミギアム王国においても、国政を動かせるほどの影響力を持っているんだ。


 その内部は七つの階級によって分けられている。



 準聖女

  聖堂の下働き。

  聖堂というのは女神を祀る施設のことで、前世でいうところの『礼拝堂』にあたる。


 正聖女

  小さい規模の聖堂の管理者の地位。

  世間的には準聖女とひっくるめて『聖女』と呼ばれている。


 大聖女

  大規模な聖堂の管理者の地位。


 聖教司女

  地域の聖堂をとりまとめる地位。


 大聖教女

  国内の聖堂をとりまとめる地位。


 聖機卿

  聖皇の顧問役。

  前世で例えると『枢機卿』に相当する。


 聖皇女

  聖堂における最高権力者。

  前世で例えると『教皇』に相当する。



 ちなみにいまのわたしはどの階級でもない。

 ダスク家から追放された際、聖女神会からも除名されたからだ。

 そういう野良の聖女は『見習い』と呼ばれる。


 わたしは人間との距離を一定に保つ野良猫のように、オーツ様の言葉に黙って耳を傾けていた。


「今日のパーティでセイラさんが大聖女になれるよう、聖機卿せいききょう様にお話ししておくわ。あなたのような人が見習いでいるなんて、この国にとって大きな損失ですからね」


 聖女神会と繋がりを持ちたがる貴族は多い。

 すでにいる聖女は誰かの息が掛かっていることが多いので、将来有望で手垢のついていない聖女を送り込むこともあるという。


 どうやらわたしはオーツ様に気に入られたようだ。

 いや……正しくは、そうなるようにわたしが仕組んだんだけど。


 そう、攻略本の力で。


「身に余る光栄です。推薦してくださったオーツ様のためにも、精一杯つとめさせていただきます」


 わたしは座ったまま、深々と頭を下げる。しかしうつむいたその顔は、笑いが止まらなくなっていた。


 これでまた一歩、結婚に近づいた……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 わたしの聖女神会への復帰は、大いなる驚きとなって宮殿じゅうを駆け巡った。

 当然だろう。なにせいままでの常識では、除名された聖女の復帰などありえなかったから。

 しかも、見習いから大聖女という三階級特進は異例中の異例といえる。


 なお宮殿には、上級貴族以上が結婚式や葬式などを行なう大聖堂がひとつあり、その周囲には貴族以下が利用する小聖堂が8つあった。

 小聖堂といっても宮殿内での呼び名がそうなだけで、宮殿外の聖堂と比較すると大聖堂クラスの規模がある。


 わたしは大聖女になったことで、8つある小聖堂のうちのひとつの管理人となった。

 暗くじめじめした屋根裏を離れ、ついに日の当たる場所へと出られたんだ。


 聖女のローブも端切れの寄せ集めではなく、ちゃんと仕立てたものを着られるようになった。

 普通の聖女のローブは純白の生地なんだけど、わたしは敢えて灰色の生地を選んだ。


 まわりには「初心を忘れないため」と説明してあるけど、本心はそうじゃない。

 わたしはもう神を捨て、冥府魔道に堕ちた。

 白は聖女の象徴だけど、黒は魔術の象徴。

 その狭間にいるわたしには、灰色こそがお似合いだと思ったからだ。


 そしてわたしが大聖女になったことで、これまでわたしをさんざんいじめてきた使用人たちが一斉にスライディング土下座をしてきた。


「せっ……セイラ様! セイラ大聖女様っ!」


「こ、これまでの無礼を、どうかお許しください!」


「わ、私たちは嫌だったんです! でもコック長がスープをぶっかけろって……!」


「てめぇ、なに言ってやがる!? 喜んでやってただろうが! こ、これは誤解です! 俺はメイド長に言われて……!」


 使用人たちは這いつくばったまま、わぁわぁきゃあきゃあ醜く罪をなすりつけあい、とうとう掴み合いのケンカを始めた。

 わたしは彼らを見下ろしたまま、慈母っぽい笑顔を作る。


「女神は言っています。許されぬ罪はないと」


 するとケンカはパタッと止み、彼らは潤んだ瞳でわたしを見上げた。


「せ……セイラ大聖女さまっ……!」


「しかし、許されるタイミングはいつかはわかりません。明日許されるかもしれないし、来年かもしれない。もしかしたら百年後、ひょっとすると末代が絶える瞬間かもしれない」


 続けて告げられたわたしの言葉に、「ひいっ!?」と身を寄せあう使用人たち。


「それまでは震えてお眠りなさい」


 震えるのは眠る間だけでいいのに、もう震えはじめた彼らに背を向ける。

 おもむろに立ち去ろうとしたわたしの前に、爽やかな風が吹く。

 それは金色の髪をたおやかになびかせるアルバ様だった。


「セイラさん、大聖女になったんだね、おめでとう」


 わたしは男の人を前にすると少し緊張する。

 こういうイケメンならなおさらだ。


「あ……ありがとうございます」


「セイラさんはがんばって、少しずつ使命を果たしているんだね。なら、僕にもがんばらせてもらえないかな」


「えっ?」となるわたしの前で、アルバ様はエスコートするように手を差し出した。


「今晩、食事でもいかがですか? お祝いに、僕にごちそうさせてほしい」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 アルバ様は隣国のダリアム王国の人間だけど、このミギアム王国において商人として名を馳せている。

 宮殿への出入りも顔パスで、専用の馬車を常駐させているくらいだ。


 わたしはアルバ様の馬車に乗り、夕暮れの宮殿を出発する。


「僕が出資しているダリアム料理を出す店が新しくできたんです。正式オープン前に貴族の方々を招待しているのですが、とてもおいしいのでセイラさんにもぜひ食べてもらいたくて」


 向かった先は山の上にあるレストランで、王都を一望できる最高の場所にあった。


『ネクロマンス』は中世ヨーロッパ風の世界をモチーフにしている。

 中世ヨーロッパは夜に明かりなんて無いんだけど、この世界は電気ばりに便利な魔術というものがあるので、王都は夜でも明るい。

 宝石をちりばめたような夜景に、わたしは思わず見とれてしまった。


「店長に頼んで、夜景を見ながら食事できる席を作ってもらったんです」


 お店の中は大盛況で混んでいたんだけど、わたしたちは隅っこのほうにある半テラス席へと案内される。

 ここならゆっくり食事できそうだと思った矢先、ヤボな声が割り込んできた。


「あらぁ、セイラさんにアルバさんじゃありませんの!」


 見ると、店のド真ん中にある円卓状にせり出した場所で、優雅にワイングラスを揺らすノッテの姿が。

 本来そこは生演奏などが披露されるステージだと思うのだが、おそらくノッテが無理を言ってテーブルをセッティングさせたのだろう。


 一部の貴族は目立つことに快感を覚え、人の視線を集めることに執着する。

 ノッテのソワール家なんて、大衆を集めて公開出産をするほどに人の視線に貪欲だ。


 しかもノッテは多くの人に見られながら生まれたことを誇りに思っているし、自分も公開出産をすると言ってはばからない。

 とても信じられない思考だけど、わたしの前世で例えるならSNSで『いいね』を欲しがるセレブみたいなもんだろうか。


「せっかくですから、ご一緒にどうかしら? こちらにいらして!」


 最悪の誘いだった。ステージの上で大勢の人に見られながら食事をするなんてバカみたい。

 しかもノッテは前回のオーツ様との一件を根に持っていて、なにか仕掛けてくるに違いない。


 しかしアルバ様はこの誘いを断れないはずだ。だってソワール家はアルバ様の商売におけるお得意様だから。

 と思ったんだけど、アルバ様は勇気を振り絞るように拳を握りしめていた。


「ノッテ様。せっかくのお誘いですけど……」


 その気持ちだけで、わたしはじゅうぶんだった。

 わたしは一歩前に出て、ステージの上のノッテに向かって告げる。


「せっかくですのでそのお誘い、お受けしましょう」

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