02 アルバの告白(ざまぁ回)

 いきなり押し入ってきたイケメンに抱きすくめられてしまったわたし。

 わたしは前世も含めて、男の人との触れ合いは皆無といっていい。

 モルモ様とは婚約したけど、モルモ様はわたしの手すら握ってくれなかった。

 男の人への免疫はほぼゼロだったので、思わずへんな声が出てしまう。


「フォッ!?」


 するとアルバ様は我に返った様子で、あわてて身体を離してくれた。


「す……すまない、いきなり抱きついたりして! キミのことが心配で、つい……! キミが首吊りをするっていうウワサを聞いて、急いで駆けつけたんだ! 大丈夫? どこも痛くないかい?」


「だ……大丈夫です……」


 わたしはドギマギしていた。顔にはあまり出ないほうなんだけど、心臓はバックバクだった。

 そして同時に、『ネクロマンス』の新たな一面を垣間見ていた。


『セイラ死亡の闇ルート』に入るとアルバ様も闇堕ちして、ヒロインのノッテをあの手この手で抹殺しようとする。

 アルバ様が闇堕ちしたのには理由なんてなくて、ただ闇ルートだからだと思ってたんだけど……。


『セイラさん……! あなたを愛しています……!』


 先ほどのアルバ様の一言で、ハッキリ分かった。

 アルバ様はセイラのことを密かに想っていたんだ。


『セイラ死亡の闇ルート』で、アルバ様はセイラの変わり果てた姿を目撃する。

 アルバ様は悲しみに暮れ、セイラの自殺のきっかけを作ったノッテに復讐を誓い、闇に堕ちたんだ。


 でもわたしが生きているので、この世界は『セイラ生存の闇ルート』になった。

 だからアルバ様が闇に堕ちることもなくなって、こうしてセイラに愛の告白をしたんだろう。


 なるほどなるほど、とひとりウンウン頷いていると、妙に熱っぽい視線を感じる。

 熱源を目で辿ると、アルバ様がまっすぐな瞳でわたしを見つめていた。


「僕は初めて会った時から、キミに惹かれていた。でも僕が思いを打ち明ける前に、キミはモルモ様と婚約した。僕は失恋の痛手を癒やすために、故郷のダリアムに戻った。キミのことは忘れるつもりだったけど、どうしても忘れられなかったんだ」


 アルバ様は秘めていた想いがあふれて自分でも戸惑っているかのように、胸に手を当てて続ける。


「だからこうして戻ってきたのだが、まさかキミが婚約を破棄されてこんな生活を送っているとは夢にも思わなかった。知っていれば、真っ先に駆けつけていたのに。僕はもう、自分の気持ちにウソをついて後悔したくない。だから何度でも言うよ」


 アルバ様は瞼を閉じて深呼吸をひとつ。そして見開かれる瞳。

 普段は穏やかな海のような瞳の向こうには、情熱の嵐が渦巻いていた。


「僕のそばにいてほしい。いや、キミのそばにいたいんだ。……だから、僕と結婚してほしい」


 まあこの流れなら勢いで告白しちゃうよね。この様子だと、アルバ様はセイラのことを大が付くほど好きそうだし。

 たぶん、攻略本にもそう書いてありそう。なんて他人事みたいに思ってたんだけど、それがわたしに向けられている好意だと気づいた途端、へんな声が出た。


「フォッ!?」


「いきなりのことだから、びっくりするのも無理はない。気持ち悪いと思っているかもしれない。だが、僕は本気なんだ。キミと結婚できるなら、すべてを捨てたっていい」


 それを捨てるなんてとんでもない! 気持ち悪いなんてとんでもない! 

 アルバ様ってもしかしたら、自己評価が低い人だったりするのかな?


「こんな時だから、返事はいますぐじゃなくてもいい。ゆっくり考えて……」


 わたしはさっそく攻略本に逃げ込んでいた。

 ページをペラペラとめくって、アルバ様の告白イベントについて調べる。



『セイラ生存の闇ルート』に入った場合、直後にセイラはアルバに告白される。

 セイラの返事としては『保留』と『承諾』のふたつ。

 セイラはプレイヤーキャラクターではないので返事はランダムで決まるが、告白を保留にした場合はそのままゲームが進む。


 しかし承諾してしまった場合は最悪で、ゲームが停止する。

 しかもセーブデータも消えてしまい、ゲームどころか本体まで破壊してしまうので注意。


 これもフラグ管理のバグによるものだが、『セイラ生存の闇ルート』ではアルバがセイラに告白するたびにこのバグが起こる危険性がある。

 かなり厄介なバグだが、これを回避、すなわちセイラがアルバの告白を承諾するためには別のバグを利用する必要がある。

 隣接するフラグをイベントで操作して、内部データを正しく書き換えてやればいい。



 ……2分の1の確率で本体破壊って、かなりひどくない?

 前世のわたし、よくこんなクソゲーにハマってたな……。


 いずれにせよ、答えは出た。

 推しからの告白を断るのは心が痛むが、わたしは心を鬼にする。


「アルバ様、わたしはあなたとは結婚できません」


 キッパリとした返事に、アルバ様は落胆を隠しきれない様子だった。


「……そっか……僕のこと、嫌いなんだね……」


「いえ、アルバ様のことは大好きです。体臭でどんぶり飯がワシワシいけるくらいに」


「僕、そんなおいしそうな匂いしてる!?」


 アルバ様はわけがわからない様子で、自分の腕をクンクン嗅いでいた。


「でも、嫌いじゃないならなんで……?」


「あなたと結婚すると、世界が終わるからです」


 淡々としたわたしの返答に、ますますわけがわからない様子のアルバ様。

 やがてなにかに気づいたように、困り笑顔を浮かべた。


「ああ、わかったよ。僕を傷つけまいとしてくれてるんだね」


「それは、ある意味そうかもしれません。これからわたしがすることを見たら、アルバ様はわたしに幻滅するかもしれませんので」


「そんな、キミに幻滅なんて……。でも、なにをするつもりなの?」


「ざまぁです」


「ざまぁ……?」


「ちょうどそのイベントを起こすタイミングになりましたので、実際にやってみせましょう」


 わたしはスックと立ち上がると、部屋の外に出た。

 外には誰かが置いていった生ゴミのバケツのたくさんあったので、その中ですえた匂いのするやつを手に取る。


 部屋に戻って窓辺に向かい、窓を開けた。

 吹き込んできた新鮮な空気を台無しにするように、外にむかってゴミバケツの中身をぶちまける。


 ピシャリと窓を閉めた直後、下のほうからくぐもった絶叫が轟く。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?!? な、なんなのこれ、なんなのこれっ!? 生ゴミ!? 誰がこんなことをーーーーっ!?!?」


 ガラスごしにこっそり覗いてみると、下には上級貴族の夫人であるオーツ・ボーネ様が怒りの形相で見上げていた。

 その視線はわたしの方には向いていない。

 ひとつ下の階にある渡り廊下、そこを歩いていて、悲鳴を聞いて窓から顔を出したノッテがいた。

 ノッテに対し、オーツ夫人はおかんむりの様子。


「あなたはノッテさん!? 私がこれからパーティに向かうと知って、こんな嫌がらせを!?」


「えっ!? ち、違いますわ、オーツ様! そんなことをしたら、おハーブも枯れ果ててしまいますわ! わたくしはぐうぜんここを通り掛かっただけで……!」


「言い訳はけっこうです! いますぐここに降りてきて、誰の差し金か白状なさい! でないと承知しないわよっ! きぃぃぃぃぃーーーーっ!!」


 ヒステリックに顔を赤くするオーツ様。ノッテはそこにいただけなのに犯人に仕立てあげられ真っ青になっていた。


 わたしはゆっくりと窓辺から離れ、薄汚れた聖女のヴェールを翻しながら振り返る。

 唖然とした様子で立ち尽くしているアルバ様に向かって、こう言った。


「これが、ざまぁです」

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