死に損ない聖女の恋と断罪

佐藤謙羊

01 灰色の聖女の再生

『お誕生日おめでとう、セイラ。こちらはわたくしからのおプレゼントですわ』


『ああ、やっぱりこのおネックレスこそがあなたにお似合いですわね。あとは端のほうを高いところに結び付ければ、もっと素敵になれますわよ』


『あ、でも、わたくしの目に付くところではやらないでくださいまし。あなたの死に顔なんて見てしまったら、おランチがマズくなってしまいますもの』


『あら、泣いておりますの? よっぽど嬉しかったんですのね。わたしたちは友達じゃなかったのか、ですって……? そんなわけはないでしょう。おほほ、おハーブも生い茂りますことよ』


『あなたがクソが付くほどにまじめでつまらない女で、いじめの標的とか冤罪とか、いろんなことを押しつけるのに都合が良かったから使ってさしあげただけのことですわ』


『さぁ、そろそろ屋根裏に戻る時間ですわよ。そこで、ひとりさびしくやるといいですわ。死のおファッションショーを……! おーっほっほっほーっ!』



 死ぬ前に、人がるという走馬灯。

 それは紐解いた巻物のように、現在から過去にさかのぼっていくものだと知った。



『セイラ、お前を愛することはもうないだろう。というか、元々無かったけどな。これから百回生まれ変わったとしても、百回とも顔にツバを吐きかけてやる』


『お前と婚約したのは上院議会の席が欲しかったからだ。まさか結婚前にその望みが叶うとは思わなかったけどな』


『まぁ、それだけこの俺が優秀だったってわけだ。知らず知らずのうちに本気を出すなんて、どうやら俺はよっぽどお前と結婚したくなかったらしい』


『なんにしても結婚前に上院議会に入れて良かったよ。お前みたいなまじめが取り柄なだけのつまらねぇ女を抱かなきゃならんなんて、拷問みたいなもんだからな』


『俺はノッテと婚約する。美しさも性格も抱き心地も、お前とは比べものにならん最高の女だ』


『わかったらとっとと消えろ、クソ女! 二度と俺の前に姿を見せるな! もし現われたら、ひどい目に合わせてやるからな!』



 そこには、誰もが『まじめ』で『つまらない』と口を揃える、ひとりの女の生涯があった。


 ……わたしは、ミギアム王国のダスク家という上級貴族の家に生まれる。

 ダスク家は公明正大をモットーとする聖女の家系。

 わたしは厳格な両親から、清く正しいしつけを受けて四角四面に育つ。


 学校ではノッテ・ソワールさんという貴族の友達がいた。

 ソワール家は高級ハーブの栽培で有名で、そのせいかノッテさんはいつも虫除けみたいな匂いがしていた。

 わたしは彼女のことを親友だと思っていたんだけど、彼女のほうはそう思ってなかったみたい。


 わたしは在学中に、貴族のモルモ・ルモット様に求婚され、両親の意向で婚約する。

 学校を卒業してすぐにルモット家に入り、花嫁修業をした。


 しかしルモット家が上院議会入り、すなわち上級貴族の仲間入りをした途端、わたしはモルモ様から婚約破棄を言い渡される。

 モルモ様の新しい婚約者は、わたしが親友だと思っていたノッテさんだった。


 わたしはありもしない不貞の事実や、学校でのノッテさんへの嫌がらせをでっちあげられ、世間からも非難される。

 両親だけはわたしをかばってくれていたけど、悲劇に追い討ちをかけるように、ふたりとも馬車の事故で他界。

 わたしの一族は不貞やいじめを何よりも嫌っていたので、両親という後ろ盾を無くしたわたしは追放される。

 ひとりぼっちになり行くあてもないわたしは、宮殿で見習い聖女兼、下っ端メイドとして働いていた。


 宮殿では屋根裏に暮らし、服は端切れを集めて作った聖女のローブ。

 その色から『灰色の聖女』なんて揶揄された。

 与えられる食事はパンひと切れとスープだけ。いや、いつもパンひと切れだけ。

 わたしはなにをしてもいい対象になっていたから、毎日のようにスープを頭からぶっかけられていた。


 ……でも……それも今日で、終わり……。


 わたしの瞼の裏には、ひとりぼっちの映画館で映画を観ているような光景が広がっている。

 それは動画を逆再生するみたいに、現在から過去にさかのぼって……。


 ……?

 映画館……? 動画……? 逆再生……?


 そんな言葉、この世界には……。


 気づくと走馬灯は、わたしの前世の回想に突入していた。

 前世のわたしは公務員の家庭に生まれたOL。趣味は乙女ゲーと裁縫とフィットネスで、好きな食べ物はカニと豆。


 まじめだけが取り柄で……って、わたしは前世でもまじめだったのね。

 っていうか走馬灯、戻りすぎじゃない?


 そう思った途端、わたしの身体は投げ出されたような浮遊感を感じる。

 直後、全身で床を打っていた。


「……ぐえっ!? げほっ!? ぐほっ!? がはっ!」


 衝撃で肺から息が漏れる。苦しさから解放され、咳き込みが止まらない。


「げほっ……! けほっ……! し……死ぬかと思った……!」


 息も絶え絶えに首筋に触ると、誕生日プレゼントにもらった荒縄が巻き付いていた。

 天井に結びつけておいたんだけど、途中で切れてしまっている。でも、おかげで助かった。


 しかし、わたしは生還した喜びを噛みしめているヒマなどなかった。

 なぜならば、この世界の正体を知ってしまったから。


「まさか、『邪聖恋じゃせいれんネクロマンス』の世界だったなんて……!?」


邪聖恋じゃせいれんネクロマンス』とは、わたしが前世でいちばんハマっていた乙女ゲーだ。

 どのくらいハマっていたかというと、自作の攻略本を作るくらい。


 主人公であるヒロインの名は、ノッテ・ソワール。

 その友人がセイラ・ダスク。そう、わたしだ。


 このゲームの特徴のひとつとして、ヒロインの行動によってシナリオの傾向が大きくふたつに分かれるという点がある。

 愛と勇気にあふれる『光ルート』と、打算と陰謀が渦巻く『闇ルート』。


 闇ルートへの分岐条件は、ヒロインがセイラの婚約者を奪い、孤立させた挙げ句、いじめ抜いて自殺させること。

 そう、この世界のヒロインは闇ルートを選択したんだ。


「あれ? でも、おかしいな……?」


 シナリオ通りなら、セイラであるわたしは首吊り自殺で死ぬんだけど……。


「わたしはまだ、生きている……?」


 そう口にした途端、脳裏に閃光がほとばしる。

 わたしは雷鳴を聞いたウサギのように顔をあげると、まだ自分のものではないような身体に鞭打って立ち上がる。


 薄汚れた屋根裏部屋、その窓辺へとフラフラと歩いていく。

 窓から差し込む光に舞い上がる、目印のようなホコリ。その下にある床板を外すと、一冊の革張りの本が出てくる。


 バイブルサイズのそれを取り、取り震える手でめくってみると、そこには『日本語』があった。

 両親によると、わたしは生まれた時からこの本を持っていて、身体の一部のように抱きかかえていたらしい。

 中にはびっしりと文字が刻まれていたんだけど、この世界にあるどの国の言葉でもなかったから読めなかった。


「でもいまは、読める……! 前世の記憶が戻ったから、日本語がわかるようになったんだ……!」


 本の正体は、『ネクロマンス』の攻略本だった。

 探し求めていたページで手を止めると、そこには前世のわたしの筆跡でこう書かれている。



 闇ルートへの分岐条件は『セイラの自殺』。

 しかしゲームの内部データを解析したところ、セイラの自殺が失敗するイベントが確認できた。

 その場合、セイラが生存したまま闇ルートへと入る。


 そのルートに入る条件は、通常のプレイでは不可能。

 このゲームには『フラグ管理のバグ』が多く、そのせいで『セイラ生存の闇ルート』が発生しにくいようになっている。


 セイラがメイドになったあと、スープをぶっかけられる回数が内部データによってカウントされるようになるが、その回数が4095を超えると隣のデータを侵食し、『セイラの自殺が失敗する』フラグが立つ。



「そういうことだったのか……。わたしがいまこうして生きているのは、毎食のようにスープをぶっかけられてたからなんだ……」


 原因がわかってスッキリしたので、わたしは改めて攻略本を読み返してみる。

 すると前世で攻略本を作っていた時の思い出が蘇ってきて、なんだか元気になれた。


 公式の攻略本だと画面写真やイラストがいっぱいでカラフルなんだけど、この攻略本は自作だから文字と簡単な絵くらいしかない。


「でもいまのわたしにとっては、百万の味方がついた気分」


 そうつぶやいたところで、部屋の扉が乱暴に開く。

 それはすごい勢いのはずなのに、わたしにはゆっくりに見えていた。

 イケてる男はスローモーションで登場するっていうけど、本当だったんだ……。


 彼の名はアルバ・マティーノ。

 柔和なのにどこかりりしい顔立ち、長く美しい金髪と大きく澄んだ碧眼をもつ青年で、この『ネクロマンス』でもトップの人気を誇る男性キャラクターだ。わたしのイチ推しでもある。

 隣国のダリアム王国にある商家の跡取りで、いまは修業のためにこのミギアム王国に来ているのだが、その正体は……。


「ああっ……! よかった……! 生きていた……!」


 アルバ様はわたしを見るなり、九死に一生を得たような顔で走り寄ってくる。

 感極まった声とともに、そのままわたしを両手で包み込んでいた。


「セイラさん……! あなたを愛しています……!」

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