幼馴染に捨てられたら後輩に拾われた -弁当で胃袋を掴む-

青空のら

幼馴染に捨てられたら後輩に拾われた -弁当で胃袋を掴む-


 放課後の校舎裏に呼び出されていた時点で自覚があったのだろうか?それとも異様な彼女、不知火玲子の雰囲気から事情を察していたのだろうか?今となってはどちらなのかハッキリとはしない。


「別れて欲しい」


 玲子の口から飛び出した言葉に衝撃は受けたが驚きはしなかった。自分でも意外だった。


「付き合ってるつもりは無かったけど、勘違いさせてたら悪いから、ここではっきりと言っておくね」


 しかし、無表情に言い放つ玲子の言葉は僕を地獄に突き落とした。


「A組の若林くん、知ってるかな?バスケ部のキャプテンしてる、彼から告白されて付き合う事にしたんだ。だから智也が勘違いしてて二股かけてるとか言われると困っちゃうんだよ。わかってくれるかな?」


 どうやら玲子の中では僕と付き合っていない事になっていたようだ。いや、されたのか?


「じゃあ、それだけだからバイバイ!時間取らせて悪かったわね」


 玲子は一切後ろを振り返らずに校舎裏から立ち去っていった。

 突然の幼馴染の、彼女だと思っていた女の子からの突然の告白にただ立ち尽くしていた。

 玲子の最後の優しさ、ここが人気のない校舎裏でなければ僕は無様な姿を大勢の前で晒していただろう。

 人目を憚らずに慟哭する姿なんて誰にも見られたく無かった。



 ***



 私の幼馴染、渡辺智也は情けない奴だった。今も私に一方的に振られたのに何も言い返せなかった。言い返せるような覇気があるなら振るような事もなかったかもしれないが。

 あんなのと付き合っていたと思われるのもゾッとする。

 それなら、そもそも付き合っていなかった事にすれば良い、私の頭に名案が浮かび、それを実行した。

 小さい頃に結婚の約束をする、そんな事はよくある話だ。

 幼馴染が近くにいる、これもよくある、というか、距離が近くなければそもそも顔見知り程度で気にしなくて良いはずだ。

 世にいる幼馴染同士が全て付き合っている、そんな馬鹿な話はやめて欲しい。もしそうならこのご時世に晩婚化、少子化が爆進するはずがない。寝言も寝てから言って欲しい。

 とにかく、過去の黒歴史を消し去るために二人は付き合っていなかったと奴に念押しをした。厳密には私が奴を振ったのだが。

 これで安心して若林くんと付き合える。二股掛ける浮気女だと思われるのも、簡単に乗り換える尻軽と思われるのも心外だ。

 この鍛えて引き締まった身体を気軽にただ漫然と横に居ただけで手に入ると思う事すら許せない。

 私は頑張って手に入れたこの身体に自信を持っている。食事制限も筋トレも出来る限りの努力で手に入れたナイスバディ、無下に扱う気はサラサラないのだ。



 翌日、智也は弁当を持って来なかった。いつものようにお昼を食べようとしても姿を現さないのでわざわざ奴のクラスまで行ってやったのに弁当がないと言う。

 作る元気がなくて自分の分も含めて弁当を作っていないという。

 本当に役に立たない奴だ。切り捨てて正解だった。仕方がないから購買部でパンを買ってお昼にした。



 智也と私の腐れ縁は小学校時代に遡る。

 智也一家が母親の病気の通院に楽なこの町に引っ越してきたのだ。二軒隣の同い年、同じクラスという事ですぐに仲良くなった。

 同じクラスになった事については多分、多少学校側の配慮もあったのだと思う。

 今はもちろん違うが、当時の私は多少太っておりコンプレックスの塊だった。

 心無い男子から

『豚!』『豚子』『豚足』『ブヒブヒ鳴いてみろ!』

 と言われる度に幼心に傷ついていた。

 それを奴はのほほんと

『健康的で良いよね。僕はぽっちゃりしてる子の方が好きなんだ。君みたいな子が一番好きなんだ』

 と事も無げに言い放った。

 そりゃあ、幼心に気を許してしまっても仕方ないだろう。

 嬉しかった勢いで

『じゃあ、将来私が智也のお嫁さんになってあげるから、大事にしなさいよ!』

 と言ってしまったのも仕方ないことだと思う。

 今となってはノーカンで無効だ。所詮は子供の口約束。



 ***



 何もやる気が起きなくて昼飯も食べずに教室の机に突っ伏していたら、玲子が姿を現した。

 昨日の今日なので驚いた。昨日の態度を見る限りはこちらからは近づいて欲しくないみたいだった。だから、あちらから現れるなんて想像もしていなかった。


「どうして弁当届けに来ないのよ?」


 !?

 玲子が不思議なことを言う。全く意味がわからずに目が点になっていた。


「今日の弁当はどうしたのか聞いているのよ。もう、しっかりしなさいね。いつもグズグズしているんだから、まったく」


 こちらの言い分も聞かずに一方的にまくし立てた。


「ああ、気分がすぐれなくて今日の弁当は作ってないんだ。だから今日は僕も昼抜きなんだ、悪いね」


 ただの顔見知りの幼馴染が作った弁当なんて何が入っているか分からないから怖くて食べれないだろうに?変な事を言う。

 昨日までは僕の勘違いだったから仕方ないとしても、明日からも僕が作るの?

 まったく意味がわからない?何の関係があるのだろうか?

 第一、僕は"僕の彼女"に弁当を作っていたつもりだったので材料費すら貰っていない。今までの分を今さら請求するつもりは無いけれど、これからも作れと言われて無償なのは納得いかない。


「明日からはきちんと作るよ。一食500円で良いかな?」

「はぁ?意味わかんないんですけど?私から金取る気?智也のくせに!」

「いやいや。君と僕の関係はただの幼馴染だし、弁当を作る作らないは僕の気持ち次第だと思うんだけど?材料費もタダじゃ無いんだから、掛かった費用は払って貰いたいんだ。その辺りはきちんとケジメをつけておきたい」


 恋人でもない赤の他人。本来なら弁当なんて作りたくない。だいたいどんな気持ちで作ればいいんだ?

『美味しく食べてくれると嬉しいな!』

 うっ、想像しただけで気持ち悪くなってきた。吐きそうだ。出来れば早く会話を打ち切ってトイレに駆け込みたい。


「そんなの払うわけないでしょう!」

「なら、交渉は打ち切りだ。ごめん、気分悪いから失礼するね」


 僕は一目散にトイレへ駆け出した。



 スッキリした気分で教室に戻った僕を後輩の氷室紗栄子が待ち受けていた。入学式で迷子になっていた紗栄子を案内したのがきっかけで懐かれてしまったようで、事あるごとに僕の教室に顔を出していた。トレードマークのポニーテールが揺れるのを見る度に子犬が尻尾を振ってる姿に見えて無下に出来ないでいる。


「先輩、彼女さんと別れたって本当ですか?色々と噂になってますよ」

「彼女?彼女なんていないよ。みんな何か勘違いしているんだよ。僕に彼女なんて今も昔もいないからね」

「ええっ!?まあ、先輩がそう言うのならそういう事にしておきましょう。どちらかというとその方がこちらも好都合ですから――」

「何か言った?」

「いえ、別に独り言ですから。それじゃあ、いつも作っていた二人分の弁当は一つ余りますよね?どうするつもりですか?」


 二人分の弁当が一つ余る。つまりはさっきの玲子とのやり取りは聞かれていたと思って間違いないようだ。


「欲しかったらあげるよ。味は保証しないけどね」

「本当ですか?約束ですよ。今更取り消しなんて受け付けないですよ」


 思いの外、嬉しそうに飛び上がって喜ぶ紗栄子の姿を見ていると胸の奥が微かに暖かくなってきた。


「あっ、大事な事を忘れるところでした。いくら支払えば良いですか?500円で良いですか?」


 500円と言った時点で、先ほどの二人の会話を聞いてました、と自白しているようなものだが、本人は全く自覚していないようだった。

 この愉快な後輩から金を取る気にはなれない。そもそも僕が勘違いして余分に作っていただけの話。お金を取る気はサラサラない。


「お金は別にいいよ、要らない。その代わりに食べた感想は聞かせて欲しい。今後の改良に役立てたい。あとは――」



 ***



 智也先輩からの要望は簡単な事だった。

 お弁当を食べての感想と食事を取る目的を教える事だった。

 食べて健康な身体を維持するのは当たり前、その上のプラスアルファがなければ意味がないというのが智也先輩の主張だった。

 元彼女さん、智也先輩曰く"ただの幼馴染"さんの場合は"ダイエット"だった。

 無理なく健康的に痩せる。そんな女の子達の夢を語ったらしい。

 まあ、実際にあのナイスバディをみるとあながち夢物語ではないのかも、と思ってしまう。

 先輩が病気がちな母親の為に小さな頃から料理を作っていたのは有名だった。今ではすっかりと健康になった先輩の母親は最近流行りの料理研究家として名を馳せているからだ。

 テレビ等に出演する度に孝行息子の事を語るので、この学校でその事を知らない人はいない。

 そして、多分共著として出版されているレシピ本の本当の作者は先輩だと私は思っている。明日、先輩の作ったお弁当を食べれば真偽は分かるはず。

 私の食事の目的は運動能力の向上だ。中学時代は陸上長距離選手としてそこそこの成績を残していたが、高校に進学して以来、成績はさっぱりとして振るわない。

 基礎体力が無いわけではないがレース後半に失速して順位を落とすパターンを繰り返していた。練習メニューも色々と取り込んで変化させているが全く変化を感じない日々だった。

 料理研究家の手作り弁当を食べられるチャンスを逃す手はない。

 先輩には悪いけれど利用できるものは利用させてもらいますね。



 ***



 キンコンカンコン、キンコンカンコン。

 お昼のチャイムが鳴るや否や紗栄子が姿を現した。

 目的のお弁当を渡すも、紗栄子がしつこくつきまとう。お昼なんて気に入った友達と食べればいいのに。


「先輩!せっかくのいい天気なので屋上で一緒に食べましょう!早く行かないといい場所取られちゃいますよ」

「うん?ああ」


 手を引かれるまま教室を出て屋上に連れていかれた。

 紗栄子のスタートダッシュが成功したのか、屋上にはまばらにしか人影はなく、場所取りは好きに選び放題だった。


「ここにしましょう、先輩!町が一望出来て私の一番好きな場所なんですよ。先輩にだけ教えちゃいますね」

「それはありがとう」

「えへへ、どういたしまして」


 二人腰を下ろして食事を始める。今日のメニューはピーマンの鳥肉詰めに、豚バラ肉の野菜炒めだ。あとは野菜サラダとデザートの梨。


「先輩、また自己記録更新しました!先輩のおかげです。ありがとうございます。智也先輩、大好きです」

「記録が伸びてるのは氷室の努力の結果だよ。たかがお弁当に何の力があるというんだい?」


 紗栄子の記録が伸びているのも、玲子のダイエットが成功したのも、母が健康を取り戻したのも彼らの努力の成果だ。

 僕がしているのはちょっとしたお手伝い。

 体調を管理して気持ち良く取り組める様に、疲れの残らない様に、効果的に体重を落としたり、効果的に必要な箇所に筋肉がつく様に食材を調整するだけ。

 それを料理するなら主婦の皆さん誰でもが出来る事だ。大した事はしていない。

 食べやすいカット幅、栄養分の逃げない炒め時間、食感や口当たり、歯応えなど色々と試行錯誤はしているがそれすら大した事ではない。

 問題があるとすれば金欠な所くらいだ。

 食材、調理道具にお金を使う為に身の回りに使うお金はほとんど残っていない。

 一応、身綺麗にはしているつもりだけど、毎シーズン毎に衣類を買い替えたりは出来ない。この学校が制服指定だった事には本当に感謝している。

 ダサい私服の着回しなんて、教室の隅で息を殺して過ごす以外の選択肢は無くなる。プチ地獄だ。

 まあ、普段から料理の事しか考えていないので実際の所、大した影響は出ないのだが。


「そんな事言って!うちの部活の人達みんな、先輩のお弁当狙っているんですからね」

「変な噂をばら撒くのはやめてくれ。断るのも一苦労なんだから」

「はーい。でも先輩のお弁当は独り占めしたいから誰にも言ってないんですよ。先輩は信じてくれますよね?」


 可愛いらしく下から見上げる様に見つめられたら頷くしかない。それは反則だと思う、口には出せないけれど。

 紗栄子の言う通りにお弁当希望者に何度か呼び出されて弁当作りを頼まれていた。

 愛の告白かと、少し緊張して行くと、お金を出すから弁当を作って欲しいという依頼だった。

 お弁当の目的が違うものを複数個作る、お金を貰っても負担が大き過ぎた。第一にお金を貰うためにお弁当を作るつもりはない。それならば玲子に振られた時点で弁当作りはやめていた。

 今の僕は作りたいから作っているだけで、強要されるなら直ぐに止めるつもりでいる。

 その旨は母親にも伝えており

『辞めたくなったら辞められるのがこの稼業のいい所よ』

 と笑っていた。


「それに先月発売になった先輩のお母さんのレシピ本、好評じゃないですか!『スポーツマンに捧げるおふくろの味』事前に何度か食べた事ありますけれど、先輩と私の二人だけの秘密なのでバレていませんよね?」


 母の出版している料理本のレシピ開発に僕が関わっている事をみんなに内緒にしていると言いたいのだろう。確かにレシピ本発売前にお弁当として食べてるのだからバレない方がおかしいと思うけど、実際の所、"彼女だったはず"の玲子は一切気付いていなかった。

 だから油断していたのかもしれない。まあ、バレたところで痛くも痒くもないのだけれど。


「信用するよ。疑ってもキリが無いからね」


 僕は肩をすくめておどけてみせた。


「じゃあ、疑いも晴れたところで、記録更新のお祝いにデートして下さい、先輩!可愛い後輩からのお願いですよ」



 ***



 上手くいった。その一言だった。

 智也先輩を強引にデートに誘い出す事に成功したのだ。嫌がるかと思っていたが智也先輩はデートの誘いに素直に頷いてくれた。

『記録更新の感謝を表したいのに拒否するなら変な噂が流れても責任取れませんよ』

(後輩の女の子を泣かせたという噂)

 "変な噂"をどう受け止めるかは智也先輩の自由だったが、どうやら上手く曲解してくれた様だ。



「待たせたかな?」

「いえ、今着いた所ですよ」


 待ち合わせ場所に現れた智也先輩の服装は茶系のカットソーの上に青系のチェック柄のシャツを羽織り、ズボンは紺系のスラックスを履いていた。

 正直なところ、微妙にダサい。


「先輩?その格好で今日のデート回るつもりですか?」

「えっ?ごめん、どこか気に障ったのなら謝るよ」

「もう!全部私がコーディネートします!覚悟してくださいね」


 智也先輩の手を引っ張り本来の目的である先輩の身支度を整える事にする。

 懐は貯めておいたお弁当代にお小遣いで十分に暖かかった。

 頭の先から爪先まで智也先輩を私好みに磨き上げる!それが今日の本当の目的だった。



 ***



 最近、調子が悪い。体調から何から何まで悪い。吹き出物にシミ、ソバカス。止まらない、お手入れを怠っている訳ではないのに悪循環が止まらない。

 体重もリバウンドなのか、高校入学前まで戻ってしまった。戻ったというか、それを突破している。

 恋人であるバスケ部キャプテンの若林くんは、最近近付くと舌打ちをする様になった。


「こんなはずじゃなかったのに、豚女が!」


 平気で暴言まで吐く様になった。


「そんな酷い事言わなくてもいいじゃない?」

「お前のどこを見たら優しい言葉が出てくるんだよ?完全な詐欺だろ?そのたるんだ腹にたるんだ二の腕、乳なんて巨乳じゃなくてただの脂肪の塊じゃねえか!これを詐欺と言わずに何と呼べばいいんだ?教えてくれよ?」


 憎々しげに睨みつけながら毒々しい言葉を投げつけてくる。

 ついこの間まで甘い愛の言葉を囁いてくれたのと同一の口だとは思えない程だった。


「私だって太りたくて太ってるわけじゃないのよ。全く原因が分からないから困ってるのよ」

「ブヒブヒ、何でも喰ってるからじゃねえのかよ。とにかく豚とは付き合えないからこれまでにしてくれないか。さよなら!今後二度と俺に付きまとわないでくれよ」


 吐き捨てるように叫ぶと、若林くんは去って行った。

 私だって――

 若林くんと付き合うようになって変わった事といえば一つしか思い当たる事がない。智也のお弁当が手に入らなくなった事だ。

 ありえない事だがこうなったら藁にも縋るしかない。奴の弁当を手に入れて試すしかない。



 ***



「ここに居たのね!探したわよ」


 見覚えのある声に振り返り視線を向けると見覚えのない物体が立っていた。

 玲子の声で話す、奇怪な物体。屋上までの移動がこたえたのかゼエゼエと肩で息をしていた。


「玲子?」

「それ以外に何に見えるっていうのよ。相変わらずボケてるの?」

「先輩!こんな失礼な人放っておきましょう。それよりこれも美味しいですよ」

「ああ、うん。美味しい!って作ったのは僕だけどね」

「ふふふ、好きな人に食べさせて貰うと一層美味しく感じるでしょう、先輩?」


 見覚えのない物体を無視して二人でイチャついてみせる。これくらいの仕返しは許して貰えるだろう。


「何、話を無視して二人の世界に入っちゃってるのよ。というか、智也あんたそんなに垢抜けてたかしら?」

「失礼な人ですね?先輩は今も昔も素敵ですよ。ちょっと私好みに改造しちゃいましたけど」

「何この女、ムカつくんだけど!ちょっと黙ってなさいよ。私はこいつと話してるの!」

「ええっ?今さら赤の他人さんが何の御用ですか?先輩のお弁当が欲しいとか寝言言うのなら帰ってくれますか?また、それ以外の目的で来るとも思えませんけどね」

「ちょっと、智也!こいつを黙らせてくれない?だいたいこいつはあんたの何なのよ?」

「えっ?関係性を聞いてるのかな?彼女はまだ告白していないけど僕の大切で大事で大好きな女の子だよ」


 厚顔無恥に僕の前に顔を出した物体を前にして、もう何でも有りだと思えて来た。この物体が帰ってくれるなら、恥ずかしいという感情も薄れてどさくさ紛れの告白も平気だった。


「えっ?先輩、どさくさ紛れの告白ですか?不意打ちってズルいですよ。まあ、いつ告白されても私の返事はOKって決まってるんですけどね」

「ああもう、人を出汁にイチャつくのやめてもらえる?というか、あんた、私というものがありながら浮気してるの?」

「うん!?何か幻聴が聞こえたんだけど?」

「先輩、気にしなくていいですよ。明らかな幻聴ですから」


 僕を振った人間から浮気してるのかと問い詰められる気持ち悪さ、吐きそうになる。

 隣に紗栄子がいて癒されていなかったら危ないところだった。



 ***



 醜い豚の主張は酷いものだった。

 可哀想だから彼氏に戻してあげる。だから前のように昼の弁当を作って提供しろと。もちろんタダで。

 付き合った事実を無かった事にしておいて前のように付き合う、意味が全く通らない、支離滅裂、頭おかしいとしか思えなかった。

 頭がまともなら厚顔無恥にも智也先輩の前に顔を出せるはずがないので、姿を見せた時点で頭のおかしい人なのは確定していた訳だけど。


「先輩は私のものですから渡しません。当然お弁当も渡せません。例え先輩が私から離れたとしても貴女だけには渡しません。全身全霊をもってして邪魔します。これは絶対です」

「あんたにこいつの何が分かるというのよ!」

「それは貴女にそっくりお返しします。貴女に先輩の何が分かるというのですか?貴女がただ飯を食べていたせいで先輩はいつも金欠だったんですよ?だからファッションに気をつける余裕も無かった。垢抜ける抜けない以前の話だったんです」

「そんなの――」

「貴女が先輩を振ってくれたおかげで私の出番が回って来て本当に感謝してます。これは本当の事ですよ。確かに最初は美味しいお弁当目的だったけど先輩の人柄とお弁当に胃袋掴まれてベタ惚れなんですよ。だから譲る気はないです。私好みに育てる醍醐味も味わわせて貰えているので、本当に感謝してます」

「こいつは私のもの――」

「残念ながらもう先輩は私のものです。ご愁傷様。失ったものに縋り付くより、現実問題としてその醜い身体をどうにかする努力をした方がいいですよ。今さら手遅れかもしれないけれど」

「うわあぁぁぁああぁぁ!!」


 ドスドスと音を立てて豚女は去って行った。

 私は振り返り、二人のやり取りを呆気に取られて見ていた智也先輩に微笑んだ。


「先輩?さっきの告白は無かったことに出来ませんからね」

「ああ、改めて言わせてもらう。紗栄子の事が大好きで大切でいつも一緒にいたい。良かったら僕と付き合って欲しい」

「そうですね。わかりました。こちらこそよろしくお願いします。これからも毎日お弁当を食べさせてください、智也!胃袋を掴まれちゃって他の男の人なんて眼中に無いです。ただ、智也を色々と私好みに染めちゃうのは許してくださいね」

「惚れた弱みだから全部受け入れるよ」


 智也は私の"尻に敷く宣言"を優しく微笑んで受け入れてくれた。

 言質は取ったからね!

 最初から智也から離れる気も私から逃す気もないんだけど、それは内緒。

 もちろん人前では智也を立てるつもりだよ、本当だよ。信じて。嘘じゃないからね。

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幼馴染に捨てられたら後輩に拾われた -弁当で胃袋を掴む- 青空のら @aozoranora

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