ウィル・ロッシュグレイシア

 彼はずっと、何かに囚われている。魔法が心底嫌いだと言いながらも、決して杖を手放さない矛盾した態度。そのくせに誰よりも魔法の扱いがうまい。と、マチはおもっていた。

 

「俺、女になろうと思う」


「え?」


 早くも前言撤回だ。


 リベール王国での留学合宿も折り返し地点。このリベルテ学級王国の生徒ウィルの突飛的な発言にマチは心底驚いていた。普段は口数の少ない美的な男のウィル。甘やかだがほんの少し冷徹さを感じる目で、マチよりも高い身長を持っていながらその発言だ。


 (この見た目からそんな発言が出るなんて。模擬戦で頭でも打たれましたか……)


「どうやら慣れていないらしい。男に」


「誰がです?」


「俺の恋した女の子」


 あぁ。そうだ。彼は今厄介な恋をしているんだった。と、マチはゲンナリとした気持ちになっていた。


「貴方の口から「女の子」なーんて出てくるとは。愉快なこともあるもんですねぇ」


 マチの反応に、ウィルは盛大に眉をしかめながらも、言葉続ける。いつもはお前の方が惚気けてるくせに。


「あいつ、廊下で見かけるといつもこれを言ってるんだぜ。あー!ロッシュグレイシアせんせーい!て」


 ウィルの妙にその光景が想像できそうなモノマネに、マチは若干ドン引く。その美形からその声は反則だ。噛み合わせがよくない。それと同時に、この男がそんな子を好きになるのかとむず痒い気分だ。



「ロッシュグレイシア先生……あの魔法史の先生ですね。貴方、自分のお母様に負けているのですか?」


「ほんっと信じられないだろ?!お袋より俺の方が絶対にいいに決まってる!」


「自信があるのは結構。彼女が男性が苦手なら、その口調をなおしては?まだ会話もしたこともないんですし」


「だから女になるって言ってんだ」


「野蛮さが残るのなら、寧ろ今のままの方が懸命かもしれないですよ」


 マチがそういうと、ウィルは恨めしそうにギロリとこちらを睨む。マチは大きくため息を吐き、チラリとウィルに目を向ける。


「そもそも女になるってどうやってなるんですか?まさか薬で変わるとか言わないですよね?あれは副作用が凄いんですよ」


「ふん、薬なんて使わなくても髪伸ばして口調変えれば女になれるだろ」


「あぁ、のか……」


「誰も彼もね、アンタみたいに紳士的になれるわけじゃないんだよ」


「だからといってストーカーの様につきまとってる貴方も大概だと思うのですが……」 


「言うだけ言ってろ」


「式には呼んでくださいね。僕もと参列しますから」


 今度はウィルがマチを見る番だった。一体全体、どうしてこの2人はこうなのだろうか。


「妻って」


「えぇ。僕もあの方以外にいないですから」


 1度会ってみたいな。という彼をマチは珍しく肘でどつき、しれっと前を向いて模擬戦の様子をメモにとっている。

 2人特有のこの空気が、マチは嫌いじゃなかった。

 くえないウィルも、マチ以外を相手にするときはもっと人当たりのいい喋り方をする。二重人格なのではないかと疑ってしまうくらいには。


「アンタって、着物が似合ってるよな」


「国柄、嬉しいですね」


「お前にリベール王国の人が着る服は一生似合わないよ」


「存外貴方は着物が似合いそうですよ」

 

 * * *


 今度はウィルが模擬戦の出番となり、試合をする定めさせた円形のステージへの階段を昇っていき、自分の立ち位置に立つ。


「構え!!!!!」


 教官の合図と同時にウィルは構えの姿勢をとる。相手はマチと同じ国からの留学生だ。だがウィルはともかく、相手は留学生ということもあり、魔法の杖の構え方が大きく違った。ウィルは腰を低く刀を構えるように杖を持つ手を後ろに下げ、逆の手を標準に合わせるようにしている。対してこの学校櫻国の生徒は対象に、杖を持つ手を前に出し、逆の手を後ろに下げている。

 まるで構えが真逆だ。

 マチはまだウィルの模擬戦を拝見したことがない。だが、彼の性格からみてかなり凶暴的な攻撃をするんじゃないかと考えている。


「始め!!!!」


 その声が上がる刹那、ウィルの対戦相手は宙を舞い、早速攻撃を仕掛けてきた。勢いよく杖を振るい、ウィルの背を超えるほどの灼熱の紅い炎をうち放つ。彼は杖をぴんと前に構え、そしてすっと力を抜いてただ突っ立っているだけ。魔法を使う気配は、一切、ない。

 そしてやがて、彼は相手の炎に飲み込まれる。

 その刹那、会場はみな緊張が走り、やがて大丈夫か。と心配する声がざわざわと広がる。

 弓を弾いたような音が響き渡ったかと思えば、紅い炎は蒼い炎に包まれていた。

 

「ふんっ」


 この模擬戦のルールは簡単だ。自分の持つ杖で、相手の身体を3回叩くだけ。

 大きく広がる蒼い炎。目を凝らすと、その中でウィルが杖を大きく右に、炎をなぎ払うように振るい、自身の身体を相手の後ろに回り込ませ、杖で背中を2つき。突いた後、ウィルは直ぐに相手と距離をとるために飛び上がり、相手と3寸ほど距離を撮った場所に着地する。

 この模擬戦の厄介な所はこれだ。相手の近くまで寄り触れるという点。

 遠距離魔法が得意で近距離が苦手なマチは、この模擬戦が好きではなかった。


 * * *


 模擬戦に勝敗が付き、ふっと息を吐くウィルは、なんだこんなもんかと内心思った。せっかく留学生がきているのだから、もっと力のある人と魔を交えると楽しみにしていたのだが、結果はこれだ。3対0でウィルの圧勝で、相手は手も足も出ない状況であった。


 「おかえり。君、魔法が随分実力を隠し持っていたんじゃないんですか?」


 「違ーよ。相手が弱かったんだよ。相手が」


 マチの誉め言葉にウィルは明らかにいやそうな顔する。まるで、


 「君は、魔法が好きなんですか?」


 「冗談を。魔法なんか、くそくらえだ」


 「もしそう見えていたのなら、お前の目は節穴以下だ」


 この言葉の真意をマチは知る由もなかったが、こんなに心を開いて話せる友人ができたことに、嬉しく思う。


「……くそくらえ」


「坊ちゃんにゃそんな台詞にあわねぇか」


「それを言うなら、君が好きな子にも、その言葉は似合わないかもしれないね」


 余計な一言だ。


 

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