ナルシスト、取り乱す

 「ナルキスさんあなたは、風という女性をご存じではありませんか?」


 スミレはナルキスの目をまっすぐに見つめ、問いかける。ナルキスはううむと考え込み、首を横に振った。


「知らないな。随分と前にあってて忘れてしまっているのかもしれない」


 おかしい。何かがおかしい。


「どんな人なんだい?その、ふーというのは」


「銀髪で、ちょっと抜けてるところがあって……ナルキスさんに会ったことがあると言っていました」


 「僕と?」


 ナルキスはそれを聞いた瞬間、頭に指先を突き立て、それを引っ張る。すると、指先から煙のようなものがふよふよと出てくる。

 その煙が丸く、形を定めずに浮いているが、ナルキスがそれに指を一振りすると、それがゆったりと形を変えて人らしき形へとなってゆく。そしてそれは、銀色の髪の毛をおさげにしている、夢で出会ったあの女性に姿を変えた。服装は真っ白な特殊な形をしたローブを着ていて、夢であった服装とは少し違うが彼女に間違いはなかった。


 「まさかとは思うけど、あったのはこの子かい?」


 「そうです!この人です!」


 スミレはやっぱりというようにキラキラと目を輝かせてナルキスを見上げたのだが、対照的にナルキスは息を浅くして何処か焦点の合わない目をしていた。スミレは何が起こったのか分からず、戸惑いを隠しきれない。まさか来てはいけないことを着てしまったのではないかと、すぐに謝罪の言葉を口に出そうとしたのだが、ナルキスがスミレの肩を思い切りつかんだため、それを口に出すことはかなわなかった。

 

 「……彼女に、あったのか?」


 ふーふー


 ナルキスが自分を落ち着かせようとしているのか、息を吐きだしている。スミレがつかまれている肩にはこれでもかというほどにつかまれていて、何か口に出したら、この身ごと潰されてしまうのではないかというほど。


「夢で、会いました」


「へぇ。どんな?」


 ナルキスはなるべく己の中にある少しの余裕を引っ張り出して、スミレに問いかける。まだ、まだ。決まったわけじゃない。


「はじめは真っ暗な夢でした。でも、突然小さな一軒家が現れて、そこを開けたらはなまる喫茶にそっくりな内装の喫茶店で、彼女がいました。彼女は風と名乗り、私は睡蓮と名乗りました。……そして、あなたを知っていると、そう言いました」


 その声を聞いたナルキスは、スミレの肩から両手を離し、その手で両目を覆い隠し、どこか焦った口調で言った。


「よし。よし。了解した。ありがとう。まずは彼女の戯言に付き合ってくれたことに感謝するよ」


 ナルキスは指を一つ鳴らすと、周りの景色が一変し、見覚えのある景色となった。

 そこは夢の中でも見た、はなまる喫茶ことん堂だったのだ。


「君が夢で見ていたのは、この「こっとん堂」だろう?」


 「……それってここの正式な名前だったんですね。てっきり方言的な何かかと」


 ナルキスはふっと鼻で笑ってどこか遠くを見るように笑って、「第一号店はそう呼んでいたんだよ」といった。

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