問いかけられた疑問

 スミレは家に帰り、朝の残りのおかずをお昼ご飯にして、夢幻の書庫でもらった例の本を開いていた。

 この本に描かれていたのは、銀色の少女達との学校生活のページが見開き10ページほど。他は真っ白なページが続くだけだった。だが、ページは夢を見てあの風とかいう女性と話すたびに、少しずつだが新たに増えていっていて、今は20ページほどが埋まっている。出てくるページの全てが、3人の思い出でいっぱいで、どのページもとても楽しそうな様子だった。

 思い返すと、風の見た目はこの本に出てくる銀色の少女の面影がある様に見える。


「なんか……うーん」


 似てる。とにかく似てる。

 本に出てくる銀色の少女と、風。風とはあれ以来、ちょくちょく夢で遭遇しては駄弁っている。

 どうやら夢幻の書庫にいまナルキスと風は親しい関係らしく、「私あの人にはついていけないよぉ」などとぼやいていた。


 今日も本を開くと、見開き1ページ分の新たなページが増えていた。楽しそうで騒がしそうな学校生活から一変して、長髪の黒髪を高く結い上げている男から刀を顔に向けられている銅色の少女が描かれていた。


「……刀を?」


 だが銅色の少女は怯む事なく、寧ろその切先のスレスレまで一歩踏み出した。その様子に男はほんの少しだけ予定調和だった様で、目をキッと細め、銅色の少女の瞳を睨みつけた。

 そんなワンシーンが描かれたページが増えていたのだ。

 自分には関係のない御伽話の絵なのに、なぜか心臓が痛いほど跳ね上がった気がした。

 

 ✴︎ ✴︎ ✴︎


 マチを見送った当日は、1日學校もない穏やかな休日だった。スミレは列車に乗り、あるところに向かった。

 夢幻の書庫・はなまる喫茶ことん堂だ。


 かたんことん


 そんな音を感じながら、外の景色を見る。

 先程マチを見送った駅にもう一度、本を持ってわざわざ戻り、マチが進んだ方向の列車とは別方向の列車に乗り込んだ。

 やはり本に載っていた銀髪の少女と夢であった風のことが気がかりだった。それに、風がナルキスを知っているのならば、ナルキスも風を知っている事は間違いないだろうから。なんとなく、早めに解決しておきたかったのだ。

 そして停車駅で降りて数分歩けば、ほら到着。どでかい屋敷が見えてきた。暖簾を潜り、階段を登って大きな扉を開ければ、そのには壁一面の本の背中と、中心部にも本棚が散らばっている。


「やぁ、最近ぶりだね」


 今回は脚立の上からじゃない。上の方の本棚にはバルコニーの様になっている所に置いてある指揮台に頬杖つき、本のページをめくっていた。


「お久しぶりです」


 スミレがそういうと、彼は手すりを乗り越えて、遥か上から舞落ちた。急スピードで落下するが、魔法で衝撃を緩和して爽やかに着地する。


「今日はどうしたのかな?」


「実は、この間いただいた本について聞きたいことがあって来ました」


 ナルキスは「ふむ」と頷くと、


「その本を見せてくれないか」


 と手を差し出してきた。スミレは鞄から本を出して両手で本をナルキスに預ける。やがてパラパラと本を捲るナルキス。中身を見て、彼は目を細め、どういうわけかため息をついた。


「……」 


「やはり、なんですか」


 ナルキスは意味ありげな顔をスミレに向けて、嫌悪のこもった瞳を向けてくる。背表紙を支えている左手は、力がこもりほんの少し筋が出ている様にすら感じ取れる。


「いや、なんでもないよ。本の主の記憶だろうね。これは」


「その本に毎ページ出てくる銅色の少女。前のここの司書でね。彼女の生きた証のようなものだよ。生涯が描かれている本なんだ。だからそれはここでは例外」


「で?この本の何が気になるの?」


 ひとしきり喋ったナルキスは、スミレに質問を投げかける。内心、見た通りじゃないかとでも言いたげな不満な表情だ。


「色々ありますが、最後のページからがらりと雰囲気が変わったものだから気になってしまって」


「僕はこの男に実際に会ったことがあるけれど、本当に最低最悪な男だったと思うよ」


 吐き捨てるようにそういうと、ナルチスは前のページを開く。


「あ、ちなみに、なぜわざわざこのページが気になったんだい?……前のページの居眠りをしていて叱られている銀髪の方が、よほど興味がわかないかい?」


「ええ。もちろん。寧ろ本題はそこかもしれません。気になりますけど、最後のページはこう、妙に心に引っかかるというか」

 

「これだけ教えてあげるよ。彼女はここで300年前に、とっくに死んでいる。あとは勝手に本が教えてくれるよ」


「なんたって、これは彼女の本なのだから」


 いや違う。そんなことは言われなくたってわかっているのだ。見ればわかる。しかし聞きたいことはそこじゃない。


 「ナルキスさんあなたは、風という女性をご存じではありませんか?」

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