夏蜜柑

夏、至りて

夏、至りて


「それじゃあマチ。留学合宿、頑張ってね」


 夏も始めごろ、マチの家の門前で2人は暫しの別れの挨拶をしていた。

 マチはなんでも入る魔法の鞄に、帽子を被り制服を着て、スミレのことを心配そうに見つめていた。


「あぁ。スミレも、体調が悪くなったら無理はしないでね。それから、こちらから毎日ふみを飛ばしますから」


 余談だが、マチは炎の魔法を得意としており、腕は中の上くらいだろうか。

 彼はいま、愛おしい彼女を置いていくのが不安で不安でならないのだ。最近は全くと言っていいほど体調を崩すことがなかったが、いつまでもそれが続くとは思えない。行って仕舞えばしばらく駆けつけることもできない為、普通なら両親に託すしかない。だがその両親も、諸々の事情で不在なのだ。


「大丈夫。何かあったらふーりんに連絡して来てもらうから。もう、せっかく楽しみにしていた合宿なんだから、私の心配ばかりじゃだめよ」


「あぁ。わかっているんだけれど……」


 スミレは焦ったそうにマチの背をバシンとひと叩きする。とにかく自分は大丈夫だと言うメッセージと、しっかりしなさいとメッセージを込めて。


「しゃんとして。行って来なさい」


 スミレの真っ直ぐな瞳を向けられて仕舞えば、もう彼は何も言うことができない。

 ならばと、マチはせめてもの思いでバレない様にまじないをかけさせてもらうことにした。魔法とは違い、効能はお気持ち程度のものだが、まじないには信じる心や気持ちが色濃く作用する。魔法は対照的に、いかに想像力があるかや魔力量が必要なのだが、まじないは想いの結晶だ。


 それからしばらく2人は温もりを分け合い、結局なんだか離れがたくなってしまったスミレはマチを魔法列車の駅まで送り届けた。駅でスミレは、ほんの少し迷ったそぶりを見せながら、桜色の御守りを彼に手渡した。


「……これ」


「御守り。私は貴方ほど、まじないに効果を付与できないから、守護魔法をかけてみたの」


 そう、逆にスミレはまじない系のお気持ち系の魔法は滅法苦手だ。なので、より効果を期待できる様に、何かあったらマチを守れるような、そんな御守りを作ったのだ。


「大切にします。ずっと、懐にしまうよ」


 マチは一層大切そうにそれを両手で包み込み、大事に大事に懐にしまいこむ。そして、列車が線路を走る音が、遠くから、風に乗って耳に入る。


「たったの一ヶ月よ。いってらっしゃい」


「一ヶ月だよ。全く」


 目の前に鉄の塊がやってくる。


 ぽっぽー


 軽快で重い音が、2人の耳をつんざく様に鳴り響く。


「じゃあ、いってくるね」


「はい。いってらっしゃい」


 

 


 

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