書庫。時々ナルシスト

「あ、見えてきたよ!噂の本屋さん!」


 マチとスミレは下駄をからころと鳴らしながら手を繋ぎ、建物が並ぶ商店街を歩きながら、少し外れたところにある、この鈴蘭堂と呼ばれている本屋までやってきた。

 スミレが体調を崩す前に學友から聞いた、突然現れる不思議な本屋。どうやらここは、進出鬼没で見つけられたらラッキーの本屋だそうで。噂なのであまり信憑性がなかったが、どうやら表れる場所まで知っていた友人に、スミレは感謝した。

建物のお屋敷は全体的に古臭く、とても新しく建った本屋には見えない程。入り口には青い暖簾に鈴蘭堂と書かれており、一階はどうやら喫茶店で、その上からが書庫なのだそう。天まで届きそうなほどに高い建物。それが目立たない訳もなく、進出鬼没という噂は本当なんだろう。

その近くには猫なのか狐なのか、はたまた違う動物なのかよくわからない生き物の銅像が置いてある。

 マチは手を引かれながら、目を輝かせているスミレをみて己のように心が弾む。


「ずっと来ようと思って来れなかったの。来れて嬉しい。あ、みて。これ、なんの動物?」

「ううむ、猫のような狐のような。なんだろうね?頭の上に乗っているのは……シマエナガかな?」

「あ、本当だ。上にちょこんと乗っているから気が付かなかった。マチもわからないの?……本当になんだろう」


 マチはスミレから言われた事に対して少し悔しい気持ちを抱いたのか、片腕を組み、右手の人差し指をピンと指して語り始める。


「なになに……これはこの本の主様ぬしさまを守る騎士様かもしれないね」

「ふふ、もしそうだったらなんだか……」

「少し気の抜けた騎士さんだね」

 

 マチの想像癖は、スミレ限定だ。片腕を組み右手の人差し指をピンと顔の横で空に向けて指す。この格好を彼がすると、スミレはいつもワクワクするのだ。今度はどんな世界を見せてくれるのだろう、と。

 10歳の頃から寝込みがちな彼女は、学校も休みがちだ。16歳の彼女にとっては非常に辛いことだったが、寝込む度に彼が寄り添ってくれるため、悲しくなんかなかった。むしろ、彼女は自身が苦しい時に彼が聞かせてくれる空想の物語が好きだった。彼は、いつも彼女をち見知らぬ世界に連れ出してくれるのだ。


「なんだか目が離せなくなっちゃった」

「そうだね。ひとまず、中に入ろう」


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


 2人は本屋の中へ入り、一先ずは建物の雰囲気を堪能していた。

 屋敷の中に入ると、すぐに本がずらりと並んでいて、人1人居ないような静かな空間だった。


「やぁ、いらっしゃい」


「こんにちは」


 2人の少し離れた場所からから声が聞こえ、振り返ってそこにいたのは、古風な書庫には似合わない薄い紫毛の物静かそうな20代半ばの男性が梯子の上から声をかけてきた。


「わざわざこんな所、どうやって見つけたんだい?」


笑み一つ見せずに、淡々と梯子の上に座りながら本を整理している。


「學友から教えてもらって……」


暗い紫色の髪の青年はすみれの事をじっと見つめている。

 やがて梯子から降りてきた彼は2人の前にきて、胸に手を当ててお辞儀をする。


「ふぅん。挨拶がまだだったね。僕はナルキス・スーリール・フェリシアン。この僕の姿、実に美しいだろう?この書庫の……いや、代理人みたいなものだ。ここまで来てくれて感謝しているよ。君たち、名前はなんて言うの?」


 この国では珍しい容姿の彼の名前の響に、納得する。別の国の人だったのかと。それにしても、どうやら彼は自分の容姿に自信がある様だった。謎めいたポーズをしながら話しかけてくるものだから、スミレとマチも少し驚いている。

 


「す、睡蓮スミレです。こちらはマチ。華忍はなしのぶマチ」

「よろしくお願いします」


 スーリールからの返答が無く、2人は気まずそうに目を合わせる。そっとスミレが様子を見てみると、驚いたようにスミレとマチを交互に目をやっている。


「あの……」

「おっと。不躾にごめんよ。昔の遠い知り合いとよく似ていたものだから、驚いてね。2人とも、今日はゆっくりしていくといいよ。それから……」


「ようこそ。空想と幻想の溜まり場。夢幻の書庫へ」


 そういってスーリールはそそくさとハシゴの上に戻っていってしまった。と、思ったのだが。


「うわぁ!?」


 驚いて声がした方をすみれとまちが振り返れば、梯子から思い切り足を滑らせて転落するスーリールが視界に入った。突然の出来事で魔法も間に合わない。そう思っていたのだが、落ちた彼の下に、風が舞ってスーリールは身体を地面に打ち付けずに済んだようだ。


「ふぅ……危なかった。このハシゴも、僕の美しさに耐えきれないんだろう」


「……何?どうしたんだい。そんなにモモンガみたいに目を見開いちゃって」


 スミレとマチは目を見開いた様子で固まっていた。

 後の発言も気になるが、彼の元に舞った風は、とても冷ややかで。なんというのだろう、こう、純度の高い真水のような。普通、魔法には個人の色が出るが、透明度の高い色が出れば出るほど、魔法の腕がいい事とされている。


「なんて綺麗な魔法……」


 無意識にスミレは呟いてしまう。マチに至っては身動きがとれないようだった。


「ふふ。ありがとう。そう言ってもらえると、僕も光栄だよ」


 そう言って、彼は酷く寂しさを含んで笑ったのだ。けれどその後はっとしたように、それこそ何かを思い出したかのように、


「僕にとっても自慢の魔法なのさ」


 とぎこちなく笑ったのだ。


 そんな店主は礼を言ったあと、彼女たちに書庫の中を案内していた。


「ここはね、人々が思い描いている夢や描いた理想、かつてあった幸せから御伽噺までが詰まった書庫なんだ。ただの本じゃなくて、その人の気持ちや情景が記された本に魔法が宿っていてね……」


 スーリールは適当に近くにあった本を手に取り、ぱらぱらと捲り中身を確認する。そしてそれをスミレとマチに差し出した。

 そこには文字などは一切なく、見開きのページに絵画のように絵が描かれている。今回彼が見せてきた絵には、薬草を調合している片目にルーペをつけている綺麗な女性と、それをほんの少し離れた所から頬杖をつき眺めている男性の絵だった。一見普通の何もなさそうな絵だが、穏やかで、幸せそうな雰囲気が伝わってくる。

 ただ、それだけではなかった。スーリールがそのページに触れると、絵の中の2人がスミレ達の方に視線を向けた。女性は振り返り、男性はチラリと視線を向ける。


「えっ」


 絵の中の2人は驚いたように目を開き、そして目を合わせ、再びスミレ達をみると、微笑んで手を振ってきた。そして再び作業に戻っていく。


「本の中の人物がを認識することが出来るんですか?」


 本から顔を上げたスミレはナルキスを見てそう尋ねる。

 この世界にも本や新聞、写真や絵画は動く物もある。だがそれは、あくまで写なのである。決してこちらを認識することなどは無いのだ。だが、この本は違い、まるでこちらを、スミレを。マチを。しっかりと見定め認知しているようだった。


「そう。この書庫の本達は生きていて、そして本の世界と繋がることができるんだ。珍しいだろう?」


 つまりは、かつて人々が描いた夢や理想の中と。

 ナルキスはそういうと、本を元の場所にしまい、振り返り、天井付近の出窓を指差しこう言った。


「自由に見ていいよ。でも、1番上の窓の向かいの小さな四角い棚の本だけは、見ちゃダメだ。あそこには、とても重い物が詰まっている。見たものは正気じゃいられない」


「はい」



✴︎ ✴︎ ✴︎


 そして2人は、各々様々な本を見ていた。

 スミレがある隣国の本が敷き詰まっている書棚を見ていた時、ふと一瞬目についた本を手に取る。明るい木のような色に、真ん中にはローズゴールドの石が嵌め込まれている、とても重いハードカバーの本。表紙には他にも綺麗な宝石がいくつか埋め込まれており、シャボン玉の様な淡い柄が散りばめられている。


「凄く綺麗な表紙……」


「あぁ。その本、そんな所にあったんだ。しばらく見つけられなくて苦労していたんだ……」


 店主はとても懐かしそうなものを見るかのように、スミレが手に取った本を見つめている。


「この本、きっと君が持っているべきものだよ」


「え?」


「もしかしたらこの本は、君にとってとてもいい出会いを呼ぶかもしれないから」


 素敵な出会いとはどんな出会いなんだろう。これからの未来を想像できるような言葉に、心から嬉しくなったスミレは、


「ありがとうございます。読み終わったら、感想を伝えに寄りますね」


「ふふ。いつでも待っているからね」


 2人の仲の良さそうな会話を、なんだか少しつまらなそうに見ている者がいた。そう、マチだ。そんなマチをナルキスは一見すると、くすくすと笑いながらスミレの背中をマチに向かってとんっと押した。


「僕は用事があるから席を外すよ。まだ見てていいからね。物色したら、下の喫茶店にでも寄ってみるといい」


少々居心地の悪そうなマチは、若干居心地の悪そうに目を左右させて「お気遣いありがとうございます」といった。


 


 

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