リンド、リンドウ。どうかその声を聴かせて

灰業みずり

春眠暁を覚えず

平凡な日々に浮かぶ音

 春は気まぐれに、そして当然現れる。


 Ring Dong……Ring Dong

 

 冬が過ぎ、うららかな春の一日がやってきた。

 誰かの鼻歌がどこからか聞こえてくる。


 Ring Dong……Ring Dong


 歌が止まった。その代わり、幸せな音が木製の床を響き渡る。


 カツカツ、コツコツと。

 

「スミレ、おはよう。今日の調子はどうだい?」


「マチ!今日も元気よ」


 ある晴れた一日。櫻王国さくら王国。大きな櫻が国の真ん中に咲き誇るこの国のうららかな春のとある一日。

 少々痩せ気味でお暖かいローズゴールド色の髪を耳下の低い位置でお団子に結っている少女、名を睡蓮すみれ。

 合鍵を使って当たり前のように彼女の家に入ってきた彼は、薄い檸檬色の少々癖っ毛な髪の男、華忍まち。

 とある部屋で何やら料理をしている、スミレの元に駆け足で歩み寄る。

 少々病弱な彼女に、彼は彼女の額に手を当てて、さらに念の為顔色を確かめるために至近距離で見つめた後、それが嘘ではないことがわかった。


「ふむ。どうやら嘘ではないようだね。じゃあ、すみれ。今日はお出かけと洒落込もう」


 マチの言葉にすみれは嬉しそうに頭を振る。

 マチはスミレの顔の前に二本指を立てて、顔の前にスっとその指を右側に動かす。すると、暖かな色3色程の小さな小さな光の粒が彼女の周りを包み込み、はじけるようにその光たちがパッと消えた。


「……まじないオタクから授かるおまじないは効果覿面ね」

「今日はいつもに比べてかなり調子が良さそうだからね。安心したよ」

「ありがとう。マチ」


 

「ね、私、噂で聞いた本屋さんに行きたいの。行ってもいい?」

「勿論。他に行きたいところは?」

「んん……あとはその場で入りたい所があれば」


 マチはううむと考える素振りを見せながら、包丁で野菜を切っているスミレの手に後ろから手を重ね、彼女の頭に自分の鼻先を付ける。


「マチ、危ないから辞めてちょうだい」


 スミレは包丁を置いてマチに向き合う形で体ごと振り返るり、彼に抱き着き、彼はスミレの肩に手を置き、微笑みながら彼女の旋毛を見下ろす。マチはもう堪らないと言った表情でスミレの脇に腕を入れ込み、彼女を持ち上げてぐるんぐるん回り、悲鳴をあげる彼女とやがて回り続けた彼は床に座り込んだ。

 彼は座り込みながらも彼女のことを腕に抱き込み、ありったけのちからを込めて尚も抱きつく。


「もう!マチ!危ない!」

「ふふふ、いいじゃないか。数日ぶりのお出かけが嬉しいんだよ。一昨日まで酷い熱だったじゃないか」


 笑いながらも怒るスミレと、おどけた様子で戯れるマチ。

 2人の表情はとても幸せそうで、未来も2人で居続けることを信じて疑ってもいない様子である。

 一息ついて立ち上がるスミレは、料理の準備を再開し、マチはそれを居間の机からその背中を頬杖をついて眺める。幸せな日常の中でも、時々あるこの嗜好の日々の始まりを、2人は満たされた気持ちで迎え入れるのだ。

 暖かかな光に包まれた2人は、確かに心から幸せだった。

 だがその幸せはとても儚く脆く、崩れるのは一瞬なのかもしれない。

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