第3話尾灯白瀬
歩き慣れた尾灯家への道のりで彼女は唐突に口を開く。
「ちゃんとゴムは用意していますか?」
いきなりのセクハラ発言に嫌気が差すと軽く嘆息する。
「何?最近は逆セクハラが流行ってるの?」
「流行ってる?他の娘にもされているんですか?」
「そうだね。尾灯以外に二人からされているよ」
「酷い!浮気者!私だけじゃ満足できないんですか!?」
「馬鹿言うな。僕は誰のものでもない」
事実を口にすると尾灯は唇を尖らせて不満そうな表情を浮かべる。
「コンビニ寄っていきます?飲み物とか買っていきましょうか?」
「そうしよう」
そのまま尾灯家のすぐ近くのコンビニに寄ると飲み物とお菓子を買うのであった。
尾灯家に到着して彼女の部屋で家庭教師を早速始めた。
「今日習ったここが特にわからないんですけど…」
彼女は教科書を僕に見せるようにして開くとわからない場所を指さした。
「なるほど。ここは…」
そうして僕は尾灯が理解できるまで丁寧に勉強を教えるのであった。
「今日も助かりました。おかげで勉強の遅れも回復できた気がします」
尾灯は感謝の言葉を口にして深く頭を下げる。
「お礼ですが…身体で支払うで良いですか?♡」
再び始まった逆セクハラに苦笑をすると返答をする。
「お礼なんて良いよ。あの日、助けてもらったお礼を返しているだけだし…」
「先輩こそ…お礼だなんて言い方やめてくださいよ。当然なことをしただけですよ」
「そうかもね。でもおかげで今も僕は生きているわけだし」
「大げさですよ」
僕らはそこで多少気まずい雰囲気に包まれてしまう。
「じゃあ今日はこの辺で帰るから。また来週ね」
「はい。来週は忘れないでくださいよ?ちゃんとスケジュールに入れておいてください」
「今日は本当にたまたま忘れただけだよ。来週は忘れない」
「それなら良いです。じゃあまた来週」
尾灯家を出ていくと僕は一人、自宅へと帰っていく。
帰り道で僕は真夏のある日のことを思い出していた…。
その年の最高気温を更新したその日。
僕は学校へと向かっていた。
夏休みだったが宿題に必要な本を図書室に借りに行くところだった。
電車は何かしらの原因で遅延をしており、バスは道路工事に捕まっているのか予定時刻に来ない。
明らかに不運が続いている日だったが僕は気にもせず学校へと歩き出した。
その途中で僕は具合が悪くなり木陰に入るとしゃがみ込んだ。
具合の悪そうな僕に声を掛けてくれる人はおらず。
このままでは僕は大変な目に合うのではないかと少ない思考回路の中で簡単な想像をしていた。
「あの…大丈夫ですか?これ飲んでください」
そこにペットボトルのスポーツドリンクを手渡してきたのが尾灯だったのだ。
それを無言で受け取り飲むと少しだけ回復をする。
「今、救急車呼びますから。楽な姿勢でいてください。周りは私が見ていますから」
この時点では名前も知らない尾灯にただただ感謝の思いを抱くだけだった。
そこから数分で救急車が到着すると僕を乗せて病院へと向かう。
尾灯はそれに同行して僕に付き添ってくれた。
病院で点滴を打たれて涼しい病室のベッドで休むと身体は完全に回復する。
「助かりました。志賀秋彦って言います…」
僕は自己紹介をすると尾灯も倣うように自己紹介をした。
「後輩だったんだ。本当に助かったよ。何かお礼をさせてほしいな」
そうして僕はこの日から尾灯の家庭教師になるのであった。
この様に尾灯は僕の命の恩人なのである。
僕は今もこれからも尾灯には感謝の念を抱き続けるだろう。
例え尾灯に何をされようとも…。
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