第48話 見透かされている気がする

 入店前に少々刺激の強い接触があったものの、どうにか心を落ち着けて席に着く。周囲にはきれいに着飾った男女が食事を楽しんでいる。きっと恋人とか、ご夫婦なんだろう。私達のようなこんな曖昧な関係の人もいたりするんだろうか。なんて考えながらついきょろきょろと見渡してしまう。


「マチコさん、周り見すぎ」


 苦笑混じりに指摘され、顔が熱くなる。


「こういう場ではさ、パートナーと料理に集中しないと。失礼でしょ」


 失礼、という言葉は、果たして『パートナー』にかかっているのか、それとも『料理』にか。あるいはどっちもかもしれないけど。


「すみません」

「だから、謝んなくて良いって。笑うとこ、ここは。『やだ、私ったらうっかりしてたわ』って可愛く笑ってよ」

「そんなこと、出来ません」

「そう?」

「それと、私、恥ずかしながら、こういう場でのその、マナーとかあんまり知らなくて」

「大丈夫でしょ、そこまで堅苦しくないやつだし」

「そうですか?」

「そうそう、結婚式出たことない? あんな感じで良いって」

「それならまぁ、何とか」

「それに、そういうのはまぁ、相手がどう感じるかってやつだし、俺はよほどのことがない限り幻滅しないから。――まぁ、マチコさんがいきなり手づかみで食べ出したら引くかもだけど」


 しないでしょ? と薄く笑みを向けられれば「さすがにそれはしません」とつられて笑ってしまう。


 ほどなくして料理が運ばれてくる。使われている食材の説明なんかもされたが、馴染みがなさすぎて正直全然覚えられなかった。料理に携わる人間なのに恥ずかしい。だって実家は大衆食堂だし!


 しばらくはその料理についての会話をぽつぽつとした。と言っても、美味しいとか、本当に〇〇が使われてるのか? なんて程度の内容だったけど。それで、あとはデザートを待つ、という段になり、ふと沈黙が訪れたタイミングで、「あのさ」と白南風さんが切り出した。


「昨日の話だけど」

「昨日の、と言いますと」

「ほら、リオンのアクセサリーショップで俺を見た、っていう」

「あぁ、はい」

「あれさ、その――……、えっと、引くなよ?」

「何ですかいきなり」

「だから、引くなよ、って」

「そんなこと言われても。だから、何なんですか」

「……マチコさんのプレゼント選んでた」

「はい?」

「一緒にいたのはさ、あれ、従姉妹なんだよ。リオンに入ってる『GALAガラ』ってアパレルブランドで働いてんの。ギャル系の店だからマチコさんは行くことないかもだけど、後で絶対連れてってちゃんと紹介する。そんで、マジで、最初は一人だったんだ。だけど、そいつがたまたま休憩の時に見つかってさ。俺がああいう店にいることなんてまずないからって、からかいに来た、っつーか」

「……ないんですか?」

「は? 何が?」

「ああいうお店に入ることって」

「ないよ。だって、そんなプレゼントとか贈ったことないし」

「ないんですか」

「ないよ。だってそんなの、贈ったらもうアウトだから。指輪とかじゃなくてもさ、貴金属ってだけでアウト。次の日には記入済みの婚姻届持って来られるっての。だから、絶対にない。一度もない」


 婚姻届! しかも記入済みの!


「……なのに、私には贈ろうと思ったんですか」

「そ。いやー駄目出しされまくったされまくった。いきなり指輪とか、付き合ってもないのに早すぎるとか、年上へのプレゼントでリボンモチーフは可愛すぎるとか。駄目なの? 女ってリボン好きじゃね?」

「デザインにもよりますけど、正直、三十二にリボンモチーフは厳しいかと……」


 そりゃあ贈られたら何でも嬉しいけど、なかなか身に着けにくい。リボンなんて、十代とか二十代の若い子が着けてこそだと思う。三十路が着けても痛いだけではなかろうか。いや、それが似合う女性もいるだろうけど。


「やっぱそうなのか。いやぁ、素直に聞いといて良かった。さすが流行に敏感なアパレル店員」


 などと言いながら、こくこくと頷く。


「あの、もしかしてですけど」

「ん?」

「それってもうお買い上げ済みだったりします?」

「そりゃそうでしょ。だってクリスマスプレゼントのつもりだったし」

「あの、せっかくですけど」

「え、マジ? 受け取らないとかある?」

「だって、私何も用意してません。恥ずかしながらここでのお食事代で精一杯というか――」


 一応、調べては来たのだ。ホテル・ジュノーのクリスマスディナーの値段を。ただもちろん、いま食べたのがどのコースなのかはわからないけど。


「いやいやいやいや。ちょっと待ってマチコさん」

「な、何でしょうか」

「あのさ、まさかと思うけど、払う気でいた? またワリカンのつもりで?」

「えっ、違うんですか?」

「違うでしょ。誘ったの俺だよ? 俺が出すに決まってるでしょ。カッコつけさせてよ」

「でも、白南風さんは」

恭太きょうた

「え」

「名前で呼ぶ約束」

「あ、そ、そうでした。その、恭太……さんは、学生ですし。私は働いてますから」


 膝の上のナプキンをもぞ、といじる。学生なんて言葉を出したらまた年下がどうとか拗ねたりするだろうかと思ったけど、でも、お金のことはちゃんとしなきゃだし。


「その辺は心配しなくて良いよ」

「心配しますよ」

「何で」

「だって」


 俯いて、ぎゅ、とナプキンを握りしめる。白南風さんの手が伸びてきて、何かを強請るように手のひらを「はい」と差し出してきた。


「な、何ですか?」

「握んなら、俺の手にして。そんなの必死に掴んでないで」


 この人にはもう、見透かされているのではないか。私の気持ちなんて、全部。恐る恐るその手の上に私のものを重ねる。きゅ、と柔く握られたそこから、体温が上がっていく気がする。


「それで? ちゃんと教えて?」

「あの、あまり無理させたら、も、もう」

「もう?」

「あ、会わなくなるんじゃないか、って。その、負担になったりして、というか」

「俺と会わなくなんの、やなの?」

「嫌、かもしれません」

「それは何で?」


 おずおずと顔を上げる。

 ぱち、と視線が合うと、白南風さんは私に向かって微笑みかけていた。余裕のある年上の人のように見える。実際は、五つも下なのに。

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