第4章 沢田真知子の結婚
第41話 婚活パーティーにて
「沢田様ですね。ではこちらの番号札をお着けください。時間になれば司会の方から案内がありますので、それまではご自由にお過ごしください」
「はい」
受付で渡された番号札を胸に着ける。クリスマスらしく、上の方に小さな柊がちょこんとあしらわれている。
今日こそは、の気持ちで臨む、人生初の(当たり前か)婚活パーティーである。恐る恐る会場内に足を踏み入れると、右を見ても左を見てもきれいに着飾った女の人ばかりが目につく。後藤さんの話では二十代よりも三十代の方が参加人数が多いとのことだったけど、本当だろうか。皆、きれいにお化粧しているし、私なんかより全然若く見えるんだけど。
とりあえず、司会の方からの指示があるまでは自由に歩き回って良いらしい。食事を楽しむも良し、参加者に積極的に話しかけに行くも良し、だ。勇気を出してみようかなという気持ちは大いにあるけれども、時間がくれば何かしらの指示が出るのだ。それまで待っても良いかもしれない。まずはこの空間に慣れることから、などと、結局私は逃げ道を探している。
あれから。
白南風さんから、何度か電話はかかってきた。メッセージも届いた。どんな酷い言葉が綴られているかわからないから、未読のままブロックした。連絡先そのものを消すことは出来なかったのだ。心のどこかでまだ、「もしかして」を期待しているのかもしれない。いまさら期待してどうする。未練たらしい。浅ましいにも程がある。期待しているならブロックなんかしなければ良いのに。自分の気持ちがわからない。
キラキラした非現実的な空間と、色んな人の香水、大量のラメが舞っているような空気に思わず噎せそうになる。香水くらいつけてきた方が良かったんだろうかと思いながら、ふらふらと後退った。
とん、と肩がぶつかって、私は慌ててそちらを向き、「すみません」と反射的に頭を下げる。
「あ、いえ――」
ふわ、と一際強い香水が鼻腔を刺す。ちょっと苦手な匂いだなと思ったけど、何とか顔に出さないようにせねばと気をつけて頭を上げると、
「あ、『マチコさん』じゃん」
その彼女から、指を差して名前を呼ばれた。
「え、と。どこかで――」
どなたでしたっけ? と記憶を手繰り寄せる。知り合いにこんな香水をつけるような人はいただろうかと考えていたが、あぁ、と思い出した。
「あぁ、サチカさん!」
「久しぶり~。ってかさ、何でアンタここにいるわけ。恭太知ってんの?」
「いえ、あの、白南風さんは」
知らないです、と馬鹿正直に答えてから、そういえば、いつまで彼女の振りをしていれば良いのだろうと思う。そういう打ち合わせは一切していないのだ。何せもうサチカさんとは会うこともないと思っていたのだから。どうすれば良いのだろう。
この人の場合、嘘をついていましたと正直に言っても逆上しそうだし、あの時の設定は活かしたままで、それで、あの後すぐ別れたということにすれば良いのではないだろうか。そうすれば私がいまここにいる辻褄も合う。となると、やはり私が振られた側になるんだろうな。うん、その方が自然だ。私よりもずっとずっと魅力的な若い女性が現れて、それで私は振られたということにしよう。あながち間違いでもないんだし。
よし、打ち合わせは何もしてないけど、私の中で流れは決まった。これで深く突っ込まれても大丈夫! さぁ、どんと来い! ……いや、どんと来られても困るんだけど。
少々及び腰でサチカさんの次の反応を待っていると、彼女はなんだかものすごく驚いたような顔をして私を見た。
「え。てことは何、恭太はキープってこと?」
「え?」
「やっぱねぇ、裏の顔があると思ったんだよねぇ、アンタみたいなのって」
「え、ちょ」
「かーわいそー、恭太。何にも知らないんでしょ、だって」
「え、あの。知り、ませんけど。いや、そうじゃなくて」
「うーわ、こわっ。大人しそうな顔して案外強かだね、マチコさん」
頼むから、あたしが狙ってる男取らないでよね、と一方的にそう言って、サチカさんはつかつかと行ってしまった。
えっ、なんか誤解されてる感じするんだけど気のせいかな。サチカさんもしかして私が白南風さんとお付き合いを継続したまま婚活もしてるとか思ってない? だとしたら私、めちゃくちゃとんでもない人だよ! ちゃんと訂正しないと! 違うんです、別れたんです! ええと、いや、厳密には付き合ってもいないんですけど!
一歩遅れて後を追う。
サチカさんは会場の隅の方に向かいながら電話をかけているようだった。さすがにお話し中のところに割り込むわけにもいかず、何となくちらちらとそちらを気にしながら、彼女の通話が終わるのを待つ。
すると。
「沢田さん」
声をかけられてそちらに視線をやると、相談所の担当である後藤さんだ。いつもと同じスーツ姿で、『相談所スタッフ』という名札を首から下げている。
「いかがですか。大丈夫そうですか?」
大丈夫そうか、というのは、この場に馴染めたかとか、相手を見つけられそうかとか、そういうのを指すのだろう。私は三十二にもなって、そこまで面倒を見られないといけないのか。そう考えると本当に情けなく思うけれど、見知った顔にちょっと安堵している自分もいる。
「何とか」
そう返すけど、正直言えば、何ともならない気がする。
「あと少ししたら受付が終わりますので、そうしたらパーティーが始まります。簡単な注意事項をお伝えさせていただいたら、自由行動になりますが、沢田さんの場合、最初は無理せずに、料理を楽しんでみてはいかがでしょう」
「それで、大丈夫なんでしょうか」
「もちろん積極的に動いた方が良いんですけど、最初から飛ばせば後半きつくなりますから。それである程度時間が経ったら、別のお相手と交流するようにとこちらから促しますので、近くにいる方に、沢田さんが一番美味しかったと思う料理をお勧めするんです。自分が食べて美味しいと思うものなら人にも勧めやすいですし、そこから話も広げやすいと思いませんか? 沢田さんはお料理関係のお仕事をされてるわけですし」
「た、確かに」
さすがはプロ、まさかそんなテクニックまで伝授してもらえるとは。
「素敵な出会いがありますように。頑張ってくださいね。では、僕は仕事に戻ります」
「ありがとうございます」
相談所でよく見る、ちょっと照れたような笑みを浮かべて手を振る後藤さんに深々と頭を下げる。彼がいなければ変に気負って手あたり次第に声をかけようとしていたかもしれない。それで、空回りして失敗に終わるのだ。そんな未来は確かに見えてた。だけど、何とかなりそう。料理の話なら、どうにか膨らませられるかもだし。
よし、無理せず頑張ってみよう。
そう思って、密かに小さく拳を握る。
そのあとすぐ、後藤さんの言う通りに進行役の男性がやって来て簡単な挨拶と注意事項を述べ、パーティーは始まった。それで、指示通りに御馳走のテーブルをゆっくりと回り、料理に舌鼓を打ったりしていると、予想外にも複数の男性から声をかけられた。それに冷や汗をかきながらどうにか対応し、しばらくして交代のアナウンスが聞こえてほっと一息つく。今度こそ、ちょっと一旦休憩して、と思ったのも束の間。またしても声をかけられ、どうにか受け答えをし――、
結局、せっかくの料理も食べたのか食べていないのか、記憶が曖昧なほど、いろんな男性と会話をすることとなった。ありがたいことではあるんだけど。何が何やら、というのが本音である。
それで、とりあえず、一番印象に残っている男性の番号を紙に書いた。特別会話が弾んだとか、そういうわけではない。確か製薬会社の営業の方だった、気がする。いや、違うな。移動メロンパン屋さんの人だったっけ。どうしよう、いろんな人と話しすぎて情報がごちゃごちゃしてしまっている。
印象に残ってるといっても、ネクタイピンが可愛いかったから、なんていう理由だ。だけどもう、もうそれくらいしか選ぶポイントがなかったのである。でも、これもある意味、ビビッときた、ということにならないだろうか。
でも、そんなそんなポイントで選んだ人とマッチングするわけがないし。かなり気合入れて来たけど、やっぱり一回参加したくらいでは何も起こらないよね。何となくの雰囲気もつかめたし、次も参加してみよう。
そんなことを考えていた。
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