第32話 年齢なんてどうしようもない

「え、あ、あの?」


 なぁんだだの、若いって良いわぁだのと言いながら、くすくす笑う三人に、「私何かおかしいこと言いましたか?」と問い掛ける。笹川さんに至ってはかなり本気で笑っていて「ちょっと、横っ腹ってきたんだけど」とまで言っている。えっ、大丈夫ですか。


「んもぅ、あんなに深刻そうな顔してるから、もっとすんごい理由でもあるのかと思ったら」

「ねぇ! 実は二股三股されてるとか、お金貸してるとか、そこまで考えちゃったわよ、あたしなんて」

「ちょっと、それはそれで白南風君信用なさすぎでしょ! あの子、ちょっと尋常じゃないくらいモテるってだけで真面目な良い子じゃない」

「あ、あの……?」


 えっ、私的にはかなり深刻なお話をしたつもりでしたが?


 困惑する私の脇腹を、小林さんが肘で突く。


「マチコちゃん、それね」

「それ?」

「年齢」

「はい」

「もうね、全然無視して良いやつ」

「は、はい?」

「あのさ、マチコちゃん知らないかもしれないけどさ。真壁さんの旦那さん、真壁さんといくつ違うか知ってる?」

「知りません、けど」

「ちょっと真壁さん、教えてやってよ」

「え~? 仕方ないなぁ。ウチのダーリン、四十三」

「ダーリン、って。普段そんな風に呼んでたっけ?」

「んなわけないじゃない」

「え、あの、四十三って。あれ、真壁さんって確か」

「あたし今年五十。ウチの旦那ね、あたしよりも七つ下なのよ」


 ええ?! なんて驚くのは失礼なのはわかっている。ここの職場にいるのは、私と小林さんを除けば全員が五十代なのだ。それは知ってる。だけど真壁さんの旦那さんが四十代なんて知らなかった。


「それに、この際だから白状しちゃうけど、ウチのだって三十九だよ? 六つ下」


 と小林さんが笑う。


「別にさ、珍しいことじゃないよ。いまのご時世。逆になんで駄目なの、って思うわ。女の方が長生きなんだし、ちょうどよくない?」

「でも」

「あたしはさ、年齢なんてどうしようもない理由で対象から外されるのって、一番残酷なんじゃないかって思うよ」

「そうよ。何をどうしたって年の差は縮まらないもの」

「逆に引っかかってるのがそこだけなんだったら、良いじゃない。試しにお付き合いくらいしてみても」


 付き合ってみて違うってわかったら捨てりゃあ良いのよ、と真壁さんが豪気に言い放ち、小林さんと笹川さんがそれに乗っかって笑う。


「それで、駄目になったら『ま、しばらく年下はいっか』って切り替えりゃ良いのよぉ。切り替えるのがうまくいかなかったら、その時はあたし達が朝まで付き合ってあげるから」

「そうそう、切り替えて次よ、次」

「でも、その次があるのかどうか……」

「あるわよぉ。あると思えば、ある。ないと思えばない!」


 というわけで! と私の返答を待たずに笹川さんが締めにかかる。


「今日は白南風君とご飯いってらっしゃいな。そんで、結果報告よろしく〜」

「そうね、楽しみにしてるわぁ」

「もういっそ明日の夜とか集まらない? 報告会兼ねて!」

「あっ、それ良いかも! どう、マチコちゃん?」

「そうそう、あたしこないだ良いお店見つけたのよ! デザートメニューの種類が多くてね」

「ね、マチコちゃん! あたしら気になって眠れないわよぉ」

「お願い!」


 大先輩達にそう頼み込まれれば、私が断れるはずもなく。


「ほ、報告するほどのことは何もないかもしれませんが」

「あら、それならそれで良いじゃない。純粋にお食事を楽しみましょうよ」


 と、明日の食事会の開催までが決定してしまった。


 

 六時でパートのお二人が上がり(「頑張ってねマチコちゃん」とエールまでいただいた)、ここから八時までは小林さんと二人だ。週明けの準備をしたり、使わない調理器具の洗浄をしたり来月の日替わりを考えたりする。


 ちなみに日替わりといっても目新しいメニューはほとんどない。決まったメニューのローテーションだ。だけどイベントくらいは、と、七夕には天の川をイメージした(ということになっている)ゼリーをつけたり、十五夜には白玉のお汁粉をつけたり、ハロウィンにはかぼちゃコロッケを追加くらいはする。学食なんだから、それくらいの遊び心はあったって良い。来月はクリスマスがあるから、小さいケーキをつける予定だ。これはさすがに外注だけど。


 この時間にもなれば正直そこまで忙しくなることはない。そりゃあ仕込み作業は大変だけれども、お客さんが来ないのだから、ただひたすら己の仕事に没頭するだけだ。やることは決まっているし、考え事をしながらでも出来る。それくらいの技術は、一応ある。


 そういえば、と時計を見る。

 さっき真壁さんと笹川さんが上がったから、時間は確実に六時を過ぎているけれども、白南風さんが『お夜食セット』を頼みに来ないのである。いつもならこれくらいの時間にうんと疲れた顔をして、「マチコさーん」とやって来るのだ。そう思って、時計をチラチラ見やりながら、遅いな、などと考えていると、


「さすがにさ、この後ご飯に行くって話なんだし、『お夜食セット』はないでしょうよ。さっき食べたのだって三時とかなんだし」


 と、小林さんが笑う。思考を読まれてしまってどきりとする。でも、確かにそうだ。


「マチコちゃん、あたしさぁ」

「何ですか」

「あたしは案外二人ってお似合いだと思うよ」

「なっ、何を。――わぁっ」


 手の中からするりと滑ったジャガイモをどうにか落とさずにキャッチして、言ってるんですか、と返す。


「白南風君、強引だけど、マチコちゃんのことぐいぐい引っ張ってってくれそうだし。女性関係もさ、確かにまぁ色々はあるけど、向こうから勝手に押し掛けてるだけで、白南風君から手を出すとか、聞いたことないしさ。これだけ一人に執着するとこなんて見たことないもん」

「でも、わ、私、もう三十二で」

「マチコちゃんのそれは聞き飽きたっての。知ってるよ、三十二なのは。でもさ、さっきも言ったけど、真壁さんの旦那さんは七つも下だし、あたしの彼だって六つも下だし。年齢がどうだとかって気になるのは最初だけだよ。あたしも最初は気にしてたけど、いまは全然。むしろたまに忘れるって」


 良いよぉ、若い男はさ、なんて言って、小林さんはイヒヒと笑った。

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