第23話 地味なおばさんで悪かったな!

「それでは、まだまだこちらでご紹介させていただけるということでよろしいでしょうか」

「そうですね、出来れば。ただ、まぁ、あの、もし先日の件で退会しないといけないということであれば」

「まさかまさか! もし万が一、今後も続くようであればそういったお話になりますけど、そんなことはないですもんね?」


 そう確認され、もちろんです、と返す。

 

 とりあえず、あのカフェ周辺が白南風さんの生活圏内ということがわかったので、そこを避ければ良いのだ。これでもし、それでも同様のことがあれば完全にストーカーだし、その際は然るべき機関に相談するまでである。


「それを聞いて安心しました。それでですね、あの、なんていうかまぁ改めて、と言いますか、やっぱり沢田さんもこういうのに一度くらいは参加してみたら良いんじゃないかなって思うんですよね」


 そう言いながら、後藤さんはカラー印刷のプリントを、クリアファイルから一枚抜き取って私の前に置いた。


「あの、『婚活パーティー』ですよね」

「そうです。毎度毎度のご紹介で耳にタコかとは思いますが」


 ここの相談所では月に一回、駅前のホテルで立食形式のパーティーを開催しているのである。この相談所の会員だけではなく、非会員であっても参加費を支払いさえすれば――もちろんある程度の審査はあるらしいが――参加することが出来る。会員は非会員よりも格安で参加することが出来るということもあって、ホテルの食事目当てで参加する会員もいるらしい。


「でも私……」

「わかります。沢田さんの性格上、見知らぬ人の輪の中に入って、っていうのは正直苦手でらっしゃいますもんね?」

「そうです」

「それは僕も重々承知しています。でも、当日はスタッフとして僕もいますし、それに、いつもはスペックありきじゃないですか。そういうのじゃなくて、肌で感じる部分というかですね、それこそ一目惚れじゃないですけど、ビビッと来るものがあるんじゃないかって思うんです」

「ビビッと、ですか」

「そうです。もしかしたら、色んな人に触れてみることで見えるものがあるかもしれないんじゃないかって思うんです。まぁ考えてみてください。別に今回のじゃなくても、毎月第三日曜にやってますんで、返事は第一週の土曜までに頂けたら大丈夫ですから」

「わかりました」


 結局その日は、前回の顔合わせでクレームをもらったことと、それから毎月案内される婚活パーティーを、いつもより強めに推されただけで終わってしまった。もらったプリントを四つ折りにして鞄のサイドポケットにねじ込む。行くわけがない、と思いつつも、でも、正直婚活が上手くいっていないのは事実だ。思い切ってこういう場にも出てみたら何かが変わるかもしれない。そう思う自分もいる。


 相談所を出、自販機でコーヒーを買い、近くのベンチに腰掛ける。毎回この流れだ。だから、ほとんど無意識にそうしていた。しばらくの間買ったばかりの缶で暖を取り、少し温くなったところでそれを飲む。


 せっかくだし、コーヒーを飲みながら小説の続きでも読もうと鞄の中に手を入れた時だった。


「あの」


 女性の声だった。


「何でしょう」


 と顔を上げると、目の前にいたのは髪の長い女性である。スマホを手に持っていて、それの画面をこちらに見せながら「この人をご存知ありませんか」と尋ねてきた。


 それはアップの画像ではなかった。数人が写っていて、一体誰のことを指しているのかがわからない。もう少し拡大してくれれば良いのになんて考えながら画面を見つめていると、その中に、確実に見覚えのある人がいることに気付く。無意識的に指を伸ばし、「白南風さん」とつぶやいてしまってから、彼とこの近くで揉め事を起こしていたの存在を思い出した。遠目だったから顔まではわからなかったけど、確か、髪の長い女の人だったのだ。その可能性に気付いて、慌てて顔を上げる。


「アンタだよね、恭太の本命って。ここで張ってりゃまた会えると思ってたんだ」


 ぱちりと目が合った瞬間に、そう言われる。きっと彼女が『サチカさん』なのだ。


「あ、の……わた、私は」


 これ、違いますって言って良いやつだよね? だって私、彼女の振りをするなんて承諾してないし! ていうか、承諾したとしても、こんな一対一で会うって話ではなかったよね?


 でも、そんなことを考えて躊躇ったのがいけなかった。何せこれでは認めたも同然だ。どうしよう、刺されるのかな。しかもここ、あんまり人通りもないし、大声を上げても誰にも届かなそう。どうしようどうしようと思っていると、サチカさんは持っていたスマホを操作してどこかに電話をかけ始めた。相手がなかなか出ないようで、チッと短く舌打ちをする。どうだろう、この隙に逃げられるだろうか。じりじりと少しずつ彼女から距離を取り、逃げようかとチャンスを窺っていた時だ。


「出んの、遅。いまどこ?」


 やっと相手が出たらしく、サチカさんがホッとしたような顔をする。もしかして仲間を呼ぶつもりなのでは。それで、拉致されて海に沈められたりするのかも!


 そんなことを考えたら居ても立っても居られず、私は鞄を引っ掴んで立ち上がった。


 が、さすがにそう簡単には逃がしてもらえないらしい。腕をギュっと掴まれて阻止される。サチカさん、意外と力が強い。たった二歳しか違わないはずなのに、これが若さだろうか。


「何ですぐ出ないのよ。――はぁ? あたしまだ別れてないし。ていうか、アンタの本命捕まえたから。マジだって。地味で冴えないおばさん。でしょ? ちょっとアンタ、名前は?」

「へ?」

「なーまーえ!」

「え、いや、あの。そういうのは個人情報でして」

「ハァ? だっる。そういうの良いから。そんじゃさ、ほら、声聞かせてやんなよ」


 そう言って、ぐいぐいとスマホを近付けてくる。何これ誘拐犯!?


「あの、ほんと私は無関係ですから」

「無関係なわけないじゃん! 何? 本命の余裕ってやつ? マジムカつくんだけど! 恭太もこんな地味なおばさんのどこが良いのよ!」


 地味なおばさんで悪かったな! 一個も否定は出来ないけど! でも、あなたとは二歳しか違わないんです! そりゃあ、今日は仕事帰りだから、もう全然おしゃれじゃないけど!

 

 そう言い返したいけど、下手に刺激したら本当に刺されてしまうかもと思い、口をつぐむ。すると――、


『マチコさん?! その声マチコさんだよな? 大丈夫かマチコさん! おい、サチカ! お前マチコさんに何かしてみろ! ただじゃ置かねぇからな!』


 という白南風さんの怒鳴り声がスマホから聞こえてきた。

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