第22話 結婚に年齢は関係ないです
「相手の方からクレームが」
結局、小説は次の章に入ることはなく、時間が来た。
それで、席に着いて挨拶をして、その次に言われたのがこの言葉だった。
「クレーム、ですか」
お断りされるだろうとは思っていたが、まさかクレームまでとは。
「ええ、その、つまりは、『
「あ、あの、私と彼は誓ってそういう間柄では……!」
「いえ! あの、わかります。僕はわかってます。あくまでもこれは相手方がそうおっしゃっている、というだけで」
思わず前のめりになる私にそう言って、後藤さんは「ただ」と声を詰まらせた。
「その、こちらとしてはですね、もし万が一、こういうことが続くようなら」
「つ、続きませんよ。あれだけです。なんかたまたま顔合わせの場所がその人の生活圏内だったってだけみたいですから」
気が急いて、後藤さんの言葉に被せてしまう。いや、わざと被せたのかもしれない。だって、あの後に続くのは恐らく「退会してもらうことになる」という言葉だっただろうから。
「それなら良かったです。あの、確認なんですけど、その方とは一体どのようなご関係なんですか? 知人、と伺いましたけど。あの、これ、お聞きしても大丈夫なやつです?」
「大丈夫、です。あの、職場の、そこの大学に通う学生さんなんです」
「成る程、
「そうです。会話をするようになったのはごく最近なんですけど」
「そうだったんですね。学生さんということは、まだだいぶお若い方ということで」
「そうですね。あぁ、でも、学生と言っても院に進んでいるので、普通の大学生よりは年齢は高いです。ええと、二十七歳で」
「へぇ、院生ですか。志が高くていらっしゃる」
でも、そうか、二十七かぁ、と後藤さんは、少し考えるような素振りを見せた。気持ち身を乗り出して声を落とす。
「あの、本当にその方とは何もないんですか?」
「え、っと、それはどういう……?」
「いえ、その、僕の立場でこういうことを言うのも何ですが、その方、かなり優良物件なのでは、と」
「優良物件?」
「現在二十七歳、大学院生。えっと、二十七ってことは、修士……じゃなくて博士課程ですかね、何事もなければ。だとしてですよ、まぁ、院卒の肩書が逆にネックになって就活が難航する方もいるみたいですけど、それでも開発部とか、研究職なんかはやはりそういう方を求めているわけですし」
「あの、後藤さん?」
「僕としてはもちろん、ここでお相手を見つけてもらえればと思うわけですが、でも、これまで一緒にやってきて、やっぱり僕は沢田さんに幸せになってもらいたいんです」
「あの、そう言ってくださるのは大変嬉しいんですけど、ええと、つまり何を――」
「その方との結婚はお考えになっていないのですか?」
何が何やらと首を傾げている私に向かって、後藤さんは、そう尋ねてきた。
「はぁ?」
「確かに職が安定するまでは大変かもしれません。ですが、沢田さんご自身はしっかりお仕事をされているわけですし」
「それは、そう、ですけど。いや、でも」
「何、投資のようなものです。辛い時期を共に乗り越えてこそ、夫婦の結びつきは強くなるわけですし。彼の方でも、仕事が軌道に乗ったら、きっと沢田さんに深く感謝して――」
「ま、待ってください」
「はい?」
ノリノリで未来予想図を語る後藤さんに待ったをかける。
「あの、私、彼と結婚するつもりはありません。お付き合いをするつもりもないです」
「そうなんですか?」
「そうです。あの、私だってさすがに身の程を弁えてますから」
「と言いますと」
「後藤さん、おっしゃってたじゃないですか。男性は自分より年下の女性を求めるって」
「言いましたけど」
「だから、彼には二十代前半の女性がふさわしいと思いますし」
そうだ。
白南風さんにはやっぱり同年代の――というか、二十代前半とかの若い女性がふさわしいのだ。こんな三十二歳のおばさんじゃなくて。くたびれたスニーカーで出勤するような私じゃなくて。
「沢田さん、それはあくまでも
「……はい?」
「自分でそう言っといて何ですけど。すみませんね、これから矛盾してること言いますけどね? 結婚に年齢なんて関係ないんです」
「は?」
あっ、もちろん若すぎるのは駄目ですよ? 十八歳未満ですとか、と慌てて付け足すので、それについては「わかってます」と答えた。良かったです、と薄く笑って、後藤さんは続けた。
「好きになっちゃったら、相手がいくつ上だろうが何だろうが関係ないんです」
「え、でも」
「身近にいませんか? そういう年の差ご夫婦とか。いません? じゃあ芸能人でも良いです。いますよね? 十歳差、二十歳差。まぁ、芸能界は特殊な世界ですけど。でもですね、好きになってしまったら本当に関係ないんです。専業主婦の話もしましたけど、それだって同じです。僕は沢田さんに、三十超えたら絶対に結婚をあてにして仕事を辞めたら駄目ですよ、って言って来ましたけど」
「はい。言われましたね。もちろん辞める気はなかったですけど」
「ええ、本当に安心しました。本当に多いんですよ。ここに入会したらもう結婚出来ると思い込んで仕事辞めちゃう方」
はぁ、と深いため息をつく。本当に多いのだろう。「早く私の条件にぴったりな男を紹介しなさいよ! 何のために仕事辞めたと思ってんのよ!」という叫び声を聞いたこともあるし、ネット掲示板でもその手の書き込みはよく見る。結局、怖いもの見たさで、あれからもついつい覗いてしまうのだ。
「それもこれも、ごめんなさい、ズバッと言っちゃいますけど、三十を超えた女性は無職だと本当に男性側から選ばれないからなんです」
「ええ、それも伺ってます。専業主婦希望が通るのは二十代までだって」
「そうなんです。厳しい話ですけど。でもね、それだって、恋愛結婚なら違うんですよ」
「そうなんですか?」
「そうですよ。ここでの婚活っていうのはお互いのスペックに見合った男女を機械的に引き合わせての『お見合い』ですけど、恋愛は違うんです。年収がどうとか貯金がどうとか、そもそもどんな仕事に就いてるとか、それよりも大事なことがあるんです。相性です。フィーリングです。その人のことを好きという気持ちなんです。好きになったら相手が年上でも何でも関係ないし、相手が専業主婦になりたいと言ってきたとしても、それをどうにか叶えてでも一緒になりたいって思うからこそ結婚するんです」
良いですか、相談所での結婚と、恋愛結婚は違うんです!
そう締めた後藤さんは、やり切った顔である。
「いや、その、そこまで熱弁されましても、私は本当に彼とどうにかなるつもりは全然なくて」
「えっ、そうなんですか?!」
「はい、確かに身の程云々というのもありますけど、それを抜きにしても、たぶんその、後藤さんのおっしゃる相性とかフィーリングとかいうのも、正直あまり」
「なんだ、そうなんですか。いや、お相手の方が、その男性が沢田さんに気があるように見えたとか仰っていたもので。だからこその美人局疑惑と言いますか」
「あの、それは本当に心外です」
ですよね、申し訳ありません。
そう言って、後藤さんは深く頭を下げてきた。
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