第16話 一人でいる時より空気が重い
結局、白南風さんは本当にホワイトミルクレープを注文した。マチコさんもどう? なんて振られて、もうここまで来たら、と私も注文した。毒を食らわば皿まで、の精神である。
「うっま。――あっ、でも失敗したかも」
一口目を食べた白南風さんが、突然そんなことを言い出す。
「どうしたんですか?」
別に聞かなくても良かったけど、こんな目の前で、しかもかなりの至近距離で言われれば尋ねざるを得ない。
「いや、二人して頼んだら意味ないな、って」
「どういうことですか? 二人して、って?」
「だからさ、俺かマチコさんのどっちかだけ頼んでたらさ? 『一口ちょうだい』からの『はい、あーん』が出来たな、って」
「しませんよ?」
「えっ、マジで?」
「むしろ何でその展開になると思ったんですか?」
「え~? なんないの?」
「なりません」
「何、マチコさんって彼氏とそういうのしないタイプ?」
「しな……い、んじゃないでしょうか。わかりません」
えっ、もしかしてそういうのするものなの?
「わかんない、って、もしかしていたことない?」
「……悪いですか」
告白されたことは何度かある。ただ、お付き合いには至っていないだけで。だって、好きな人から告白されたわけではないのだ。かといってその当時、好きな人がいたわけではないんだけど。でも、だからこそ、その人のことを好きになるかもしれないと、「まずは友達から」と返事をし続けてきたのだ。それがちっとも『友達』じゃなくて関係が壊れるのである。
「成る程ねぇ。てことは、マチコさんって昔っからこうなんだね」
「悪いですか」
「あのさ、その『悪いですか』って突っかかってくんの、やめない? 俺別にそれが悪いなんて一言も言ってなくね?」
「すみません」
「あとそのむやみやたらと謝んのも。俺、マチコさんとしゃべってて思うんだけど、ガチで謝る必要があったことなんてたぶんほとんどないでしょ。もうさ『そうだね、アハハ』で流せるやつばっかりだから」
「はぁ」
ミルクレープをフォークで一口サイズに切り、それをパクパクと食べながら言う。でも、そんなことを言われたって「そうだね、アハハ」なんて言えるわけがない。
「俺との話さ、別にそこまで緊張することないよ。別に大したこと話してないしさ」
「かもしれませんけど」
「そんでほら、敬語じゃん。あのさ、俺、わかってると思うけど五つも下なんだよね。別に良いじゃん、タメ口でさ」
「そんなことを言われても」
「まぁ、いきなりは無理かもだけど、ちょっとずつでもさ、意識してみなよ」
「善処します」
「それ絶対善処しない人のやつな」
ズバリそう指摘されれば何も言い返せない。そうです、善処する気0です。おっしゃる通りです。
それからしばらくの間、私達のテーブルには、カチャカチャと、お皿とフォークがぶつかる音だけが響いた。店内では女性達の話し声や、ビジネスマンらしき男性の電話の声、キーボードを叩く音、エスプレッソマシンの稼働音があり、騒がしいはずなのに、このテーブルだけが何か静かだ。一人でいる時と同じ音のはずなのに、二人でいるいまの方が空気が重い。
何か話した方が良いのだろうか。
こういう時、普通の人はどんな話をするのだろう。
ええと、天気の話とか、それから、今日のお昼何食べましたかとか、それから、ええと、
「今日のマチコさん、きれいだね」
そう、着ている服のこととか――……
「って、ええ? 何ですか、急に?!」
その言葉で思い出す。そうだ、私今日『勝負服』なんだった! 何か急に恥ずかしい! いつもの『学食のおばちゃん』じゃないじゃん、私!
「いや? 俺的には別に急にじゃないんだけどさ。しっかし、さっきのおっさんもさ、そういうとこも全然褒めたりしないじゃん? どうなのかね。そりゃ結婚出来んわ」
「そんな言い方」
「いや、マジでマジで。印象違ったと思うよ、マチコさんだって。もしさ、出会って数分で『写真で見るよりおきれいですね』とか言われたら、ちょっと嬉しくなんない? そういうの嫌がる人もいたりするけどさ、今日頑張って良かったな、くらいには思わん?」
「それは……」
ちょっとは思うかも。
確かに、初顔合わせは毎回この恰好だから着慣れたセットではあるのだ。だけど、だからといって、頑張っていないわけではない。服を選ぶ労力だけは省いているけど、いつもより気合を入れたメイクとヘアスタイルだし、それに、靴は履き慣れていないから、まだちょっと靴擦れするし。多少頑張ってはいるのだ。
「俺だったら、そこは絶対に言うよ。だって俺に会うためにきれいな恰好してくれてるわけだしさ」
「そうですか。やはり、モテる方は違いますね」
「それ褒めてないでしょ、実は。まぁでもさ、それもあると思うんだよね。俺の顔が良いのは否定しないけど、モテるのは絶対それだけじゃないから」
などと言って、得意気な顔をする。
「そんでさ、ほんとマジで、今日のマチコさんきれい。こういう恰好似合うんだな、うん。きれい系のお姉さまって感じじゃん。すごく良い」
「あ、ありがとうございます。……あっ、褒めても駄目ですから。あれですよね、例の彼女の振りのやつ! 褒めてもおだててもやらないものはやりませんから!」
あっぶない! 危うく乗せられてしまうところだった。その手には乗りませんから!
そう思って警戒していると、白南風さんは一瞬、ぽかんとした顔をしてから、ぷっと吹き出した。
「あぁ、そうだった。そうだ、そんな話してたわ。ごめん、すぽーんって抜け落ちてた。そうだそうだそうだった」
「え、忘れてたんですか?」
「うん。あ、でもいま思い出した。え? 駄目? もうさ、めっちゃイケるって確信したんだけど?」
「何ですか、確信って」
「だからさ、マチコさんが俺の彼女になるやつ」
「ですから、彼女の振りなんてしませんって」
「じゃなくて」
「はい?」
「彼女」
「ですから」
「だからさ」
まぁまぁ最後まで言わせてよ、と両手を胸の前で軽く振る。最後までって、何が。
そう思っていると、白南風さんはにこりと笑って、テーブルの上の私の手を掴んだ。
「俺の彼女になんない? ガチの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます