第15話 どっちが失礼なんですか?!

 誰? と振り向くと、そこにいたのは白南風しらはえさんである。


「は? え、し、らはえさん?」


 どうしてここに?! やっぱりこの人ストーカーなんじゃない?


「え、何、あの、知り合いですか?」


 金井さんの反応は当然だと思う。


「知り合いというか、その、職場の大学の学生さんで」


 そう正直に話すと、彼は、うんと小さな声で「ほら」と言い、表情を曇らせた。


 ほら、何なのか。

 ほら、やっぱり若い学生と交流があるんじゃないか、と、そう言いたいのだろうか。


「なぁ、これってさ、アレ? 初顔合わせ、ってやつ? だよね?」

「白南風さんには関係ないです」

「そうだけどさ。いや、でも、あり得なくない?」

「何がですか」


 ソファの背もたれに腕を乗せ、呆れたような顔をして、頬杖をつく。


「そっちのアンタさ、もう少しカッコつけようとか思わないの?」

「は、はぁ? 何が」


 急に話を振られた金井さんはしどろもどろだ。年齢は二十近くも上なのに、白南風さんの雰囲気に押されているようにさえ見える。


「ここって言っちゃ悪いけどさ、マジでリーズナブルさが売りじゃん。まぁ、だからこそ俺もよく利用するんだけど。見なよ、客なんてほぼほぼ学生じゃんか。いや、一人リーマンもいるか。――あ、マチコさんさ、マジで偶然だからな? 俺、マジでここよく使うから」

「何が言いたいんだ君は」

「いや、だからさ、もうちょっとカッコつけられなかったの? ってこと。そりゃいまのご時世さ、男だから食事代は全額出せとか、そんなの流行んないとは思うよ? だけどさ、この人くらいの年齢の女性って、ぶっちゃけまだそういう考えの人多いと思うし。っつーか、下手したら俺らの年代でもそういうやつ多いし。ここでバシーっとそういうの見せて損はないと思わん?」

「は、はぁ?」

「だーから、こんなチェーンのカフェってどうなのって。学生じゃあるまいし。でさ、そんで何? 学食のおばちゃんは何かアレだから辞めろって? この人、正社員だよ? それをわざわざパートに替えさせてまでさ。アンタ、やることも言うことも全部ダサいんだよ」

「君、失礼だぞ」

「失礼なのはどっちだよ。この人に対して、アンタが失礼なんじゃないの? 何があったか知らないけどさ、時間ギリギリに来たわけじゃん? 別に時間通りに来るのは良いと思うけど、何でそんな汗まみれなん? 余裕持って行動しなよ。普通に嫌じゃん、そんな汗まみれの人とデートとか。ここそんな暑い? まぁ体感温度は人それぞれだし、汗もまぁ、体質? そういうのだったら申し訳ないけどさ」

「いや、その」

「そんでさ、メニューだってもっとゆっくり選ばせてやんなよ。あのさ、走ってきたアンタは冷たいの飲みたいかもだけど、この人は違うかもよ? あんなタイミングで店員さん呼ばれたらそりゃ『同じので』ってなるよ。女性って冷えやすいとか、聞いたことないの? 俺ですら知ってんだけど」

「何が言いたいんだ、君は」


 金井さんはもう真っ赤だ。せっかく引きかけた汗も再び吹き出している。


「白南風さん、あの、失礼ですよ」

「はぁ? 失礼なのはこのおっさんじゃね? マチコさんさ、自分のことそんな低く見られて悔しくないわけ?」

「え」

「男はさ、本当にこの女を逃がしたくないって思ったら、どんな手でも使うよ。見栄だって張りまくるっつぅの。多少無理しても良いところ連れてくし、仕事してるのを無理に辞めさせたりなんかしない。だって下手なこと言って嫌われたらイヤじゃん。メニューだってさ、ゆっくり選ばせるし、何なら俺は絶対下調べするから、お勧めなんかも教えたりしたいしさ、そういう時間も楽しいじゃん」


 私の目を見てそうつらつらと述べた後で、今度は金井さんに視線を移した。


「アンタはさ、今日初めて会うんだろ? まぁある程度のプロフィールとかは見てんだよな? 写真とかもあったりすんの?」


 横目でそう問い掛けられて、私は頷いた。あの相談所は登録の際に別室のスタジオで写真撮影をするので、加工は出来ない。持ち込みだって不可だ。


「じゃあさ、お互いに外見とかスペックとか見て、それで決めたんだよな? 実際に会ってみて、良さそうだったら結婚しよう、って思っての今日なんだろ? それなのに、その大事な顔合わせがここって」

 

 どうなん、と言いながら、一度体勢を戻してテーブルの上のカップを手に取る。ラージサイズのカップだ。中身は何だろう。チラッと見えた感じではブラックコーヒーではない。いずれにしても、確実にとんでもない量の砂糖は入っているだろう。


「余程のケチなのか――まぁ、倹約家って言い換えても良いけどさ、でも、この日くらいは頑張ろうよ。何、リサイクルショップの店長さんってそんな稼ぎ渋いの? それとも何、三十二の結婚焦ってる女はこれくらいでも良いだろうって?」

「そ、それは――」

「白南風さん、あの、本当に失礼です! ていうか、良いじゃないですか、どこだって! わ、私、ここのホワイトミルクレープ大好きですし!」

「マジ? 俺も好き~。相性良いね、俺達。ほらぁおっさん、頼んでやんなよ、マチコさんミルクレープ食べたいってさ。俺も頼もっかなぁ」

「ち、違っ。そういう意味じゃ……!」


 そんなことを言って、くるりと向きを変える。そんじゃ、ごゆっくり、なんて言われたけれど、この雰囲気どうしてくれるんですか。こんな状態でここからゆっくり出来るわけないでしょ!


「あ、あの」


 赤い顔のまま押し黙ってしまった金井さんに恐る恐る問い掛ける。


 と。


「あの、ちょっと急用を思い出したので、すみません」

「え」

「ここは出しておきますから。あの、もしミルクレープもなら、それも頼んでおきますし」

「いえ、そこまでしていただくわけには」

「わかりました。すみません、では」

「あ、あの――」


 テーブルの端に置いてある伝票を掴んで、金井さんはそそくさと席を立ち、行ってしまった。残されたのは空のグラスと、それからまだアイスコーヒーが半分以上残っている私のグラスだ。


 これは、また失敗だろうな。

 

 はぁ、とため息をついてキンキンに冷えたアイスコーヒーを飲む。ミルクもシロップも入れていなかったことに気付いて、トレイの上に置かれたミルクの小瓶に手を伸ばす。飲めないわけじゃないけど、あった方が良い。


 と。


「おっさん帰った? んじゃ、俺そっち行って良い?」


 またも背後から声が聞こえた。このままお店を出たかったけど、コーヒーを残すのはもったいない。返事をしなかったのは『NO』の意思表示のつもりだったが、それが彼に伝わるわけもなく、白南風さんは、自分の荷物とカップ、それから伝票を持ってこちらにやって来た。

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