第10話 ある意味女性の人生を狂わせる男

「だからさ、なんつーの、ほら、俺はアンタが学食ココで働いてんの知ってたからさ。その、本命の彼女はちゃんと働いてるんだぞ、って言いたかったっていうか」

「は?」

「は、って何だよ。何、アンタちゃんと働いてないの? 何かいっつも黙々と手ェ動かしてるし、いましゃべってる感じも『THE真面目』って雰囲気だからてっきり――」

「い、いえ! ちゃんと働いてます! それに関しては、ほんと、はい、胸を張って言えます! ちゃんと働いてます!」


 むしろ私の取り得なんてこの真面目さくらいしかないんだから。

 ふん、と鼻息荒くそう返すと、ちょっと引いた表情の白南風さんが、なんかヤバいスイッチでも押したか、俺……? と呟いた。


「まぁ良いや。とにかくさ、そういう人にお願いしたいわけよ。そうなると学内の女友達とかは駄目じゃん? 学生だし」

「確かに」

「それにさ、女友達とかそういうのにお願いすると後々めんどいわけ」

「後々めんどい、ですか?」

「そ。あのね、どうやらアンタの耳には届いてなかったみたいだけど、俺ってさ、すんげぇモテるの」

「……はぁ」

「だからさ、振りでも何でも『彼女』なんて肩書を与えちゃったが最後なわけ。第二の『サチカ』が生まれるだけだから」

「あぁ――……」


 つまりは、本物の『彼女面』し始めて、仕事を――ってこの場合は学生だから、辞めるとかはないだろうけど……ってまさか学校辞めるとかはないよね? さすがにそれはないよね?

 

 という私の心を読んだか「さすがに学校を辞めるとかはなかったけどさ」と付け加える。


 が、


「俺に永久就職する、とか言い出して就活を投げ出す未来は見える」


 腕を組み、しみじみとそう言う。


「てか、実際にそう言われたことあるし。それで振ったけど」

「わ、わぁ……」


 何なのこの人。

 そんなに女性の人生を狂わせちゃうの? こわ! 関わりたくない!


「待ってください。でも、だとしたらですよ? 私がそうなるとは思わないんですか?」

「は?」

「私も、た、例えば、白南風さんの彼女の振りなんてして、それでなんか彼女面? とかし始めたりして、えっと、それで、養ってもらいたいので仕事辞めますね、ってなるかもしれなくないですか?」


 自分で言っといてなんだけど、それはないな、って思う。思うけど、こう言えば諦めてくれるんじゃないかな、って。


 なのに、


「いや? それは大丈夫じゃない?」


 白南風さんは、ケロッとした顔でそう返してきた。「何言ってんのアンタ」とでも言いたげな顔だ。


「だってアンタ、俺に一切興味ないでしょ」

「はい。……あっ」


 しまった、正直に言っちゃった。

 気分を害するかと身構えたけど、白南風さんはそれで怒るなどということはなく、それどころか、ふはっ、と笑った。


「ほら、即答だし」


 そう返して、くつくつと喉を鳴らしている。

 

「元々はさ、見られたって思ったし、彼女だって言っちゃったから何が何でも彼女役やってもらわないとって思ってたんだけど、さっき声かけて、確信したんだよね」

「な、何がですか」

「アンタなら絶対に、いままでの女みたいにならないだろうから、ちょうど良いぞって」

「もしかして私、ものすごく馬鹿にされてます?」

「してないしてない。レアだなって思っただけ。だって、いまこれだけ話してても全然俺のこと好きにならないでしょ?」

「なりません」


 それどころかどんどん好感度が下がっていってます。


「いや、ほんと助かる。それくらいドライな方がさ」

「あの、まだ受けるなんて一言も」

「ままま、考えといてよ。名刺、持ってるでしょ? いま出せる?」

「は、はい……」


 ポケットから名刺を取り出して、見せる。すると白南風さんは「ちょい貸して」と、それをさっと回収して裏返した。そして、「アンタそういうの捨てたり出来なさそうだもんな」などと言いながら、裏面にさらさらとペンを走らせる。


「だって、個人情報ですし」

「そう、個人情報なの。しかもさ、これに載せてるメアド、ガチのやつだから」

「は?」

「学内PCじゃなくて、俺の個人的なやつってこと。通常は学内PCのメアド載せてる名刺やつしか使わないんだ。よほどの場合じゃないとこれは出さない。そんで」


 ほい、と再び名刺を握らされた。


「俺の電話番号も追加しといた。な? もう絶対に紛失出来ないね、アンタ。これ、相当のプレミアもんだよ」

「そ、そんな」

「っつーわけで持ってて。気が変わったら連絡してよ。めちゃくちゃ期待してるから」

「しないでください! 私、刺されるのは嫌です!」

「はっはっは。さっきは大袈裟に言っただけだって。マジで刺されるわけないでしょ。それにそん時はさすがに俺が身を挺してアンタのこと守るからさ」

「信用出来ません」


 ていうか、私一体何時間ここにいる気なんだ。体感的には三時間くらいいる気がしていたけど、意外にもまだ一時間半である。だけどスーパーのタイムセールの時間が迫っているから早く帰らないと。


「あの、私、失礼します」

「はいはい。また学食食べに行くからさ。返事はその時でも良いし」

「返事なんて決まってます。お受け出来ません」

「まぁまぁ、じっくり考えてよ。マジで受けてくれたらさ、そん時はちゃんと報酬あげるから」

「いりません」


 彼女の振りをすることが口止め料になるとか訳の分からないことを言うような人だ。その報酬だって、「この俺様とデートさせてあげる」とかそんなこと言うに決まってる。


 これ以上ここにいたら本当になんやかんやと丸め込まれてしまいそうで、私は背中に投げかけられる言葉を全部無視してその部屋を出た。


 ちなみに、その背中に投げかけられた言葉は、案の定「デートしてあげるから」とか「キスでも良いし」だったので、本当にあそこに留まらなくて良かったと思う。

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