アリス革命~姫騎士は悪魔の輪舞曲を踊るか?~
鳴瀬憂
第一部 王女ベアトリスの死
00 王女の葬列(序曲)
ベアトリス・クレア・グレイス王女の葬儀には多くのグリティア王国民が集まった。
大聖堂には正式に招待された参列者のみしか入ることがかなわないため、聖堂前広場に設置された献花台に花を手向けるために長蛇の列ができていた。
「偉大な功績を遺したベアトリス王女殿下に、神の祝福あれ」
厳かな聖句を唱える神官の声に、参列者のすすり泣く声が重なって響いている。
彼女の姿は棺にはなく、代わりに王国騎士団の青のマントと愛用の白銀の剣――オシアンが収められている。王女の壮絶な最期を物語る血染めのそれらは、白い百合の花で埋め尽くされていた。
燃えるような赤髪を振り乱し、戦場を駆け抜けるその姿は伝承に聞く戦乙女のように神々しく、聖剣オシアンで敵軍を薙ぎ払う様はさながら焔を操る魔人と恐れられた。十八で初陣を飾り、その三年後、フィーレント神聖帝国からの侵略を防ぎ和平へと導いた【火焔の姫騎士】の評判は近隣諸国まで轟いた。
若くして亡くなった偉大な王女を悼む声が絶えることなく、残した功績は後世まで語り継がれることだろう。
ただ、しめやかな葬儀のはずなのに、集まる人々がどこか浮足立って見えるのは国民性だろうか。見物客を相手にした屋台が王女ベアトリスの名をつけた焼き菓子や、剣を象った串焼きなどを広場で提供し、繁盛していた。
そのようすを、すこし離れたところから女が見ていた。
年の頃は二十代半ばか――それより若いようにも見えるが、不思議と老成したような雰囲気がある。
彼女は広場を見渡せる鐘楼の上から、感情のない瞳で人々の群れを眺めている。
葬儀が終わると、この鐘楼の鐘を十回撞くことになっているのだが、その役割を担う熟練の老人は少々眩暈がしたとかで休憩している。
「……こんなものか」
ぽつりと唇からため息にも似た声が零れた。男ものの衣服を着用しているから遠目では性別を見間違うが、近くで見ればすぐに認識の誤りに気がつく。
切れ長の翠眼が瞬くさまは、まさに宝石の煌めき。
黒髪を横から編みこみ後ろでくるりとひとつにまとめた髪型は優美だが、不器用な彼女ひとりで完成させることはできないのが難点である。
「もしかしていまの、自分の葬式を見た感想ですかい、殿下?」
毒々しいピンクの髪色の男が、薬を嗅がせて眠らせた老人を介抱しながら声をかけた。服装は旅人然とした地味なローブだというのに、その鮮やかな色がやたらに目立って他の印象が掻き消されてしまう。
あとから振り返ってみても、あの髪が派手な男、ということしか思い出せない。
彼のアーモンド形の眸が淡い紫であることも、特徴的な泣きぼくろも、甘いマスクをした美男子であることさえも忘れてしまうのだった。
やたらと目を惹くピンクのこの男が、髪を梳くことさえ忘れるずぼらな彼女の協力者だ――髪結ばかりではなく、生活全般、ありとあらゆることにおいて。
殿下と呼びかけられた女は首を傾げ、しばらく考え込んだようすを見せた。
「なんというか、こう……空しいというか、胸がむかむかするというか」
「反吐が出る?」
ああそれだ、と女は頷いた。
率直な物言いに男は吹き出した。
老人を壁にもたれさせると軽い足取りで女の隣に立つ。窓に足を掛け、身を乗り出して彼女が眺めていた光景を視る。なるほど確かに醜悪で滑稽だ、と男は同意した。
「さあて、これからどうします王女サマ? 目を覆いたくなるほど悲惨な復讐劇を繰り広げるもよし、未練も恨みもすっぱり断ち切って新しい世界に踏み出すのもよし、だ。お好きなよーにしてください。俺は【契約者】であるあんたについていくことにするとしますから」
「私が死ぬまで、か」
「そうそう。死がふたりを分かつまで……ってこれじゃ、ほぼ結婚の誓いじゃないです? 悪かないですけど」
きょとんとした表情の女に、男は呆れたような目を向け、笑った。変なやつ、と付け加えられた評価にはむっとしたように唇を結ぶ。微かな感情の揺れ動きも、すぐそばで見ていれば男はわかるようになった。
「あんたが望むなら、天国の門でも地獄の果てでも送迎してやります。せいぜい、面白いもんを見せてくださいよ、アリス」
「善処しよう」
生真面目な女の返答に、男はまたしても笑いがこみ上げてきたのだった。
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