オオカミさん

はるむら さき

オオカミさん

赤頭巾ちゃんも、猟師さんも、御存知でない。これは、私と彼だけの物語。


森の奥へと捨てられて、忘れ去られたこの老婆が、どんな寂しさの中で震えていたのか、オオカミさんだけが知っている。

晴れた日は、野の花を摘んできてくれた。

雨の日は、小鳥のうたを歌ってくれた。

風の日は、樹々の話す噂話をこっそり教えてくれた。

どんな日でも毎日、私のもとへ来てくれたのはオオカミさんだけだった。

ある日、大粒の涙を流して彼が現れて言った。

「ぼくとあなたはお別れです。けれど、あなたに寂しさが訪れることは、もう在りません」

どういうことかと尋ねようとしたら、その大きなお口で丸のみにされた。

ああ、そうか。彼はお腹が空いていたのね。

こんな枯れた老婆で、あなたのお腹が満たされるかしら。


そうして、しばらく経ってから、暗いお腹に光が差した。

猟師さんが引き裂いてくれたのだと知ったのは、それもしばらく経ってから。

私のかわいい赤頭巾ちゃんが、助けを呼んでくれたのだって。

私は、かわいそうな被害者として、村にふたたび迎え入れられた。


オオカミさんの涙のわけが、今になって分かってしまった。

彼は自分を悪者にして、私を深い森から逃がすため、あんな事をしたのだと。

どうして、あの時すぐに思い至らなかったのか。彼が人間を食べるはずもないのに。

だって彼は神さまなのだもの。


彼と私がはじめて会った時、言っていたの。

いつの日にか捨てられて、森の奥へと忘れ去られた、彼はこの森の神さまなのだと。

「こんなところで、ひとりでお寂しいでしょう。ぼくでよければ、あなたの側におりますよ」

ひとりぼっちが寂しいことは、ぼくにもよく分かるんです。

ぼくもこの森に、たったひとりきりだったから。


オオカミさん。

たったひとり、こんな老婆を助けるために、その身を犠牲にすることなんて、なかったのに。

優しさの大きさが、大きすぎて、私はどうしていいか分からなくなった。

赤子のように泣いて、叫んだ。


ねえ、知らないでしょう。

彼を私を捨て去った、あなたたちは。

オオカミさんは、涙を流したあの日以外、この私に姿を見せたことすらなかったのよ。

いつの日にも窓や、扉の向こう側。

「人から忘れ去られて、今では、化け物のような姿となった。あなたを怖がらせてはいけないから」と。

悪い獣はいつだって、あなたたちの方なのよ。

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オオカミさん はるむら さき @haru61a39

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