第2章 東京連続爆破事件
28話 スタートピストル
≪新宿駅前の爆発事件について、警察は……≫
テレビから女性アナウンサーの声が聞こえてくる。いつも見ているはずなのに画面から目が離せない。原因は画面の向こう側に映っている。
「物騒だな」
新宿駅前で爆発があったらしい。警察が張ったであろうブルーシートと規制線がかなり広範囲に広がっていることから被害の大きさが分かる。日本でこういった事件はしばらくなかったのでテレビでもネットニュースでも大きく取り上げられている。
「ん~」
「おはよう」
朱音ちゃんが自分の部屋から顔を出した。もうお昼近くになるが、目を瞑りながら重い足取りで洗面所へ向かって行く。朱音ちゃんは寝起きが悪く、寝ぐせがとんでも無いことになっている。
「ふぅ」
立ち上がって部屋を見渡す。今日は祝日の振り替え休日だが、部屋の掃除でもするべきか。いろいろ考えながらとりあえずテレビは消さずにつけたまま放置する。
「続いては最近のトレンドのコーナーです。なんとこのチョーカーが最近……」
+ +
森の奥、所々穴の開いた壁、天井からは青い空が見える。床には埃が溜まり、窓ガラスが散乱している。
日本の産業が盛り上がった時期にノリで建てた工場だが山奥のため運搬、搬入が不便すぎて早々に撤退して建物だけが残ったと言ったところだろう。
「お、おい……やめ……」
バンッ。
まるでダイナマイトが爆発したかのような破裂音が木霊する。街中であれば周囲の人間が振り向くような大きな音だが、ここは森の奥。頭が消え、残された体が力なく倒れる。
「おい、いつになったら、次行くんだよ」
「まだ待て。リーダーから指示があるまで待機だ」
「ちっ……」
男が悪態をついている。先日、行った施設から連れて来た男だが、態度がデカくて困る。まぁ、リーダーの計画に必要だから我慢するしかねぇが。
「みんなお疲れ~」
「リーダー」
「そろそろ、プラン2を実行するからみんなに情報を……ん?ナニコレ?」
「あぁ……それはあのバカが勝手にやったヤツだ」
床には顎から上が無くなっている死体が転がっている。傷口と思われる場所は焼け焦げたようになっている。焼けた肉と血の匂いが少しばかり漂ってくる。いくら山奥の廃工場とはいえ人が来ないとも限らない。
「えぇ……まぁ、どのみち
「あいあい」
「なんでこんなやつ連れて来たんだ?」
「しょうがないでしょ、ブルー。君の計画に必要だと思ったんだから」
「……」
ブルーと呼ばれる男は爆破男と同じようにリーダーが異能力者収容施設から連れて来た男だ。この男にもリーダーとは違う計画を持っているためお互いに協力するらしい。紺色の上着のジッパーを口元まで上げていてフードを深くかぶっているため顔もほとんど見えない怪しい男だ。
「で?次は何やるんだ?」
待ちきれないと言わんばかりに爆弾男が立ち上がる。それを聞いた
「まずはこの国の中枢をぶっ壊す」
+ +
「課長!データベースの照合終わりました」
「どうだった?」
「やはり、奴です。爆発の異能力者、
「やはり……逃亡した連中の中に居たか……」
2週間ほど前に起きた異能力者の特別収容施設襲撃事件。そこで約6割の異能力者が逃げ出した。その6割のうち半分はすでに再収用されているが残りの半分、つまり収容者の3割はまだ捕まっていない。篝もそのうちの1人だ。
「傷害事件……未遂も合わせると14件、殺人が3件ある要注意人物ですよ」
「……こいつだけは早急に再逮捕しないといけませんよ」
「あぁ……捜査は警視庁に任せるしかない。だが居所が分かり次第、我々で逮捕するぞ」
「はい!」
先ほどまでどんよりとした空気が流れていた会議室に重なり合った声が響き、空気が震えた。今回の相手は只者ではない。日本よりも強力な対異能力者対策を施しているアメリカや中国などで事件を起こしているにも関わらず、その正体もほとんどつかめていない。
「課長。例の件は……?」
「そっちはもう既に通達が来た」
「では……」
「あぁ……アメリカの異能力者専門の特殊部隊を数名、派遣してもらえることになった」
BSC……Bureau of Special Crimes(特殊犯罪対策局)。我々と同じように国民の目に触れない所で異能力犯罪者の捜査や逮捕などを行っている秘密部隊。
今回のテロ事件を早期に解決するため公安の権限を使って交渉したが、まさか本当に許可が下りるとは思っていなかった。異能犯罪者の対策をする者たち……必然的に異能力者の可能性が高くなる。異能力者数が世界で第2位のアメリカと言えど貴重な人材のはず。
「どんな意図があるか……」
+ +
「おはようございます、
「おはよう、
車から降りると目の前には古くから付き合いのある友人が立っていた。衆議院選挙の時にもいろいろな根回しをしてくれた優秀な人材だ。彼のおかげで公務も順調に進んでいる。
「珍しいな君がここに居るのは」
「えぇ……この後の委員会会議の後、お時間を頂きたく……」
「あぁ、良いよ。何ならここで聞いても」
「いえ、他の人の耳に入れたくないことなので……」
「……そうか」
彼が秘密の話を申し出るときは私にとって有利になる話の時だ。そして、特定の人間にとっては不利に働くかもしれない内容だ。
視線を周囲に回して確認をする。後ろにいる運転手は締め切った社内に居るため聞こえてはいないだろう。入口の近くに立っている警備員との間にもかなりの距離がある。
「では……会議の後で……」
「あぁ」
+ +
「むぅ……遅いな……」
会議が終了してから30分が過ぎた。彼に鍵って自分から取り付けた約束を破るようなことはないだろう。おそらく、私とは違う場所で待っているのだろう。そう思い、最新のモデルよりも2回りも小さいスマホを懐から取り出す。
「えぇ……っと……ん?」
スマホの画面を開き、近づけたり遠ざけたりして目のピントを合わせていると背後から物音がした。ここは駐車場だが、今日は予算委員会や決算委員会ではないので誰も立ち入らないはずだ。それに……聞こえていた音は車の駆動音でも人の足音でもない。「ドスン」という重い荷物が地面に落ちる音。
「なんだ?」
「ンン……」
そこには人が倒れていた。ここからは頭頂部しか見えない。こちらに頭を向けて蹲っているのだ。
「大丈夫ですか?」
当然、いきなり倒れている人間がいれば声を掛ける。無視して万が一死にでもすればさすがに精神衛生上良くない。
「ンン……」
こちらの呼びかけに答えているのか、もう一度うめき声を上げながら蹲っている。背中が痛いのか、両手で腰の辺りを抑えている。いや……。
「え?」
縛られている。両手を体の後ろに回して、白い布のようなもので縛られている。それだけじゃない。口元にも同じように白い布が巻かれている。まるで猿轡のように噛まされているため、うめき声しか出せない原因が分かった。体調が悪いとか等ではなく、両手と口を縛られて身動きも喋ることが出来ず蹲っていたんだ。
「大丈夫ですか?」
「ン……グ……」
後頭部に手を伸ばし、口元に噛まされている布を取り外そうとするともう1つ変なものを見つけた。首輪……いや、チョーカーと言われるものか。首元をぐるっと一周、黒い……いや、赤い……。
その直後、片松宗重議員の肉体は手榴弾のような衝撃と一瞬で皮膚を焼き尽くす爆炎に身を包まれた。
「さようなら」
+ +
「ここで速報です。先ほど国会議事堂のバスの駐車場で爆発があったとの情報が入りました。現場には今日の委員会に参加していた片松議員と身元不明の男性が発見されました。どちらも重体との……」
「またか……」
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