25話 乱入者

『正義』……タロットカード大アルカナ11番目のカード。

 平等性が確立されていることを示し、感情に振り回されることなく合理的に取り組み、物事が秩序正しく進んでいきます。


 判断基準が曖昧になるため物事の判断を下すことができず、二者択一の場面では特に迷いがちな状態です。

 

 

              +             +


 


 「何の音だ?」


 職員室から化学実験室に向かうため、長い廊下を歩いていると異音が聞こえた。ガラスが割れる音?パリンッという音が何回かしたような気がする。


「どこに居んだ?野中先生」


 さっき職員室に行って野中先生を探したが居ないと言われてしまった。他の先生は化学実験室か準備室で授業の準備をしているかもしれないと言っていた。


「ん?」


 今度はガラスが割れる音ではなく、まるで天井や壁が崩れるような音が聞こえた。前の学校で帝と戦ったときに一度聞いたことがある上、滅多に聞かない音なので忘れていない。


「これって……」


 走り出す。右手の数字からわずかに痛みが走った。


 この高校は私立という事もあり、前の高校より全然校舎が広い。そのせいで最初は教室の配置が分からなかったが今ではある程度把握している。それにしても教室棟と授業棟を繋ぐ廊下まで聞こえるくらいの音がしているのに生徒が一人も窓の外を見ていない。まるで聞こえていないかのようだ。


「……っ!?」


 廊下の窓から化学実験室の窓ガラスが割れているのが見える。嫌な予感が当たったとするなら、今この音を発生させているのは異能力者だという事になる。


「ショートカット」


 廊下の窓を開けて思い切り外にジャンプする。ふわっと体が一瞬浮く感覚で背筋がゾクリとする。


「来い!」


 右手を割れた窓の方に向ける。その間にも体は落下を始めているが、次の瞬間には手から黒い鎖が飛び出していた。その鎖は一瞬で伸び、先端の楔が化学実験室の割れた窓のすぐ上あたりに打ち込まれた。


「ほっ……」


 そのまま鎖が出ている右手と何も持っていない左手で鎖を握る。体はターザンのように鎖に吊るされながら壁に近づいていき、壁に足を付ける。左手で鎖を掴んで体を上に持ち上げ、右手から鎖を引っ込ませる。そのまま壁を駆け上がるように垂直に登っていく。


「撃て!」


「……しまった!?」


 壁を登り終え、ガラスが割れた窓から教室の中の状況を把握する。武器を持った兵士らしき人物が4人それぞれ教室の隅にいる。そして帝の目の前には帝より小柄な情勢が拳銃とナイフを持って襲い掛かっていた。


「撃……」


 女性が号令のようなものを兵士にした。それを合図にさっきまで動かなかった兵士が小銃を持ち上げ狙いを定め始めた。


「させるか」


 息を吐きつつ言葉を捻り出し教室の中に飛び込む。そして、一番窓際に立っていた兵士のヘルメットに覆われた顔を蹴りぬく。


「ガッ……」


 蹴られた兵士は勢いそのままに壁に激突して倒れた。さすが師匠仕込みの蹴りだ。一撃で人間をダウンさせてしまった。


「手、貸すぜ!帝」


「零!」


「う……撃て……」


 隣でダウンしている兵士以外の三人の兵士は先端に黒い筒状のアタッチメントを取り付けた小銃をこちらに向ける。


 実弾?ゴム弾?麻酔弾?

 

 どうでもいい。常に最悪を想像しろ。


「ふっ」


 足元にあった椅子を左手で掴み、右手をだらりと落す。椅子を自分の前に掲げながら前方に走り出す。姿勢を低くすることで自分の体を椅子の後ろに隠すことが出来る。


「は……速ぇ」


「くそっ……こいつも異能力者か……」


 銃声を聞いたことは無いが思ったより大きな音と共に弾丸が発射される。しかしそれは椅子に弾かれてどこかに行ってしまった。貫通しないことを考慮すると兵士が下げている小銃は非殺傷の物かもしれない。

 

「なっ……ゴハッ」


 兵士の1人の前にたどり着いた。走って来た勢いを殺さずにそのまま勢いを付けて持っていた椅子で兵士を殴る。バキッという音を立てながらヘルメットにひびが入り兵士の体はフラフラと揺れた後、力なく倒れた。


「……くっそ」


「α!」


 残った兵士は二人。一人は教室の対角線に居るため距離がある。狙いを近い方に絞る。


愚者The Fool


「『動くな』!」

 

「なっ……」


 こちらを撃とうとしていた兵士の動きを帝が止める。帝の方を見ると謎の女と距離を取っていた。

 

 さきほど駆け出した時に他の椅子に鎖を結び付けておいた。その鎖は右手に繋がっている。右手を振るい、モーニングスターの要領で近い方の兵士に向かって先端に結び付けた椅子をぶつける。


「ふぅ~」


「帝、こいつら何?」


「分からん。おそらく国の人間だと思う……」


「はぁ……はぁ……」


 帝が相手をしていた謎の女性は肩を上下させながら息を切らしている。謎の女性と残りの兵士一人。2対2だ。

 

「我々は、公安の特異異能対策課の者だ」


「「!?」」


 教室の入口に誰か立っている。見た感じ40代ほどの黒いスーツを着た男性だった。集中していたからか全然気が付かなかった。


「……課長」


「あぁ?」


 課長。おそらく目の前にいる女と兵士共のリーダーだろう。

 

「……なぜ俺たちを狙う?」


 帝が声を張り上げて、相手に聞こえるように話始める。帝は一瞬で状況を理解して最適な質問を投げかけた。


「悪いが話は署で伺うとしよう」


 男が掌をこちらに向けてくる。この状況で考えうるのは1つだけ。異能力の使用。


「警戒しろ」


「あぁ……」


 数瞬の間が開き、教室内に張り詰めた空気が充満しきった瞬間、黒スーツの男が口を開いた。

 

「いや……やめておこう。今後の関係を考えればここで殺し合うのは得策ではない。それに大人しく確保できそうにもない」


「ですが……」


「そうだな。こちらとしても敵意のない相手と戦うのは不本意だ」


「え?……敵意無い?これで?」

 

 学校で無理やり奇襲を仕掛けてくるくらいには、割と殺しに来ている気がするが。

 

「あぁ。俺たちを本気で殺す気ならば、遠距離からの狙撃で終わっているだろう。つまりこいつらの目的はあくまで俺たちの拘束であって殺害ではない」


「まぁ……確かにさっき話を伺うとか言ってたしな」


 確かにわざわざ異能力者と正面から戦闘するよりも狙撃や毒物などを使った方がはるかに安全かつ効率的だ。まぁ、狙撃や毒物でも死なない異能力者もいるとは思うが……。


「とりあえずお互い話し合いが出来るようにはなったようだ」


「まずは目的を聞きたい。なぜ国の人間が俺たちを捕らえようとする?殺し合いの参加者でもないのに……」


「!?……課長」


「あぁ、もしかしたらと思ったが……やはり君たちもか……」


「まさか……」


「あぁ、我々も「世界」を望むものだ」

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