第21話 Hell is empty and all the devils are here
「朱音ちゃん、急いで校舎に逃げて」
「?」
「おいおい、喧嘩をしに来たわけじゃねぇんだよ」
「……」
姿は最後に見た時から変わっていない。目元が隠れるくらいの黒髪に綺麗な鼻筋の顔に妖艶な笑みを浮かべている。違うのは服だった。前回あった時はラフな格好だったが、今は後ろにいる大男共々、スーツを着ている。
「これっ」
「!?」
悪神が何かを下からこちらに投げて来た。それは軽い放物線を描きながらこちらに向かってくる。
警戒。
あれは……スマホ?
「これは……俺の……」
あの日、あの雑居ビルに落としてきたものだ。スマホケースの傷や汚れ具合も一致している。間違いなく俺のスマホだ。
「なんで……」
「優しいだろ。わざわざここまで届けに来てやったんだから」
「そうじゃねぇよ。なんでこの学校に居るってわかったんだよ」
俺はあいつと出会ったとき私服を着ていたし、あいつには高校に関して一切話していない。俺がこの高校に居るという情報は知らないはずだ。
「まぁ……いろいろとツテがあるもんで……」
「あっそ……それで?」
「それでって?」
相手は周りに人が居てもお構いなしで殺しに来るような奴だ。周囲には送迎を待つ間に俺たちの方をチラチラと見ている生徒がまだいる。会話が効かれないように一歩ずつ近づき会話のボリュームを下げていく。
「ここでやんのか?」
「俺はどこでも構わないよ。君の死ぬ瞬間の感情さえもらえれば……」
奴は口角を上げて、目を細める。こちらも出来る限りの臨戦態勢を取るが、奴自身はおそらく近接戦闘が不利だという事に気付いている。そして俺には近接戦闘以外での武器が無い。この状況ではとにかく近づいて間合いを潰すことが最優先。
「そんなに俺とヤリたいのかな?」
「勘違いすんな。殺すぞ」
「それそれ……良いね」
どうする。今、帝がどこにいるかは分からない。そのため加勢は望めない。そのうえ朱里ちゃんを戦いに巻き込むわけにはいかない。俺一人で何とかしなければならない場面。考えろ……。
「な~んてね。今日は別に戦いに来たわけじゃない。本当にただそれを私に来ただけさ」
「信用できるとでも?」
「あぁ……だって、俺が殺す気ならもう3回は死んでるよ」
「……っ!?」
そういって悪神は親指で後ろを指差す。後ろには大柄なスーツの男が二人、拳銃を持って待機していた。大っぴらに見せびらかすのではなく。拳銃を持っていない方の手で隠すように、しかしこちらには分かるように持っている。
「君、銃は効くだろ?」
「チッ……」
俺の異能力は異能力に対してのみ発動する。しかし、異能力の関与しない重火器等はどうしようも出来ない。そのうえ今は朱音ちゃんも居る。
「……零」
朱音ちゃんを自分の体で隠すように少し斜め前に出る。
「ハハッ……こんな人がたくさんいるところでいきなりぶっ放したりしねよ」
奴はニヤニヤとしながら会話が聞かれないように耳元で囁いてくる。
「悪神さん……そろそろお時間です」
「あぁ……マジ?もうそんな時間か……」
悪神の背後に立っていた男たちのうちの1人が口を開く。もう一人の男はいつの間にか車の運転席に座ってエンジンをかけていた。
「そっか……じゃあ、お別れだ。またね」
「もう二度とお前の面、見なくて済むように祈るよ」
「ハハッ、どうせすぐ会うことになるよ」
+ +
「祈る……ねぇ」
暗い車内で悪魔は小さく呟く。
「着きました」
「うん」
助手席に座っていた部下が目的地に到着したことを告げて車外に出る。そのまま俺の左にある扉を開ける。
「ボスがお待ちです」
「あぁ……すぐ行く」
扉を開けた部下が一言だけ俺に告げて正面の建物の扉を開けるために走って行った。そのまま俺は歩いて建物の中に入っていく。
都内でもかなり高い部類に入るビル。表向きにはここが組織の本拠地という事になっている。しかし、この建物が使われるのは定期的な会議や組織にとって非常事態が起きた時くらいだ。今回は定期的な会議で呼ばれた。
「ボディチェックを……」
「はいはい」
入口から入って正面にある扉には塞ぐように男が二人立っている。二人はこの建物に入って来る人間をチェックするのが仕事だ。それは下っ端だろうが、幹部だろうが変わらない。
「よし、確認出来ました。どうぞ」
「ありがとう」
扉を通り抜けて、エレベーターに乗る。複雑な構造になっているこの建物の中でも一番シンプルで会議の場所に直接つながっているエレベーター。これに乗ることが出来るのは幹部、もしくは準幹部と幹部に同伴する許可が下りた部下のみ。
「ふぅ~」
小さく息を吐きながら、鏡張りになっているエレベーターの壁を見る。少し崩れているスーツを整えて、うなじの下あたりを軽く触れる。
このエレベーターは他の階では止まらず直接、会議部屋に繋がっているため短時間で高層階に到達した。
「オイッ!おせーぞ。悪魔」
「ゲッ……」
エレベーターの扉が開くなり目の前には黒いスーツに身を包んだ男と和服を着こなして腰に刀を差した男、そして全身を白の服で揃えた幼女が居た。
「気安く呼ばないでよ。君に言っていいなんて言った覚えなかったんだけど」
「ハァ?知らねぇよ。テメェが一番年下なんだから、一番最初に来るのが礼儀だろうが」
「別にちょっとしか変わらないだろ。それに
「テメェ、アホか?俺はまだこいつを幹部って認めてねぇよ」
そう言って扉の前でじっと知恵の輪と格闘している幼女を指差す。幼女はハッとしたようにこちらを向く。
「あっ……
「はい、飴上げる」
「ワーイ」
幼女は感情の起伏の少ない声で喜びの声を上げた。速攻で飴の包装を剥がして口に運んだ。剥がした包装はその場に捨てる。
「……っ!たくっ、だからその場に捨てんなっていつも言ってんだろ」
「知らない、プイッ」
「はぁ?」
「そこまでにしておけ、全員揃ったのだ。行くぞ」
「……はいはい」
刀を差した長髪の男は目を閉じつつ、自分の周囲の人間たちに声をかける。それに答えるように返事をしつつ扉の前まで歩みを進める。
「……ボス、入ります」
スーツの男は拾った包装紙を握りしめながら、舌打ちをしてエレベーターの正面にある扉の前に向き直す。そして乱れた髪を手で後ろに回してから扉を開く。
部屋の中にはまるで海外の映画にあるような長テーブルを2つ繋げただけのテーブルとそれに応じた数の椅子、そして黒い壁と床と天井。椅子はすでに幹部で半分ほど埋まっている。
「これで全員揃ったね」
「はい」
「少し明るくしようか」
入口から一番遠い椅子に座っている男性が手を上げると壁に景色が浮かび上がり部屋の全体が光に照らされる。この部屋の壁はマジックミラーなどではなくただの映像の投影機だ。外の景色を壁に投影してガラスのように見せているだけ。このほかにも盗聴や盗撮などを妨げる仕組みが組み込まれている。
「さぁ……みんな、話し合いを始めよう」
この場で最も血に染まった手を下ろしてボスは含みのある笑みを浮かべた。
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