第20話 再臨
「あっ!久しぶり~」
「お久しぶりです」
「悪魔」と戦った日から3日後。全身の痛みはまだ少し残っているが、何とか普通に学校に行けるまでには回復した。俺を担当した医師も驚いていた。ひびが3日でほとんど消えていたのだから。
「おっす~。それでさ……」
永遠さんと話をしていた女子も流れで俺に挨拶をしてくれた。しかし、すぐに永遠さんとの話に戻った。どうやら大して俺に興味は無いみたいだ。
「だからほんとなんだって……ほんとに人が飛んでたんだよ」
「えぇ……見間違いじゃなくて?」
「ホントホント。翼の生えた人間が他の人の首を掴んでビルに突っ込んだんだって。なぜか全然ニュースになってないけど……」
「どう思う愚上く…………どうしたの?」
急に話を振られただけじゃなく、ばっちり俺の記憶に当てはまっている情報だったので内心びくつきながら返事をする。
「っ!?……いや、何でもない……です。人が飛ぶなんてちょっと信じられないなぁ~って」
「ほら~」
「ホントなんだって」
永遠さんも信じられないといった様子だ。そもそもあんまりニュースで取り上げられないのにも理由がある。帝がマスコミに圧力をかけて情報を統制したらしい。
「ほら、もう授業始まるよ」
「信じてよぉ……」
永遠さんの友達はしぶしぶ言いながらも自分の席に戻っていった。正直、内心冷や冷やしている。なんせ事件の当事者のひとりなのだから。
「そう言えば……愚上君、妹居たんだね?」
「え?……あ~まぁ……はい」
「中等部の子たちがさ、言ってたよ。めっちゃ可愛いって」
「そうっすか」
学校に転校するにあたって、帝が朱里ちゃんの苗字を愚上に変えた。周囲の人間には兄妹という事にしてある。そっちの方がいろいろと都合が良いそうだ。
「妹居たんだね」
「まぁ」
「いいな~。私、一人っ子だから羨ましいなぁ」
「ハハハ~(棒)、そんなことないですよ」
正直、妹という生き物が分からない。一応、実の姉はいるが異性として意識したことなど一度たりとも無い。絶対にない。ありえない。想像するだけで吐き気がする。
「でも、転校してくるタイミングがズレてるのはなんで?」
「いや……それは……その、前の学校でいろいろあったんで……」
何とかその場で考えた言い訳を試す。これを言っておけばそこまで深堀してくる人は居ないだろう。
「そっか……まぁ人にはそれぞれ事情があるからね」
読み通り永遠さんはそこまで追求してこなかった。そのタイミングで担任が教室に入って来た。クラスの人間が静かになり、それぞれ自分の席に座っていく。
+ +
「ねぇ~あかりん」
「……」
「無視しないでよ~」
「あかりんって呼ばないでください」
「なんで?朱音ちゃんだからあかりんで良いじゃん」
「……」
この女子は母親の母胎の中に遠慮というものを置いてきてしまったのだろう。私が距離を置こうと嫌味な態度を取っても、離れてくれない。それどころかもっと親密になろうと近寄って来る始末だ。
「友達とかそういうの……いらないんで……」
「えぇ……でもあかりん、次の授業の教室分からないじゃん」
「う゛……そうですけど……」
確かに彼女の言う通り、私はこの学校に来たばかりで右も左も分からないという状態だ。さすがにこの学校に慣れている人間の手助けは必要なのかもしれない。
「でも……」
「でも……何?」
私の力は制御できない。彼女が私の傍に居続ければ、そのうち不幸なことになるかもしれない。
「私、先生に聞いて一人で行くので……」
「……待って」
「っ!?」
振り返って歩き出そうとした瞬間、後ろから手を引っ張られる。そのため後ろへ倒れそうになるのを何とか踏ん張る。
「ちょっと……触らないで!」
「え……」
思い切り手を引っ張って駆け出してしまった。すぐ後ろで何か言っている気がするが、今はそれどころじゃない。
「……触っちゃった。どうしよう」
幸いなことに零と暮らし始めてからあの死神はほとんど現れなくなった。現れるとしてもいつも一人のときだけ。でも……さっきあの子に触れられた時、目の前に一瞬だけ奴が現れた。
「なんで……なんでこのタイミングで……」
ただ人の居ない所を目指して廊下を走る。
+ +
「はぁ……はぁ……」
トイレに駆け込んでどれくらい時間が経っただろう。もう次の授業は始まってしまっただろう。廊下からも誰の声も聞こえない。
「もう良いかな?」
授業が始まってしまえばさすがにあの子も追いかけてはこないだろう。この授業はサボって、次の授業が始まってから謝ろう。
「……」
トイレを出て、静かな廊下を歩く。教室や外の校庭から生徒や教師の声が聞こえてくる。学校に来ること自体、あの事故以降久しぶりだ。
「はぁ……はぁ……見つけた」
「え?……は?」
なんかいる。走ってきたため滅茶苦茶息を切らしているのか肩が何度も上下に揺れて、息が荒くなっている。
「なんで……」
「……ごめん。あなたの気持ちも考えずに……」
彼女は未だに息を荒くしながら、言葉を紡いでいく。ダメ。それ以上近づいたらあいつが……。
「でも……私、あなたとお友達になりたいの……」
「わたしは……」
ノイズ。
「タ……シ……シワ……死」
何度か脳内で前の景色がフラッシュバックする。用水路で溺死した女の子、紙を大量に口の中に突っ込んで死んだ男の子。他にもいろいろ……もう誰も巻き込みたくない。
「……!」
あることを思い出す。今日の朝、零にある物を持たされた。黒い金属の輪がつながった鎖の切れ端のようなものずっとポケットの中に入れてあったのだ。零はこう言っていた。
≪もし、学校でも死神が出てきたらこれを握って≫
こんなものに何の力があるか分からないが今はこれに頼るしかない。
握る。
「……死屍死死s……」
消えていく。何やらブツブツと呟いていたがその声すら霧が晴れていくように消えていく。
「これ……」
「……嫌ならもうあかりんとか呼ばないから……その……」
「あっ……良いですよ」
「え゛?」
「え?」
私が彼女の後ろに居た死神へ意識を割いていた間、彼女は何やらいろいろと話していたらしい。話が知らない方向に進んでいた。
「ど……どうして……急に……」
「……気が変わりました」
「えぇ……」
「よろしく」
手を伸ばす。今度は死神の手ではなく自分の手で。
+ +
「その……ちょっと近くない?」
「そんなこと無いよ。兄妹だったらこれくらい普通だよ」
授業が終わり、放課後。何故か異様に朱里ちゃんの距離に疑問を持ちつつ歩いている。中等部と高等部では授業の終わる時間が若干違うのでいつも先に帰っていてと言っているのだが、朱里ちゃんはいつも待っている。
「それ……何?」
「これ、帝がこの住所に来いって言って先に帰っちゃったんだ」
「住所?どこの……」
「調べてみたけど、変なビルの場所だった」
特に関係のない会社やジムが入っているビルだった。正直、なんで来いと言われたのか分からない。何か秘密の組織のアジトとかなのだろうか。…………いや、無いな。
「あれ?なんか人が……」
「ん?ほんとだ」
学校の正面に面している校門の少し前に人だかりが出来ている。この学校の生徒は普段、送迎が多いがここまで人がいっぱいいるのは見たことが無い。人と人の隙間から向こうの景色を見る。
「なんだ……」
どうやら道路に黒塗りの車が停車しており、その車の傍に一人そしてその男を守るように二人の大男が立っている。
「なっ!?……」
車の傍に立っていた男と目が合う。まるで俺が来たことを察知したかのようなタイミングだが、それは当然だ。俺に気付いた男が車から離れてこちらに歩いてくる。
「よう」
「なんで……てめぇが……」
悪魔は嗤う。
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