第19話 「悪魔」 VS「愚者」
「なん……でっ!?」
「……」
奴は無言のまま俺の首を掴んで来た。そして片手で俺の体を持ち上げる。奴は俺より身長が大きいため俺は床に足が付かなくなる。
「グッ……テメッ……」
「aaaaaaaa」
「!?」
悪神の顔には生気がなく、白目をむいている。しかも、その喉元から発される声は到底人間のものとは思えない。
「GAaaaaaaaa!!」
とてつもない声量の咆哮を上げながら、奴は思い切り走り出した。当然、俺の首を掴んだまま。
「なっ!?……まさか……」
そのまさかだった。奴は俺を窓ガラスに叩きつける。衝撃で窓ガラスが粉々になるくらいの力で。
「ガっ……」
しかし、悪神は止まらない。勢いそのままに自分ごと外に飛び出た。背中にヒリつく感覚と、掴まれている喉元に衝撃が響く。声すら出ない。さっきの三角締めでほとんどの力と体力を使い果たしてしまった。腕が上がらない。
「!?」
黒翼。悪神は黒翼を展開して俺を掴んだまま飛行する。そして雑居ビルの前にある大通りの上を通り過ぎ、反対側のビルの窓ガラスに叩きつけられる。
背骨が痛い。肩が痛い。喉が痛い。頭が痛い。ただ痛い。――死ぬ。
「GgggaaaaAaaAA」
悪神は不気味な声を上げてそのまま、また同じように窓ガラスを砕いてビルの中に放り込む。揺れ続ける視界の端であるものを捉えた。
「キャアッ」
「なっ……何だ?」
「ッ!?……くっ……そ」
人だ。向かいのビルにはまだ人が居た。スーツを着た男女が悲鳴を上げながら、席を立ち上がり俺達から遠ざかっていく。
「Gaaaa」
悪神は叫んだり、大声で話し合っている人達の方を向き、その方向に黒翼の先を向ける。そして、この黒翼は人間なんて一振りで殺すことが出来る。
「させるか……」
十分休めて回復した腕で、首を掴んでいる悪神の腕を掴み返す。その瞬間、黒翼が消滅した。それと同時に悪神は白目から普通の目に戻った。
「……ハッ……なんだ?」
「クソ悪魔が……」
「……まさか」
悪神は状況を飲み込めず、俺の喉に手を掛けたままブツブツと何か言いながら考え事をしている。
「……そのまま掴んでろ!」
突如、雑沓の声の中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「帝……」
帝が居た。スーツの集団に紛れていて見ずらいが手に何かを持っている。そしてそれを俺の方に投げた。いや、俺ではなく悪神の方だ。
「『加速しろ』!」
投げたものは釘だった。長さが拳の横幅ほどある割と大きい釘。それが命令を受けて空中で突如、加速し悪神に向かって突き進んでいく。
「……っ!?異能力が……」
「クソ」
疲労とダメージで一瞬緩んだ隙をついて悪神は俺の掴んでいた手を振りほどいて立ち上がり、拘束で飛来してくる釘を避ける。
「しかたない、こちらも消費した状態で別の異能力者を相手できるほど元気じゃないからね。今日は引かせてもらう」
「『待て』!」
「くっ……」
帝は声を張り上げて命令するが、悪神は一瞬だけ体を強張らせるだけで完全に動きを止めることが出来ない。悪神は俺を使って自分自身で開けた窓ガラスの穴から外に飛び出す。部屋の中に居た人が驚きの声を上げる間もなく悪神は消えた。
「ゴホッ……ゴホッ……クッソ」
「大丈夫か?零」
「悪い、帝。ちょっと寝る」
そう言って何とか根性で繋いでいた意識を手放した。
+ +
「あれ?ここ……病院じゃない?」
てっきり病院かそれに近い施設に居るのかと思ったが、ここは明らかに病院ではないのが分かる。黒を基調とした壁紙に床には一面、高級ホテルで敷かれているようなカーペットがある。天井にはシャンデリアみたいなものまでついてる。
「こんなゴージャスな病院見たことねぇな」
とりあえず横にある電子時計が16時5分と表示されているので夕方なのは分かった。しかし、場所が分からないのはだいぶ不安だ。帝に連絡を……。
「うわ~そうだった~~」
スマホはさっきのビルの中に落としたままだった。近くには時計と未開封のペットボトルだけが置かれている。ラベルが張られていないので分かりにくいが、おそらく水だろう。
「うん、水だ」
ペットボトルの水を一口……二口飲み、改めて部屋を見渡す。何もない。部屋の装飾だったり、内装はかなり荘厳な感じだが如何せん物がない。ベッドとその隣にある机、そしてスーツの女の人…………?。
女の人?誰?
「だ……誰っすか?」
黒スーツの女性は暗い色の壁紙で囲まれた部屋の隅に居たため全く気付かなかった。女性は俺が自分の存在に気付いたことを確認すると、耳元を抑えて声を発した。
「帝様、清水です……お友達が目覚めました。……はい、承知しました」
「あの……」
「もうじき帝様がいらっしゃいます。そのままお待ち下さい」
「はい」
なんか話を聞いてくれなそうな感じの女性だ。よく言えば仕事に忠実、悪く言えば愛想がないって感じの。
+ +
「零、目覚めたか」
「あぁ」
数分経った後、帝が来た。帝が女性に指示を出して、女性は部屋の外に出て行った。部屋には俺と帝……あれ?
帝の後ろに隠れていて見えなかったがもう一人居た。朱音ちゃんだ。俺が転校した学校の制服を着ている。そう言えば今日は休日だったが学校に用事があると言って朝から居なかった。
「朱音ちゃ……」
「ん」
俺が名前を呼ぶ前に朱音ちゃんは傍に寄ってきて手を握った。いや、手首か。どうやら脈を確認しているようだ。その後は顔を触ったり、頬を抓ったりしてくる。
「その辺にしておけ。言ったはずだ。生きていると」
「どうしたの?」
「お前が気絶してここに運ばれたと伝えたら、ボロ泣きしたんだ。何とか落ち着かせたが……」
「泣いてない」
言葉を被せるように朱音ちゃんが言い訳をする。確かによく見ると目元が腫れているように見えるし、声も少し鼻声に近い気がする。
「ごめん、ひとつ良い?」
「何だ?」
「ここどこ?」
「ここは父さんが所有するホテルの一室だ。あの現場から一番近くて、一番警備の固い所だ」
「そっか」
ホテルだったのか、どおりで病院らしくない内装だ。病院ってもっと白を基調とした場所のイメージだったが間違っては無かったみたいだ。
「俺も……聞いて良いか?」
「あぁ……」
「あいつは誰だ?」
帝の言うあいつとは駅前の雑居ビルで戦った異能力者の事だろう。正直、俺も名前と顔くらいしか分からないが。
「悪神って……名乗ってた。それ以外はあんま分からない」
「悪神……聞いたことないな」
「俺も」
正直、本名なのかも分からない。口頭で聞いただけなのでどんな読み方かも分からないので勝手に自分の脳内で変換しただけだ。帝は手を口元に当てて、数秒黙って考えた後に口を開いた。
「これは……警戒を強めるべきだな」
「悪い。俺が勝手に尾行したから……」
「いや、別にお前のせいじゃない。むしろ、相手の顔と異能力の一部を確認出来ただけでもよくやった方だ」
「そうだと……良いな」
起こしていた上半身をベッドに下ろして仰向けになる。たったそれだけの行動でも全身の節々が痛む。たぶんどっかの骨にひびが入ってると思う。
「イテテ」
「あんまり動くな。肩とあばら、足も数か所ひびが入っている」
「マジか……じゃあ、おとなしくしとく」
「あぁ……体を休めておけ。体が治ったら忙しくなるぞ」
「……えぇ」
どうやら体が治ってもゆっくりしている暇はなさそうだ。
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