第22話 戦いの基本

「ここか……」


「そうだね」


 帝から言われた場所にたどり着いた。ビルの中に入り、エレベーターで指定された階に着くとやっぱりそこはジムのようで中から少しだけ話し声が聞こえる。


「失礼します」


「来たか……」


「ん……この子?」


 帝と話していたのは女性だった。俺よりも背が高い。足は裸足でヒールを履いている様子は無いのに175㎝程あると思う。長めの髪を後頭部でまとめてキリッとした目鼻立ちがはっきりと見える。


「えっと……」


「零……紹介する。この人は清水しみず 優香ゆうかさんだ。この事務のオーナーで、今日からお前の師匠だ」


「え?」

 

「あぁ……君が愚上君だね」


「いや……はい。そうですけど……えっ?ちょっと待って、師匠?」


 どういうことだ?……師匠?……何の?


 帝は本当にいつも言葉が足りない。要点を最初に言わず、結論だけ話すため話の趣旨が分からないことが多い。思考が溢れて止まらなくなる。疑問がどんどん出てくるがとりあえず1つずつ解決していく。


「師匠って……何の?」


「戦いだ。まぁ……簡単に言えば体の動かし方だな」


「……戦い」


「そうだ。先日の戦いで思い知ったと思うが、正直お前は喧嘩に慣れていない。だから、まずは戦いの基本を学べ」


 確かに俺は他人と喧嘩するなんてこと滅多にしないし、姉弟喧嘩でも手まで出したことはない。姉は頻繁に蹴りを入れたりしてくるがさすがに人を全力で殴ったことは…………あっ、殴ったな。目の前の奴。


「お前の異能力は戦闘に向いていない。そもそも触れることが条件ならある程度、身のこなしが出来ないと話にならないからな」


「異能力って……帝。その……この人は……」


「あぁ……優香さんは異能力者ではないが、異能力を知っている。気は使わなくていい」


「マジか」


「そういうことだから。気にしなくていいよ、愚上君。そっちの女の子は?」


 清水さんは俺の後ろに隠れるように立っている朱里ちゃんに気付いて声をかける。


「この子は……」


「四ノ宮です」


「そっか、君が四ノ宮ちゃんね」

 

 俺が紹介する前に朱音ちゃんが先に名前を言った。積極的に他人と関わろうとするのは初めてかもしれない。なんだかいつの間にか成長した気がする。


「さて……じゃあ……早速、やろうか」


「?……何をですか?」


 筋トレか?それとも準備運動からか?それ以前にこの施設の使い方からかな?


「組み手だよ」


「組み手?」


「あぁ、君の今の実力を見せてもらおうと思う」


 え?早速本番ってこと?いきなり?人と殴り合ったことなどないのにいきなり組み手から始まるのはさすがに無茶があるんじゃ……。


「リングとマットどっちがいい?」


「えっと……じゃあ……マ、マットで……」


 こちらの返事を待たずにどんどん話が勝手に進んでいく。拒否するなら今しかない。じゃないと、格闘技経験者に一方的に殴られるに決まってる。


「あ……あの~俺、初心者なんですけど……」


「あっ!……そうだったね。ヘッドギアとグローブが必要だったね」


「いや……その……」


「あれ?要らない?なら良いけど……」


「あっ……要ります」


「ちょっと待ってて。取って来るから」


「……行っちゃった」


 

 

              +             +



 

「じゃっ……始めよっか」


「うっす」


 もうどうでもいい。腹はくくった。ボコボコにされようが、強くなって生き残るためだ。仕方ない。


「君からでいいよ」


「……」


 集中。おそらく言葉の意図は俺から殴りかかることで組手開始の合図とするという意味だろう。


 人を殴る。


 太古の昔から存在する攻撃手段。最も原始的な得物で誰でも持っている物だ。


「フンッ」


 右の拳を向かいに居る清水さんの顔めがけて突き出す。割と本気だ。


「ホイッ」


 清水さんは俺の右のストレートを難なく躱し、そのまま俺の右側に回る。視界の端の方に消えたため首を右に回して、間髪入れずに左拳のストレートを……。いない。


「……」


 居なくなっている。視界の端に居たはずなのに……あれ?


「ガッ……」

 

 頭が痛い。脳が揺れる。なんだ?……。


 そして意識が途切れ、俺は床に激突した。




               +             +




「……い。……おい。零」


「ん。……帝」


 体を起こす。どうやら俺は仰向けで寝ていたらしい。上体を起こして周りを確認する。清水さんと組み手をした場所から動いていなかった。


「ごめんね。異能力者って聞いたから、つい手加減するの忘れちゃった」


「え~と、はい。すいません。避けられなくて。……っう」


 立とうとするとまだダメージが残っているのか少し立ち眩みそうになるが何とか踏ん張る。顎に痛みがあるのでおそらく顎に打撃を喰らったのだろう。


「これを見てみろ」


 帝がスマホの画面をこちらに見せて来た。その画面にはボーッと突っ立て居る俺と片手をマットに付けて姿勢を低くして俺の視界から外れた清水さんが映っていた。そのせいで俺は間抜けな顔をして清水さんを探している。その後、屈んだ姿勢から清水さんは後ろ回し蹴りで俺の顎を的確に蹴りぬいた。


 俺は意識を手放してダランと後ろに倒れていく。そして俺は床に激突した。


「……」


「これが今のお前だ。このくらいの動きに反応すら出来ないようでは、絶対にいつか死ぬ」


「まぁ……そうだね」


「だから、今日からここで清水さんに鍛えてもらう。死なないようにな」


 確かにもし本当に清水さんが俺を殺す気だったら、俺は今こうして喋れていないだろう。悪神と戦った時も帝が来てくれなかったら死んでいたと思う。俺は正直、帝が提供してくれている環境に甘えすぎている。

 

「清水さん。俺を鍛えてください。お願いします」


「良いよ。最初からそのつもりだから」


 清水さんは床に座っている俺を見ながら、はにかんで返答してくれた。

 

「じゃあ、早速だけど……今日は基礎トレから行こうか?」


「はい」


 


               +             +




「それで……海外そとから入って来た、よそ者というのは?」


「まだ、詳細は掴めていません。ですが、海外で暗躍している異能力者集団という事は分かっています。メンバーは最低でもA級犯罪者で構成されている凶悪な組織です」


 ボスの隣に立っている女性が淡々と情報をみんなに共有していく。何人かの幹部はことの重大さを理解していないのか興味無さそうに椅子の背もたれに寄りかかって資料を見ている。


「ボス、こんなの今までいくらでも居たでしょう?これまで組織の邪魔をしてきた組織は我々が悉く潰して来ました。今更、海外の組織が入って来たところで今まで通り潰せばよい話ではないのですか?」


「まぁ……確かにそうだ。潰すことに変わりはない。だが、今回の相手は簡単につぶせる相手ではないということだよ。J君」


「……」


 Jと言われた女幹部はボスに諭されて、バツが悪そうに口ごもった。この場でボスに直接意見をぶつけられる人間は居ない。


「この資料によると敵は少数とあります。我々の組織が支配している東京で大事を起こせばすぐに分かるはずですが、今日までこのような組織が日本に入って来たという情報はどこからも入ってこなかった」


「敵は情報をほとんど漏らさない。海外に居る友人にも聞いてみましたが、情報はほとんどありませんでした」


「ヒヒヒッ。この件について一番詳しいのは悪神氏では?」


「あぁ……そうだな。説明してもらおうか、悪魔」


 幹部が互いに意見を出し合う中で俺の名前が出た。確かに心当たりはある。この件に関しては俺から説明するのが早いだろう。


「ボス、説明の許可を」


「良いよ。許可なんか取らなくても。戦いの基本は敵を知ることからだからね」


「ありがとうございます」

 

 そう言って、立ち上がる。7人の幹部とボス、そしてボスの秘書兼護衛を含めた9人に説明をするため少し声を張る。


「では……説明させていただきます。異能力者同士の殺し合いについて……」


 資料の中にある単語が含まれていた。敵組織の首領の名は……。


 「吊られた男Hunged Man


 敵はおそらくこの戦争ゲームの参加者だろう。

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