第9話 Death exists everywhere

「ここだ」


「マジか!?」


 帝に連れてこられた新居の部屋番号は2010号室。20階の一番奥にある角部屋だった。そもそもエレベーターが付いているマンション自体始めて見るので、俺が住んでいた地域との差を体感する。


「あぁ……もっと高層が良かったか?」


「いや、もっと低層で良かった。というか、もっと安い所でも良かった」


 本来なら絶対学生が一人で住んで良い場所じゃない。この階まで上るためにエレベーターを使ったが同じく一階からエレベーターに入ってきた女性は俺たちの事を不審な目で見ていた。


「そうか。まぁ……すでに契約済みだから我慢して住め」


「まぁ……別に不満があるわけじゃないけど」


 正直、高層マンションがどんな風になっているのか俺達庶民派見ることすら出来ないので楽しみではある。帝は懐から部屋の鍵を取り出してカギを開錠して扉を開ける。


「すげぇ……」


 中に入ってまず最初に感じたのは新築のようなにおいだ。それから壁の白さ。普段見ることのない景色にかなり圧倒されてしまう。


「そうか、割と手ごろな物件を探したつもりなのだが」


「これが?」

 

「……まぁ……俺も物件探しは初めてだったので部下に任せてしまった」


「それでここを選ぶ部下も部下だと思うけどなぁ……」


 やはり財閥というかお金持ちの関係者は庶民と金銭感覚が違うらしい。こんなところを手ごろだなんて言えるなら帝の自宅はもっと大変なことになっているのだろう。


「よしっ。それじゃ……まずは、情報を整理するか」


「あぁ」


 まだ家具もないリビングの中心に二人で座り込む。本来なら盗聴や盗撮などを警戒するべき話だがここは引っ越した初日なので確認は必要ないと思う。

 

「俺たちはタロットゲームの参加者。0番目の「愚者」と4番目の「皇帝」だな。ゲームの参加者には体のどこかにその者に対応した数字が刻まれている」


「そう言えば、俺。帝の数字見たことないんだけど」


「そうだったな」


 思い出したように帝は答えた。するといきなり制服を脱ぎだした。そして制服のYシャツを脱ぐとそこに4の数字が見えた。それは彼の左胸の上の辺りにあった。ちょうど心臓の少し上の位置だ。しかし、俺の数字とは違う部分があった。


「何それ。王冠?」


「あぁ……おそらくな」


 帝の数字は王冠らしき模様の中にギリシャ数字でⅣと書いてあった。どうやら人によって刻まれている数字の形や模様などが異なるらしい。俺は右手にシンプルな「0」が書いてあるだけだ。


「皇帝だから?」


「そうだな」


 帝は脱いだ制服を着ながら話を続ける。


「参加者は22人。殺し合うということ以外、特にルールは伝えられていない。優勝者には自分の望む世界を与えると言っていたな」


「まぁ……参加しないと能力者本人じゃなくて周りの誰かが殺されるっていう縛りはあるけど」


「そうだな。……能力についても分かっていないことだらけだ」


「俺の能力はただ異能を無効化するだけだけど、帝はかなり複雑だもんな」


「あぁ……出来ることは多いが、その分制限も多い」


 それも知っている。人や物に命令できるという異能力はかなり強力だとは思うが、どこまでが命令になるのか分からないこともある。


「俺の命令はハッキリとした意志と相手に聞こえるくらいの声量の声が在って初めて作用する。どちらかが欠けると異能は発動しない。また、生物以外に対して命令する場合はいいが生物に対しては聞こえていないと発動しない」


「それって……相手の耳が聞こえていないと発動しないってこと?」


「あぁ……命令が聞こえないという事になるからな。最初の2つの条件を満たしていないことになる」


「そっか」


 帝は自分自身の異能についてかなり理解度が高い。それなりの時間自分の力の事を研究したのだろう。他の異能力者もそうなのだろうか。自分のように生活の中で突然そういった力に覚醒したりするのだろうか?そもそも俺の異能力はいつ発現したのだろうか。


 リビングの中心を見つめながら思考を巡らせる。部屋は夕日に照らされてオレンジ色に輝いていた。


「お前の異能力についても試したいことがある」


「え……俺?」

 

「あぁ……『浮かべ』」


「うわっ」


 帝は突然自身の制服のポケットに入っていたボールペンを手に取って、そのペンに命令した。そのペンは帝が手を放しても重力という法則に逆らって空中に留まり続ける。


「触ってみろ」


 帝に言われるがままそっと人差し指で軽くペンに触れる。先ほどまで無重力空間にいるかのように空中に浮かびあがっていたボールペンはふと思い出したかのようにフローリングに落下した。

 

「……」


「やはり能力の強制解除、無効化といったところか」


「そうだね。どこまで無効化できるかは分からないけど」


「今のところ無効化できたのは、俺の命令と物質に対する命令だけだな」


 先日の学校での戦闘を思い出す。帝はいろんな物体に命令していた。壁、床、ガラス片、サッカーゴール、自分自身の体。

 

「他は……何かあるのかな?」


「さぁな……だが、異能力については政府ですら詳細に分かってはいない」


「そうなのか?」


「そもそも異能力者自体、日本に何人いるかすら分からない。もしかしたら俺達2人だけってこともある」


「マジ?そんなことある?」


「もしもの話だ。「世界」はゲームの参加者について日本人だけとは言っていなかっただろ」


「そっか……海外にもゲームの参加者がいるかもってことか」


「あぁ」


 確かに「世界」は俺たちが参加者であるという事しか言っていなかった。帝以外の他の参加者については一切話していなかった。今になって聞いておけば良かったと思ってしまう。タロットゲームに関する情報がほとんどない状態で参加するのはかなり危険だと思う。


「海外か……英語苦手なんだよな」


「おい、呑気なことを言っている場合じゃないぞ。海外の人間は日本人とは価値観が違う、平気で殺してくる人間もいるという事を知っておけ」


「お……おう」


 ふと視界の端に部屋の時計が映った。時刻は16時半、何をするにも少し微妙な時刻だ。外はオレンジ色に染まりつつあり、部屋も同じ色に染まっている。


「どうする?16時だけど……」


「そうだな。俺は今日、学校を出入りしていた人間を調べなければならないから帰る」


「分かった」


「お前もネットか何かで異能力者について調べておけ」


「了解」


 そういった帝は10分ほど経った後、帰宅していった。部屋には俺一人だけが残された。オレンジ色に染まった部屋、所々に真っ黒な影が隠れている。ここで初めて俺は一人暮らしなんだなという自覚が芽生え始めた。


 ちょっと寂しい。

 


              +             +


 

 

「目黒さん、この資料は?」


「あ?あぁ……それはな、連続怪死事件の資料だよ。何件も関連事件が起きているのにほとんど証拠がないから少しでも関係してそうな資料を全部漁ってんだよ」


「最近、家帰ってないっすよね」


「あぁ……ちょっとお前も手伝え」


「はいはい」


 目元に隈が見えるほど疲れ切った上司のデスクから資料を半分ほど持って自分のデスクに戻っていく。かなりの量がある。さすがにこの量の資料に目を通すのは骨が折れるだろう。


「さてと……」


 上司のデスクから取って来た資料を自分のデスクに広げて1つだけ手に取る。


 この資料も例の連続怪死事件のうちの死亡事件の資料だった。被害者は40代男性会社員。場所は陸橋の高架下の公園の傍らしい。深夜、陸橋の傍から落下し自殺を図ったと思われている。事故現場には多量の血痕を確認したため、科捜研は即死のはずと判断していたが、肝心の遺体がどこにも見当たらなかったらしい。


 そしてその数十分後にその公園付近から通報が入った。死体を見つけたというものではなく、迷子の少女を見つけたという通報だった。しかし、飛び降り死体は道の真ん中に落下したと思われているが死体を見つけたという報告はなかった。


「う~ん、やっぱ意味不明だよなぁ」


 その資料を広げたまま次の資料を広げた。その資料は別の事件だが、連続遺体失踪事件の関連資料だった。


「被害者は女性、ひき逃げ事件かぁ……」


 今度の資料は20代女性がひき逃げに会ったというものだった。しかし、この事件も不可解なことが多く、1番大きな問題はひき逃げに会ったはずの女性がどこかに消えてしまったというものだ。1つだけ証拠があるとするならこの女性が事故発生時に付けていたピアスが飛び降り遺体失踪事件の現場に落ちていたという事くらいだ。




 

 この事件が始まった時期に他の場所である事件が起きた。児童養護施設でとある少女が脱走したという事件。

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