第8話 近いようで遠い君
「おい、零。ついてこい」
「え?」
授業が終わり教室で帰る用意をしていると帝が荷物を持って俺の席の近くに来た。何事かと思っていると帝が口を開いた。
「お前の家に行くぞ」
「あぁ……そう言えばまだ俺、家見てねえわ」
この学校に転校するにあたって東京で一人暮らしすることになった。どうやら家などはすべて帝が用意してくれるらしい。さすが財閥の御曹司だ。
そうして帝と一緒に教室から出て廊下を歩いている。
「そう言えば、今日隣の女子と何を話していた?」
「え?聞こえてなかったの?」
てっきり聞こえているからこちらの方を見ていたのだと思っていたが、違ったらしい。
「は?あの距離で聞き取ることは出来ないだろ」
「いや、てっきり異能で聴力上げて聞いてたのかと思った」
周りに生徒はいないので異能の話をしても不審がられたりはしないと思い、異能の話題を帝に投げかける。
「たとえ異能力で自分の聴力を上げても普段聞いている音の音量がただ大きくなるだけで、特定の会話を拾って聞くなんていうことはさすがに俺でも出来ない」
「そうなんだ」
命令の仕方次第で何でも出来ると思っていたがそんな便利なものではないらしい。
帝と会話をしながら廊下の端にある階段を降りていく。まだ校舎には多くの生徒が残っているため話し声や喧騒が良く聞こえる。
「それで……何の話をしていたんだ?」
「いや……その……帝って部活とかに入ってるのかなって」
なんとなく怒られそうだったので嘘をつく。しかし実際に気になっていたことだ。帝は高校での戦いを見るに異能を使わなくても身体能力や運動神経はかなり高いと思う。
「俺は……相談部だ」
「は?」
「ん?聞こえなかったか?相談部だ」
「いや。聞こえてるよ。聞こえたうえで「は?」って言ったんだよ」
相談部?名前からして運動部ではないことは分かる。別に帝が文化部にしょぞ属していてもここまで驚いていないだろう。良いにもよって相談部。皇帝様が相談部?
「へ……へぇ~意外だな」
「あぁ……正直、自分でも自覚している」
「それって……あれ、生徒の悩みとかを聞くとかってやつ?」
「まぁ……活動報告書にはそう書いているが実際は空き教室で時間を潰してるだけだ」
「なんで?別にこの高校は強制じゃないだろ?部活」
前の高校も別に部活に絶対所属していなければならないという訳ではなかったが何度か教師に部活には入らないのかと催促されたことがある。
「まぁ……ただ、家に帰りたくないだけだ。なるべく時間を潰してから家に帰りたいからな」
「それって家庭問題?……あっ、やっぱいいや」
他人の家庭事情に首を突っ込むほど人間性が終わっている人間だと思われたくないので質問を取り消した。
「別に深刻な問題じゃない。軽い親子喧嘩だ」
「へぇ……」
親子喧嘩と言っても一般家庭と日本有数の財閥の親子喧嘩は多分問題の内容も事情も全く異なるだろう。3階から1階まで階段で降り、そのまま廊下を歩いていく。まだ4月の終わりなので日は若干短いがそれでもまだ外は明るい。
廊下の窓から渡り廊下とその隅にある自動販売機が見える。帰りに飲み物でも買って行こうかとズボンの後ろポケットを探るが何もない。いつもなら右のポケットにスマホ、左のポケットに財布を入れているはずなのだが……。
「あっ……」
「どうした?」
「財布、忘れた。教室に」
「そうか、外で待っていてやるから取ってこい」
「ごめん」
そういって180度方向を転換して今さっき歩いてきた廊下を走って戻っていく。
廊下を走り、さっきいた教室まで戻ってきた。自分の席の方を見ると隣の席にまだ人が残っていた。教室にはまだ5人ほど人が残っている。
「あれ?愚上君。どうしたの?」
「えぇ……っと、財布忘れちゃって」
永遠さんは何故か椅子に座りながら頬杖をついて外を見ていた。永遠さんの顔も相まってかなり絵になる風景だった。
「へぇ……忘れ物には気を付けてね」
「はい。……あった」
机の中に手を突っ込んで中をまさぐるといつも使っている財布が出て来たのでそれをいつも入れているポケットに入れて立ち上がる。
「あった?」
「ありました。えっと、それじゃ」
「うん。また明日」
「あっ……はい。またあし……!?」
痛みだ。
永遠さんが手を振ったので俺も右手で軽く振り返そうとしたが、突然右手に痛みが走った。どこかにぶつけたわけでも怪我をしたわけでもないのに痛みが出て来た。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない。さようなら」
「バイバイ」
右手を抑えながら吹き出てくる汗を必死で隠す。そのまま永遠さんに別れを告げて教室を出ていく。身に覚えのない痛み、しかも右手の甲から。帝は校舎の外にいるはずなのでここまで痛みは感じないはず。
結論は1つ。この校舎のどこかに異能力者がいる。こちらに気付いているかは分からないがいるのは多分俺達と同じく数字を持っている物だ。近いような遠いような距離感がつかめない。
「はぁ……はぁ……」
「どうした?そんな急いで」
「帝……居る」
「は?」
帝は校舎の正面玄関で待っていたが、俺が異常な様子で走って来たのを不審がっている。俺は何とか息を整えながらしゃべれるようになるまで呼吸を繰り返す。
「この学校に……別の異能力者が……居る」
「何?」
それを聞いた帝は一瞬にして険しい顔になった。目を細めて眉間にしわを寄せていった。
「とりあえず歩くぞ。ここには人が多い」
「あぁ」
正面玄関には多くの生徒がたむろしていた。数人で雑談をしている者たち、一人で迎えを待っている者など様々だが確かに人が多い。俺たちがただの異能力者同士なら気にしないのかもしれないが、俺たちは一応殺し合いのゲームをしている最中だ。
2人で正面玄関から学校の校門に向かって行く。しかし、さっきまでのように会話は無い。まるで盗みを働いたものが警察を警戒するように周囲を確認しながら歩いている。傍から見ればかなり不自然だと思う。
「それで……なぜ、いると分かったんだ?」
「右手に……痛みがあったんだ。参加者同士なら数字のところが痛むだろ」
「確かにそうだが……痛みの度合いで大体の距離感は分かるだろ?」
「そうなんだけど……なんか……近いような遠いような気がしたんだ」
帝はそれを聞くと手を口元に当てて考え出した。その間も俺たちは足を動かして学校から距離を取っている。
「……それを信じるなら。俺たち以外の異能力者がうちの学校にいるという可能性が出て来たな」
「確かに」
「だが、確証は今のところ無い」
確かにそうだ。痛みを感じたというのは本当だが、それだけで学校に異能力者が居るというのは早計かもしれない。本当にたまたま右手が痛んだだけかもしれない。数字が刻まれている部分が痛むという仕掛けはかなり信憑性が薄い。
「俺は数字が出ても、この学校に通っていたが痛みを感じたことはなかったな」
「そうなのか」
「だが、疑うことは大事だ。特にこの状況ではな。生徒を含めて今日学校に出入りした人間を洗ってみるとしよう。何か分かるかもしれない」
「ありがとう」
つくづくこの男が俺の協力者で良かったと感じる。
+ +
「愚上 零。高校二年生。身体的特徴は特になし。身長、体型、体重、視力、聴力、運動能力、すべて平均程度。学力は平均より高い。家族関係は良好。父親は4年ほど前に死亡。母親は仕事をしながら子供を二人育て、姉は実家の隣県の国立大学に進学」
先ほど彼の財布の中に入っていた学生証や身分証を確認した。
既に教室に生徒はいない。外が暗くなり始めても彼女は教室の自身の席から動こうとしない。それはまるで物思いに耽っているような、どこか遠くを見ているような表情だった。
「右手の「0」は消えてないんだね」
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