第6話 持つ者と持たざる者

「えぇ……っと、急にいろいろと言われて混乱してるんですけど……」


「正直、俺も」


 俺達と帝それぞれ席についてから話し合いが始まった。帝の言う話は、俺が帝の学校に転校するというものだった。異能力者同士のゲームの参加者となったので関係者の安全のためとは口が裂けても言えないので、母親に対しては、学業がどうだのと難しい話をしていた。俺自身も初耳だし母親も当然困惑している。


「そもそもあなた誰なんですか?」


「私はの親は皇財閥を統括しています。息子さんの生活をある程度支援できると思っています」


「なっ……」


 母親は帝の言葉に対して理解が追い付かないのか絶句しているが、俺は皇財閥という聞き慣れない言葉に戸惑っていた。

 

「皇……財閥?偉いの?」


「偉いも何も、日本で一番お金持ちとか言われてる会社だよ。皇って聞いた時、少し疑ったけどまさか本物だとは思わなかったわ」


 隣に座っている母親に尋ねるとわずかに上ずった声で教えてくれた。どうやら皇 帝という男は俺が思うよりもずっとすごい人物らしい。


「いえ、本当はこのように権力を見せつけて話すことはしたくなったのですが……」


「それで……零とはどこで知り合ったんですか?学校も多分違うのに……」


「息子さんとは……」


 帝が俺の方をチラリと見て来た。どのような言い訳をするか考えているのだろう。俺は小さく首を横に振って合図する。


「息子さんとは……学校で知り合いました。私が零さんの学校に訪問した時、意気投合して知り合いになりました。零さんには家の事で遠慮されたくなかったので親や家の事は話していませんでした」


「そうなんですか。ありがとうございます。零、友達少ないんでこんな風に友達が家に来ること滅多にないので」


「いや、家に呼ぶのが少ないだけで友達はいるし」


「ホント?」


 母はまるで馬鹿にするように聞き返してくる。確かに友達が家に来ることなど小学生の時、以来だろう。いや……まぁ……友達と放課後遊ぶとかも高校に入ってから一度もないけど。


「先ほどのお話ですが、お答えできますでしょうか」


 先ほどの空気とは打って変わって真剣な顔になり、帝は改めて聞いてきた。部屋の温度がわずかに下がった気がする。

 

「えぇ……先ほどのお話ですが……」


 母の方を向いてどんな返事をするのか予測する。


「零に任せたいと思います。息子が行きたいというなら行かせますし、行きたくないのならお話には賛成できません」


「愚上……」


 母親らしい意見だなと思いながら聞いていると、帝と母が同時に俺の方に顔を向ける。今度は俺が答える番らしい。


「俺は……」



 

               +             +



 


「えぇ~~!!皇 帝が来てたの?家に?」


「うん」


「なんで連絡してくんないの?」


 昼過ぎくらいに大学から帰って来た姉に昼間の出来事を伝えるとなぜが怒られた。どうやら姉は帝に会いたかったらしい。


「なんでそんな切れるんだよ」


「だって、皇 帝ってあのイケメンでしょ?イ〇スタでも有名なんだよ。イケメン御曹司って」


「へぇ……」

 

 まぁ……昨日、そのイケメン顔を思い切りぶん殴ったんですけどね。そんなことは言わずに心の中に留めておく。


「でも、なんであんた皇様と知り合いなの?」


「様って……」


 出会い方がおかしかったからなのだろうか、帝に様が付くとちょっと笑える。それに普段、女を捨てたような生活をしているような姉が急に女の子みたいな言葉を使っているのもちょっと面白い。


「ていうか……転校すんの?零」


「あぁ……う~ん。今考えてる」


「何か高校でもあったんでしょ?」


「うん、なんか校舎にサッカーゴールが突き刺さってた」


「はぁ?何それ」


「さ、さぁ……何だろうね?」


「ふぅ~ん」

 

 焦って少し誤魔化し気味になってしまう。姉は寝転がりながらスマホをいじっているためあんまりこちらにあまり興味は無いようだ。


「でも、まぁ……良かったんじゃない。怪我とかは無くて、あんたまでいなくなったら今度こそ母さん倒れちゃうかもしれなかったし」


「そうだね」


 俺達家族は数年前に父を亡くした。仕事中の事故だったそうだ。父さんが死ぬまで母さんは厳しい人だった。ゲームは一日1時間、テストなどの成績が落ちればゲームを没収したり、今より全然厳しかった。


 しかし、父はそんな母に内緒でゲーセンに連れて行ってくれたりしていた。どちらかというと今の母の性格は昔の父の性格に似ている。無意識なのか意識的にしているのかは分からないが。


「決めた……」


「ん?」


 リビングにあるテレビを見ながらソファに寝転がっている姉と台所にいる母を見ながら『愚者』は静かに決意を固める。



 

               +             +



 

 暗い夜道を一人で歩くものが一人。周りに音は無くその者の革靴が地面を叩く音だけが木霊している。その音はだんだん間隔が狭まっていく。


 当然だろう、今日は10年前のゲームの最新作が発売される日なのだ。いつもはしないはずの残業をしてまで仕事を片付け、土曜日と日曜日をすべてそのゲームに捧げる予定だ。


「ん?」


「……す、……ぐす」


 遠くで電車が走る音と自分の呼吸の音に混じって普段聞かないような音が聞こえる。誰かが泣いている声だ。目の前には車などが通っている割と大きな陸橋がありその下は確か小さい公園になっているはずだ。

 

「えぇ……」


「こ……どこ……」

 

 わずかな恐怖心を抱えながら声の方に近づいていく。こんな時間に泣いている子供なんて正直関わり合いになりたくはないがこれからの休日を心地よく過ごすためにここで何もせず立ち去って後で嫌な気持ちになりたくない。


「あそこか」


 陸橋の真下の公園。フェンスで囲まれた公園の入口付近の近くに手で顔を覆いながら体を震わせている女の子がいた。ちょうど街灯がある場所だったので恐怖心が若干消える。


「お、お嬢ちゃん。どうしたのかな?迷子?」


「……さん、お父さん……どこ?」


「お父さん。……迷子か」


 父親とはぐれてしまったのだろうか。頻りに「お父さん」と呟いている。なるべく怪しまれないように優しい声で話しかける。

 

「お父さんとはぐれちゃったのかな?」


「ううん。お……お母さんも……どっか……行っちゃった」


「そうなのか」


 こんな夜中に子供を放置してどこかに行ってしまう親だとは、厄介だ。親が戻って来たら面倒なことになりそうだ。


「え~っと、交番に行くか。いや、それより警察に電話した方が無難か?」


 警察に行く途中で誘拐などに間違えられたら厄介なことになる。それなら警察に電話して軽く状況説明などをして帰った方が早いだろう。


「じゃあ、おじさんが警察に電話してあげるね」




 以下、会社員 野口 康介と警察の会話記録


 警察:「はい、こちら110番警察です。事件ですか事故ですか?」


 野口:「えぇ~っと、公園の近くで迷子を見つけたんですが……」


 警察:「それはいつ頃ですか?」


 野口:「ついさっき……3分前くらいです」


 警察:「近くに保護者の方などは見えませんか?」


 野口:「はい、公園の周囲には居ません。ん?いや、私はお父さんじゃないよ」


 警察:「聞こえてますか?」


 野口:「はい、聞こえてます」


 警察:「では今いる公園の場所を教えてください」


 野口:「はい、え~っと弥生陸橋高架下南子供広場という公園です。高架下にある」


 警察:「分かりました。すぐに警察隊員が向かうのでその場で……」


 野口:「え?いや、だから私は君の叔父さんじゃないって。いや、叔父さんになってってどういうこと?」


 警察:「大丈夫ですか?」


 野口:「はい」


 警察:「警察官が向かうまでその場で待機していてください」


 野口:「分かりました。え……お父さん。来たって?あっホントだ」


 警察:「どうしましたか?」


 野口:「いや、なんかお父さんが来たみたいで……え?なんか歩き方が変なんですけど。なんかフラフラしていて」


 警察:「大丈夫ですか?危険がある場合はすぐにその場から離れてください」


 野口:「あの~大丈夫ですか?え__」


 警察:「どうしましたか?」


 野口:「いやなんか顔もおかしくて……絶対おかしいって。ちょっと……離し……え?なんで力つよっ」


 警察:「聞こえますか?大丈夫ですか?」


 野口:「ちょっ……離しってって……離せって!!おい!お父さんじゃないだろ!!!」


 警察:「状況を話してください。聞こえますか?」


 野口:「うわぁぁぁあああ!くんな!!いやだぁぁぁぁぁあああ!」


 通報者との通話がきれる。

 

 警察:「弥生陸橋高架下子供広場で迷子の通報在り。なお、通報者は何らかのトラブルに巻き込まれている可能性がある。近くにいる隊員は至急急行せよ」



 数分後、現場に到着した警官は道端に倒れている野口 康介氏を発見。野口氏は意識不明の重体ですぐに病院に搬送された。現場には小さな女の子や男性などの痕跡はなく。野口氏の左手には思い切り強く握られたのか青い痣が残っていた。

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