第5話 休戦協定
「くっ……」
あれだけ重い物体が直撃したのだ、俺なら痛みでのたうち回っているだろう。しかし、帝は苦悶の表情を浮かべながら当たった箇所を抑えているだけだ。
「痛がれよ」
あれで決まると思っていたため、正直打つ手がない。しかし、今以上のチャンスはない。今度はこちらから近づいていく。
「……わざわざ自分から近づいてくるか」
「オラァ」
ネットフェンスが直撃した左半身は痛みで動かないのか、右腕で今までよりずっと力の抜けたパンチを繰り出す。俺の拳も疲労と痛みの積み重ねで本気とは言えない。
帝は俺よりも拳一個分ほど身長が高い。俺は顔面を狙ったはずだが、拳はわずかに下に当たった。ちょうど帝の顎にクリーンヒットした。
「……くっ」
帝は体をふらつかせて、そのまま倒れた。
+ +
「ん……」
目が覚めても夜は明けていなかった。脳が覚醒して改めて状況を理解し始める。
「あっ……起きんのはやっ」
「お前は……」
「一応、縛らせてもらったから。起きてソッコーで殺しに来るのは勘弁な」
隣に座っている男は疲れ切った表情を浮かべながら体育館とグラウンドの間の階段に腰かけている。まず、直感的に頭に浮かんで来た疑問を投げかける。
「なんで殺さなかった?」
「殺す必要が無いから。俺は参加を拒否したら家族を殺すって言われたけど、相手を殺さなかったら殺すとは言われてない」
「……」
やはり、こいつも俺と同じように人質を取られていたらしい。無理やりこの殺し合いに参加させられた人の中には当然、参加に積極的ではない者がいるはずだ。そんな人達も殺し合わせるためにはこのような手段を取るしかないはずだ。
「そうだよな」
「?」
「……うん」
何故か誰も居ないはずの場所から声が聞こえた。若い女の声。誰も居ない場所に人が現れた。まるで一週間ほど前に出会った若い男性のように。
「……やっぱり」
「分かるんだ」
「なんとなく」
「誰だ?こいつ」
愚者の男は目の前の女と知り合いかのような口調だ。しかし、どこか警戒しているような声音が含まれている。
「あ~……えっと、『世界』さんだそうです」
「は?」
「その……22番目の『世界』だそうです」
「この女が……」
こいつが自分を脅して戦わせた張本人。このイカれたゲームを開催した者。徐々に怒りが湧き上がって来た。
「『皇帝』君も『愚者』君も、ちゃんと参加してくれてうれしいよ。これからもしっかりゲームに参加してね」
「なっ……『待て』」
俺の命令は目の前の女には効かず、そのまま女は瞬きの間に消えていた。
「くっそ」
「ゲームは強制参加。最後の1人になるまでの殺し合いか……」
「お前……愚上だったか?愚上は何故あいつに対して怒りを覚えないんだ?」
「え?う~ん。なんていうのかな」
しばらく唸りながら険しい顔で考えた後、口を開いた。
「まぁ……別に強制参加なら仕方がないって言うか、何もなかった生活よりはマシかなって」
「……なっ……そういう考え方か……」
正直、理解は出来ないがこれまでの対話と戦闘を通して、好き好んで人を殺すような人間ではないことは分かった。
「愚上……提案がある」
「ん……何?」
「協力しないか?」
「協力?……良いけど」
あっさりと承諾された。正直、断られる確率の方が高いと思っていた。本気で殺しに来た相手と手を結ぶのは、リスクが高すぎる。
「……悩まないのか?」
「俺も正直、このゲームに関する情報がほとんど無いから」
「最後の方は殺し合うかもしれないぞ」
「まぁ……その時はその時に考えるよ」
楽観的過ぎるというのか、それとも自由過ぎるのか良く分からない人間。それが愚上 零という人間の第一印象だった。
+ +
生まれてから趣味というか、熱中できるものが無かった。勉強も運動もゲームもすぐに飽きたりあきらめたりしてしまう。人付き合いもめんどくさくなったら知らない間に他人になっていたりしていた。
「おはよう」
「おはよう」
自分の席について荷物を下ろした。隣の席では苗字しか覚えていない女子とその友達が仲良さそうに会話している。
「それでさ……」
天気は快晴、春にしては暑いくらいだ。高校生活2年目。未だに友達は数えるくらいしかいない。部活には所属していない。いつも通りの日常。
「そのはずだったんだけどな……」
「うっそ」
「なにあれ?」
「マジ!?」
「えぇ……本当に?」
いつも通り学校に登校するため、自転車で高校の校門の目の前に来ると人だかりが出来ていた。学校前の歩道を埋め尽くすほどの人の塊が出来ている。校門から入って左手のグラウンドに面した校舎の付近には「立ち入り禁止 KEEP OUT」と書かれた黄色い規制線が張られていた。
「……忘れてた」
周りの生徒たちは何が起きているのか分からないと言った様子で慌てる物、呆然とするもの、写真を撮ってネットに上げようとしている物など様々だ。
完全に忘れていた。昨日、
「ヤバくね。なんでサッカーゴールが校舎に突き刺さってんの?」
「いや、分かんねぇよ。朝来たらあんなふうになってたんだよ」
昨日、帝が校舎に向かって投げたサッカーゴールがそのままになっていた。『世界』が創った世界は異能力者だけが存在する世界だった。しかし、別世界で起こったことはこちらの世界にも同じ影響を及ぼすらしい。
「やっべぇ……」
周りの生徒たちはガヤガヤと話しているが俺は冷や汗が止まらない。別世界とはいえ校舎を破壊した犯人の1人なのだ。校舎の入口付近には警官と教員たちが集まりながら話し合っているのが見える。
ズボンの後ろポケットに入っているスマホが振動した。いや、振動し続けている。
「ん?」
スマホの画面を見て驚く。画面には昨日登録したばかりの「皇 帝」の文字が表示されていた。
「……え~っと、もしもし」
≪愚上か?今から家に行く。待ってろ≫
「はぁ?」
+ +
「おぉ……早かったな」
「お前……来るなら……もうちょっと……早く言えよ」
自転車を使って急いで家まで帰って来たので、言葉が途切れてしまう。家の前には見るからに高級そうな黒塗りの車が停車している。その高級車には運転手らしきスーツの男が運転席にいた。
「悪いな。いろいろと後処理があったからため連絡するのが遅れた」
「後処理ってお前……もしかして校舎の件か?」
「あぁ、それ以外にもいろいろ手続きがあった」
「?」
「とりあえず中に入るぞ」
「おい!」
帝は勝手に人の家に入っていく。家には母さんがいるためカギは開いているはずだ。急いで自転車を駐輪させてから家の方に向かう。
「失礼。愚上
「だ……誰?」
母は予想通りポカーンと口を開けて顔に疑問符を浮かべながら、ソファに座りながら固まっている。
「私、皇 帝と申します。本日は急な訪問、失礼いたします」
「えぇ……零。そちらの方は?」
「う~ん……」
理解が追い付いていないため、母は困惑した顔のまま俺の方を見る。説明が難しすぎるのでなんと伝えたらよいか迷っていると帝が口を開いた。
「本日は息子さんの事でお話したいことがありましたので訪問させていただきました」
「え~っと、じゃあ、とりあえず。お茶出しますね」
「お気になさらず」
皇帝が家に来た。
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