第4話 Emperor's crown
「グフッ……ガハッ」
目の前の男はとっさに後ろへ後退した。崩落して断絶された廊下の端まで。
「ふぅ~」
息を吐きだして落ち着きながら息を整えて改めて相手を観察する。
相手の服装はブレザー、このあたりの私立学校の制服は一昨年の受験期の時に見たので分かる。これはこの辺りでは見ない制服だ。当然、この学校のものでもない。
「クッソが……」
相手は悪態をつきながら顔を上げた。その顔はさっきまで確認するほどの余裕はなかったがかなりのイケメンだった。モデルのようにキリッとした眉毛と目、日本人にしては彫りの深い顔だ。
俺が殴った影響か鼻の辺りは赤くなっており、整った眉毛は中央に寄って皺が出来ていた。
「お返しな。恨むなよ」
「この程度は覚悟していたが、俺は肌を硬化させたはずだ。何故だ」
「俺にも分かんねぇよ。でも、あんたの異能とやらはだんだんわかって来たぜ」
「何?」
「あんたの異能、モノや人に命令をする能力だろ」
先ほどの短い間に非現実的なことが多数起きた。すべて目の前の男が言葉を発した後に。
「お前、名前は?」
「
「俺は、
「皇?どっかで聞いたことあんな」
どこかで聞いたことのある苗字だと思うが、どこで見たのか分からない。俺が脳内で検索をかけていると、目の前の男は口を開いた。
「ふんっ……俺も大方、お前の異能の正体が分かって来たぞ」
「へぇ~教えてよ」
「……異能力の強制解除、もしくは無効化」
「そうなんだ」
自分でも自覚してはいないが、そういう能力だったのか。自分の掌を見つめながら思考を巡らせる。今まで目の前の男の命令に従っていたのは俺ではなく他の物体や奴の肉体だけだった。俺自身には何ともない。
「OK。理解した」
「何?」
「これが異能力の感覚なのかな。なんとなく自分の異能について理解した」
「そうか、じゃあ……『潰れろ』」
帝は唸るような声でそっと呟いた。そしてその瞬間、愚上 零の足元の床は持ち上がり、天井はかなりの速度で落下した。まるで間に居る人間を挟みつぶすかのように。
「おっと……」
「なっ!」
俺は持ち上がった床から飛んで真っすぐ帝の方へ走る。先ほどよりも何故か体が軽く感じる。
「『持ち上がれ』」
「何?」
帝は拳を握りしめる俺を前に口を開いた。その瞬間、まるで床が絨毯のように捲れ上がり帝を守る壁の役割を果たした。
「くっそ」
勢いをつけて拳をその元床の壁に突き立てる。しかし、多少ひびが入るだけでその壁はまるで元々壁だったかのようにびくともしない。
「逃げたのか?」
元床の壁は壁と壁の幅にぴったりはまっている。そのせいで向こう側は見えない。あいつが逃げているのか、それとも反撃するためにどこかに隠れているのか、俺には分からない。
「どうしよう……うっ……イッテェ……」
さっきまで自分の命を守るため必死になって抵抗していた。アドレナリンのおかげなのか教室で受けた破片のようなものの傷の痛み、思い切り殴られた時の痛みが再び帰って来た。元々こちらは相手を殺す気などない。とりあえず話だけでも聞いてもらうために軽く抵抗するつもりが勢い余って思い切り殴ってしまった。
「そりゃ……殴った奴の話なんて聞かねぇよな……」
相手がどこに行ったか分からないのでとりあえずこの階から移動しようと振り返ろうとした瞬間、視界の端で暗い夜中の校庭に何か光るものを見た。
「は?」
それがこちらにどんどん近づいてくる。近づいてくる物体が普段、校庭に置いてあるサッカーゴールだと気づくのに2秒ほどかかった。
「おいおいおい」
衝撃、まるで大型トラックが正面衝突したかのような轟音と衝撃が校内に響いた。サッカーゴールが校舎に衝突する瞬間、何とか体を動かして回避した。さっきまで自分が立っていた場所にはぐちゃぐちゃになったサッカーゴールが廊下に突き刺さっている。
「うっそ……だろ」
サッカーゴールと言ってもプラスチックで出来た簡易的なものではなく、試合などでも使われている本格的なものだ。移動させるのにはかなりの人数が必要だ。ましてや人一人でこれほど大きく重いものを校舎の三階に投げるなど普通の人間なら不可能だ。……普通の人間なら。
「まさか……」
サッカーゴール衝突の衝撃が収まり、床に這いつくばっている体を起こして廊下の窓から校庭を見る。
「あいつ……」
窓から見える校庭は暗くて良く見えないがおそらくサッカーゴールがあったであろう位置に一人の人間が立っているのが見える。サッカーゴールが校舎に飛んでくるという超常的な現象を起こせる人間なんて今のところ一人しか知らない。
「やばい」
ここに突っ立っていると今度は何が飛んでくるか分からない。急いで廊下の端にある階段へ向かう。走りながら思考を巡らせる。
「……外に出て、どうすんだよ」
校庭に行っても奴に勝てる算段が思い浮かばない。俺の異能はあいつの命令を無視することが出来るが、向こうと違ってこちらの抵抗手段は拳や蹴りしかない。階段をゆっくり静かに下りながら頭で考えるが答えは出てこない。
「!」
階段を降りた先であるものを見つけた。
+ +
「ちっ……まだ痛む」
先ほど殴られた場所が未だに痛む。異能で自分自身の体に命令したが、治らなかった。奴の異能は触れていなくとも一度触れるだけで効果を発揮するらしい。俺も俺以外の異能力者を見たのは最近になってからだ。
「奴の前では異能による防御や妨害は無意味か……」
顔を上げて先ほどまで戦闘を行っていた三階の真ん中あたりに投げたサッカーゴールを見上げる。奴の生死は分からないがおそらく生きているだろう。未だに左胸の辺りに刻まれている4の数字にわずかな痛みがある。
「震えてるのか?」
震えていた。左胸をさすっている右手をふと見ると微かに震えていた。震えの原因が何なのかすぐに分かった。恐怖だ。おそらく自分と同じ境遇の異能力者を殺すという恐怖。当然、人を殺した経験などは無い。妹の為とはいえ罪のない人間を殺すことを本能で拒絶している。
「ふぅ~」
目を閉じて、深く深呼吸をして震えをかき消す。そして再び震えださないように何度も深く拳を握りこむ。
「逃げなかったのか?」
校舎とグラウンドを繋いでいる渡り廊下から足音が聞こえた。そちらの方を向き声を掛ける。
「いや、逃げたのはお前じゃん?」
まるで挑発するかのような声色で返事が返って来た。確かに先に逃げたのは俺の方だ。距離を取りなるべく自分の手を汚さないような形で相手を殺そうとした。我ながらクズだなと心の中で囁く。
「確かにそうだな。悪かった」
「?」
「もう、姑息な手で殺す気はない。正々堂々と殺す」
「だから……殺さない選択肢はないのかよ」
おそらく相手には聞こえていないが、意図せず愚痴が漏れてしまう。
校舎が破壊されるという事態が起きても辺りには人の気配はない。本当にここは昼間に居た世界とは違う世界だという事を思い知らされる。
「『加速しろ』!!」
「!?」
さきほど帝と名乗った青年は足元にあったビー玉ほどの小石を思い切り蹴ると同時に石に命令した。命令を受けた石は一瞬で加速して弾丸のようなスピードで迫って来る。
「っ……」
とっさに体を逸らして避ける。小石は俺の体からわずかに離れた場所を通過して背後の暗闇に消えていった。
「『我が足は俊足』」
「くそっ」
約10mほどあったはずの帝と自分の距離が一瞬で潰れた。相手が急激に距離を詰められたため、反射的に相手を殴るために右手を振るう。しかし、格闘技など習ったことのない者のパンチだ。帝は軽く体を逸らしてそれを避ける。
「ふっ!」
「ぐっ……え」
先ほど約10mを一瞬で走りぬいた足が勢いをそのままに俺の腹のあたりに直撃する。正直に言うとめっちゃ痛い。重い衝撃のせいで呼吸のリズムが乱されたため、うまく息が吸えない。
「はっ……はぁっ」
霞んだ視界の端で帝がこちらの首元を掴むために手を伸ばしているのが見える。しかし、それを思い切り払い落す。
「させるか……よっ」
「何?」
いつもより体が早く動いている気がする。異能力の影響なのか、緊張感などから来る脳内麻薬のせいなのかは分からないが、喧嘩など数えるくらいしかしたことのない自分でも何とかさばき切れている。
「やっぱ……逃げるか」
「はぁ?『待て』!!」
帝と俺の体の間に隙間が出来たためそこから抜け出す。そしてグラウンドの端の方に無我夢中で走り出す。何もない状態で勝てるわけがない。
「くっ……」
帝はさっき俺に触れられたので命令が切れているはずだ。再び自分自身の体に命令をするか、その手間を惜しんで素の足で追いかけるか一瞬悩む。
「ちっ……」
「よしっ」
賭けだったが、背後の足音的に帝は異能を使わずに追いかけてきている。足音が背後から近づいてきている。素の足でもおそらく俺より速い。このままじゃそのうち追い付かれる。
「……逃がすか」
グラウンドの端に置かれているあるものを掴む。それは野球部が使用するのであろう緑色のネットが張られたネットフェンスだ。鉄かスチールで出来たフェンスはかなり重い。本来、何人かで協力して運ぶものだから、しかし……
「オラァァア!」
「なっ……」
思い切り力を込め、自分の体を軸にして振り向きざまにネットフェンスをすぐ後ろまで迫って来ていた帝に叩きつける。
「『我が肌は……がっ……」
帝は命令で防御しようとするが間に合わない。あっちが命令し終わる前にネットフェンスが帝の体に直撃する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます